謝るのは勇気がいる


『こら! 祐希をいじめりゅな! この茜ちゃんが許さないぞ!』


『びえーん!!! あ、茜……』


『泣くなよ、祐希……私が守ってやりゅ!』


 ……懐かしい記憶。……これは幼稚園の頃か? 俺も茜も小さくて……。

 ふふ、懐かしいな。……初恋ってどんな感じだったんだろうな。


『祐希! なんで勝手に動いたの!? 私の言うことが聞けないの?』


『バカ! なんでおしゃれな格好してるのよ! あんたにはダサいジャージで十分よ!』


『はっ? 嫌だ? あんたのお父さんに言いつけるわよ? クラスメイトにいじられてるなんて……心配かけたくないでしょ? ほら、行くわよ』


 変わってしまった幼馴染の茜。


 だけど……それは過去の事だ。俺は全てひっくるめて……茜に対する感情を昇華させた。

 人は成長する。

 俺たちはまだ高校生だ……。

 だから……





 ――俺は目を覚ました。


 授業中にいつの間にか眠ってしまった……珍しい。

 固くなった身体を軽く動かす。

 昨日の疲れが出たんだろうな。


 寝ぼけた頭で辺りを見渡すと、ちょうど授業が終わる所であった。


 先生が終了の挨拶をしていた。


「じゃあ今日はここまで、明日から学校は半日授業だからな〜! 今日は頑張れよ!」


 クラスメイトの笑い声が聞こえる。

 それは至って平穏な授業風景であった。


 授業が終わると、生徒達は様子を伺う様にゆっくりと動きだす。


 今までは決まったグループでご飯を食べていた生徒達は、随分とごちゃ混ぜなグループを作り始めた。


 それは手探りで……仮面を被りながら……だけど……ひどく初々しい感じであった。




 俺も文芸部へ行かなきゃな……今日のお弁当は気合入れたからな。

 カバンを持ち、俺は立ち上がった。


 クラスメイト達の意識が俺に向くのを感じた。

 だけど、視線を合わせない様にしている。


 ……昨日よりも変な空気だ? 


 また変な事を考えているのか? ……いや、そんな感じの空気では無いな。

 これはなんて言っていいんだ? 見たいけど見ない……。


 わからん。


 俺は変な空気の中、教室を出ることにした。





 俺が教室から廊下へ出ると、ちょうど茜が前を歩いていた。

 茜はコンビニの袋を片手にどこかへ向かう。


 クラスメイトは茜を完全に無視をしていた。

 クラスの空気を読まずにあれだけの自分勝手な発言をしてしまった茜。

 いじめにならなかっただけ良かったのだろう。


 それに、クラスメイトの中には茜に対する同情心というか、悪くない感情を感じられた。


 ――時間が経てば大丈夫だろう。


 そんな事を考えていると、茜はすれ違った……上級生? とぶつかってしまった。

 茜は避けようとしたけど、上級生はむしろ当たりに行くような歩き方であった。


「きゃっ!?」


 茜はコンビニのビニール袋を盛大にぶちまけて、転んでしまった。


 ――なんでここに上級生がいるんだ?


「あっれ? なんか当たっちゃった? ごっめーん、きゃはっ! ……ブサッ」


 数人の女子上級生は悪びれもせず、茜を一瞥して通り過ぎて行った。


 周りにいた生徒は関わり合いになりたくないのか、見て見ぬふりをする。


「いたた……パン……拾わなきゃ……」




 俺は身体が勝手に動いて、パンを拾おうと動く。

 だが、俺は倒れた茜と目が合ってしまった。


 茜は俺を見ると……目を見開いて、くしゃくしゃになった笑顔で、無言で、手を前に出して俺を止めた。

 首を大きく横に振る茜。


 俺は動きを止めてしまう。


 茜の拒絶。……いや、これは……茜の決意なのか?


 茜は素早くパンを拾い、立ち上がった。

 そして、俺に向き直って……口を開いた……が、声が出ていなかった。


『……まだ駄目』


 声は聞こえない。だけど、そう言っているように聞こえた。


 茜は廊下を走り去ってしまった。



 ――『俺に話しかけてくるな。素直になるまで』……か。


 あいつはそれを実践しようとしてるのか?

 本気で悔いを改めるつもりなのか?


 一人になって俺と、クラスメイトと真剣に向き合おうということか?


 俺はカバンをかけ直して、文芸部に向かう。


 ――そう、俺には関係ない。……今はまだ……な。――頑張れ。


 茜を見ると、暗い過去を思い出す。

 だけど、何故か俺は晴れやかな気持ちで文芸部まで急ぐのであった。







 渡り廊下を通るとすぐに文芸部だ。

 早く行かないと……お腹を空かせた佐藤さんの罰ゲームが待っている!?


