無くしたなら取り戻せばいい


「じゃあ祐希君。まずは私達の事から話すね……」


 豆柴のわんこが高橋さんの膝の上でうたた寝をしている。


「ええ、お願いします……」


 俺の周りにはウサギさんが走り回ったり、足ダンっをしてつぶらな瞳で訴えかけている。




 ギャル子はパグ助と大乱闘だ。


「こら〜! パグ助! そこでおしっこしないの! もう……こっち来なさい。ふふ、あ、バカ!? スカートの中に入らないの!?」


 佐藤さんはにゃんこを撫でながら眠そうな顔をしていた。


「ここは極上……モフモフ」





 周りを見渡した高橋さんの眉間がヒクヒクと動く。


「ちょっと!! これから大事な話しするんでしょ!? み、みんな遊びすぎだよ!?」


「む、可憐うるさい。にゃん太起きちゃう」


 ――え、にゃん太? 本当にその名前でいいの?


「あ!? う、ううぅ……し、柴さん……よーしよしよしよし……ふふ、おやすみ」


 ――高橋さん……あなたも……。


 俺はウサギさんの頭を撫でながら高橋さんに告げた。


「……なんでここにしちゃったの!? はぁ……まあ、でも可愛いからいいか。……癒やされるしね。じゃあ、高橋さん続けようか」


「え、あ、はい!」


 豆柴を撫でている高橋さんは気が緩んでいて、ちょっとボケた顔で俺に微笑んだ。





 モフモフたちも落ち着いてきて、やっと話せる状態になる。


 高橋さんが再び口を開く。


「……私達は学校では一人ボッチでしょ? でも学校は狭い世界。外の世界はすっごく広いの」


 高橋さんは真面目に聞いている佐藤さんと鈴木さんを見る。


「みんな様々な理由でボッチになったのよ。……学校で仮初の友達と過ごすよりも、一人で隠れて過ごす方が楽なの。……だって、一人だと……攻撃される確率が低くなるもの」


 ――確かにそうだ。俺は友達と思っていた奴らがいた。そいつらは周りの空気に流されて、心では駄目だって理解しているのに、空気に流されて攻撃をしてしまう。


 それに抗うのは並大抵の精神力じゃない。攻撃された対象に情けをかけただけで、対象は自分に変わる恐怖があるだろう。


 というか、流された方が楽なんだろう。……俺も流されて攻撃されていたからな……。




 俺は高橋さんの言葉を聞き入っていた。

 高橋さんは続ける。


「私達は、アルバイト先が一緒なの。たまに見かける二人は、明らかにボッチのオーラがあったの。……だから私が勇気を出して話しかけてみたら……、そこから、たまにちょっとずつ話す様になって」


「アルバイト先?」


「うん……新刊を思う存分買うために……人から見られても大丈夫になるように……」


 佐藤さんは手をまっすぐ手を上げる。


「……モデル……やっている。恥ずかし」


 ギャル子はパグ助の両手を上げて返事をした。


『バ、バウ!? バウウ!』

「はいは〜い! ギャルの格好はバレると面倒だからしていただけだよ! ていうか、あの格好すると、マジ嫌われるよね……なんで?」


 ……それは鈴木さんが強気で可愛いギャルだったからだよ。強い嫉妬の対象になったんだろうね。


「あ、でもね。ちょっと喋るくらいでそんなに仲良しなわけじゃなかったんだ! ……みんなが繋がったのが……祐希と出会ってからだよ!」



「俺?」


 ……確かに俺はみんなと出会った。別々の場所と時間に……。


 高橋さんが続ける。


「そう、祐希君と出会って、私達は連絡を取るようになったんだ」


 俺は腕を組んだ。

 うーん、なんで俺と出会って、みんなが仲良くなったんだ? 

 みんなボッチライフを楽しんでいたわけだし、俺と関わるメリットは無いよな。




 佐藤さんが俺を見つめる。

 純真な瞳で見つめられると……恥ずかしいな。

 佐藤さんはつぶやく。


「……田中、ドキドキしない? 私の全力……。自分で言うのも変だけど、私、超絶綺麗。……田中のそれは鈍感なんかじゃない」


「うん、祐希君と同じ目をしている人達を見たことがあるの」


「ねえ、祐希……最近、女の子を好きになった事があるか?」




 俺は目を閉じて考えた。

 足元にいるウサギさんが柔らかくて暖かくて気持ち良い。


 ――ごまかすな。


 俺は幼稚園の頃、茜が好きだった。

 まあ、初恋ってやつだ。

 ……茜は、俺が茜の事を好きって知ると、だんだんとわがままになり……小学校に上がる頃には好きではなくなった。それでも近所の幼馴染だ。俺は友達として付き合ってたつもりだった。


 あれ? 初恋の感覚ってどんなんだ?


 女の子を好きになる? 


 愛情? 


 まてまて、俺はみんなの事が大好きだぞ? 

 佐藤さんも鈴木さんも高橋さんも……もちろん妹の岬も。



 佐藤さんが俺の視線に気がつく。


「田中、それは違う。親愛の感情。……異性に向ける愛情では無い」


 なんだろう、佐藤さんは少しだけ悲しそうであった。


「田中の空気が変わったのは、私が唐揚げを初めてもらった前の日。すぐにわかった」


 ――ああ、確かに俺は熱にうなされて……身体が、心が軽くなった。俺は感情をこぼれ落とした。




 ギャル子が続ける。


「うちも田中を見てびっくりした! だって……あれは……人の悪意で……ひっく……。ひぐ……。わ、私も中学の頃経験したもん……」


 高橋さんはお茶を飲んで、少し間を置いて俺に告げた。


「祐希君がどんな体験をしたかわからないけど……その目は……いじ……めによって心を壊された人と一緒です。……経験者だからわかります」




 突然、佐藤さんは俺の胸に飛び込んできた!? ウサギさん達は驚いてカゴに帰ってしまった。

 柔らかい身体の感触が俺に伝わる。


 胸がドキドキするけど、これは愛情じゃない。恥ずかしいだけだ。


 ――でも凄く嬉しいのに? 佐藤さんの頭を撫でたいのに?



 ずっとお弁当を作ってたいほど、好意をもっているのに?

 ずっと図書室で一緒に本を読んでいたいと思っているのに?

 優しくて行動が可愛くて、本当に良い子だと思っているのに?



 ――俺はその事実に……衝撃を受けなかった。淡々と事実を飲み込む。



 悲しみが心を支配する。罪悪感が胸に染み渡る。


 ――俺は……恋をすることが出来ないのか?





 俺の胸の中でじっとしている佐藤さんの身体が熱くなる。


「……でも田中は泣いてくれた。……少しだけ取り戻した」


 泣きじゃくるギャル子……やっぱギャル子って言っちゃうよ……クリスティーヌ。


「ひぐぅ……祐希は……祐希は……ひぐ……絶対大丈夫だよ!!」




 戸惑う俺を、包み込むような瞳で見てくれる高橋さん。


「……で、でも……なんで俺にここまでしてくれる? 俺とみんなは付き合い初めて日が浅いの」

「祐希君」


 高橋さんの強い声が響く。

 その声にはオーラが帯びているようであった。



「――そんなの……あなたが……そんな目をしてても凄く優しかったからよ……。見かけなんかじゃない、理屈なんかじゃない、あなたを見た時、私達全員は決めた。……ただそれだけよ」




 俺はその言葉に、



「……ははっ……なんだ……みんなが俺を助けに来てくれて……俺は……理屈じゃなくて、嬉しかったんだ……」




 ――喜びを噛み締めた。




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