 どんな罰ゲームかというと、佐藤さんが俺の膝の上に乗って、俺が佐藤さんにご飯を食べさせる恥ずかしい罰ゲームだ!!

 それは駄目だ。とても恥ずかしい!


 俺は小走りで渡り廊下を通ると、坊主頭の山田が一人で黄昏れていた。


 山田は俺を見ると、自然に笑顔になり、手を上げて挨拶をしてきた。


「おう、田中! ここって風がすげーから、超有名なパンチラスポットなんだぜ!! って、田中じゃん!?」


 アホの山田は俺から顔をそらし、今の言動を無かった事にしようとしている。


 俺は流石に怪訝な顔をした。


「……山田。お前ら何やってんだ? 俺の事無視してるんじゃなかったのか?」


「ちょ、おま! かーっ、しょうがねえな……、話しかけられたら話すしかねーよな?」


 おい、自分に疑問系ってなんだ、こら?


 山田は頭を掻きながら照れくさそうに俺に言い放った。


「う、うほっ、」

「いや、お前のキャラ付の『うほっ』はいらない」



「……はぁ……ていうか俺たち何なんだろうな。ダッセーよな? クラスでいじめをして……それを否定して……またいじめをしようとして……」


 山田は遠い目をしていた。


「おっ!? かーっ! 体操服かよ!?」


「おい」


「あ、わりーわりー。……どうせ田中はわかってんだろ? 俺がおちゃらけてるのも……本当はクラスでハブられるのが怖いからだって」


 ひょうきん者の山田はそれだけクラスメイトから視線を受ける。必然的に好悪の感情を持たれやすいだろう。


 俺は素直に頷いた。


「……俺バカだからよくわかんねーけどさ、お前が茜をかばった時……俺……泣いちゃいそうだったんだ……こいつすっげーって思って……。だってあの雰囲気でクラス全員にぶちまけたんだぞ? 俺にはできねーよ。――だけど、鮫も意地になって謝らねーし、お前も『俺に構うな!』とか言い出すし……」


 山田は食い入るように女子のスカートを見ていた。


「やっべ、俺何言ってるかわかんなくなってきた! ……ハズいけど……田中を見てたら、俺も……変われるのかな? って思えてきたんだ。――多分、クラスの友達もそう思ってる奴が一杯いると思うぞ?」


「クラスでお前の事を無視してるのは……どう話しかけていいか分からないからだよ。……多分。俺たちはレールに沿って、空気を読んで生きてきたからな。……自分で始め方がわからねーんだよ」


 ――だからあの生暖かい空気だったのか……。


 真剣な話をしているはずなのに、スカートに夢中な山田。


「ていうか、茜の件もどうしていいかわからないんだよ、みんな。……茜が落ち着いたらみんなで話そうって思ってるよ」


 ――そういう事か……。いじめは無いんだな……。





 山田はいきなり真剣な顔をした。

 強い風が吹く。


 広場にいる女子生徒達のスカートが舞い上がる。

 だが、山田はまっすぐに俺を見ていた。


 そして、山田は手を頭に持っていき……まるで、帽子を脱ぐ高校球児のように、頭を全力で下げた。



「――――すいませっんしゃーーーー!!!!!」



 突然の大声に女子生徒達は俺たちを遠目で見守る……。

 山田の下げた頭がプルプル震えている。


 坊主頭に血管が浮き出て、真っ赤になっている。

 全身全霊の謝罪。


 俺はこれほどまでの謝罪を受けたことが無かった……。山田の思いが俺の胸を貫く。

 何か……温かい気持ちが生まれてきた……。ま、まさか山田からとは!?


 ――茶化すな。本気で受け止めろ。俺の行動でこいつが……動いてくれたんだ!


 ――ボッチを俺の逃げに使うな! 俺も逃げるな!!


 俺は山田の肩に手を置く。

 山田がびくっと動く。殴られると思ったのか?



「山田、顔を上げろ」


 山田は涙でぐしゃぐしゃな顔を上げた。


 俺は苦笑して山田に告げた。


「……ああ、また一緒に野球見に行こうな」


 山田はヘナヘナと腰を落として……雄叫びを上げた。




「う、うほぉぉぉぉぉーー!!! う、うほほぉぉぉぉっい!!!」




「――お、おい、バカ、やめろ!! おい、お前が大好きな女子生徒達が見てるぞ!! あ、佐藤さん!! 今行くから!! や、山田俺は行くぞ?」




 泣き叫ぶ山田を置いて、俺は文芸部へと急いだ。




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