第39話 いくら教室で騒いでも誰も駆けつけないのはなぜだろう。

 野村くんとの会話を終え、缶コーヒーを飲み干し、校内のある自販機備え付けのゴミ箱に捨ててから、僕は2年B組の教室へと向かった。


 校門前のベンチに座っていると女生徒に睨まれるからね。


 理由はそれだけではなく、読書したい。


 外だと強風で読み進めるのが困難だ。だからこそ室内に移動する必要がある。


 ではなぜ外に行ったのかと思うかもしれないが、青空の下で読書するのもまた一興なのだ。


 しばらく歩いて教室に到着。


 教室には誰もいない。


 電気を付けて、自分の席に座る。


 席は廊下側のちょうど真ん中。盛快しげやすに彼女できたことを聞かされたときは窓際に席だった。


 席が変わったことを考えるとあれから随分ずいぶんと時が過ぎたように感じられる。


 冷静に考えると1ヶ月しか経ってないんだけどね。


 いつまでも思い出に浸っていも仕方がない。


 無駄に持ち歩いてしまったラノベを読みだす。


 タイトルは「恋する乙女はフラれた理由を知りたがる」だ。


 学園ラブコメで、イケメン男子にフラれたヒロイン。そのヒロインの友達にフった理由を聞きだして欲しいと頼まれる主人公。


 同性なら話してくれるはず、という無茶ぶりだ。


 言うこと聞かないと学校にエロ本を持ち込んでいることを学校中にバラすと脅される。


 誰もいない保健室でエロ本を読んでいるところを見つかったのが運の尽き。


 保健室でエロ本を読む背徳感がたまらない、なんて言う、とんでもない変態主人公だ。


 なんとなくどこかで聞いたことあるような話だが、気のせいだろう。全部ではなく一部だから間違いない。


 続きを読もう。


 イケメン男子がヒロインをフった理由を暴露する場面。


 その場面を要約すると、イケメン男子は学園一の美少女と付き合っていたというステータスが欲しかった、ということだ。


 交際をして、そのことが校内に知れ渡れば、もうそれ以上付き合う必要がないから別れた。


 とんでもない話だが、これまたどこかで聞いたことあるような……。


 ガラガラッ!


 教室の後ろ側のドアが開かれた。現実で。


 読書を中断し、音がする方を見ると、野村くんがいた。


 野村くんは僕に気づいていないようで目もくれず、窓際にある席へと向かう。


 机から本を取り出してから、僕に気づいたようだ。ハッとした顔になる。


「今日はよく遭うな」

「本当にね。どうしたの?」


 校門前でプライベートな話をしたことから軽い感じで訊けた。


「これだよ」


 そう言って野村くんが顔の辺りに掲げたのは、バスケの本だった。


「うっかり忘れちまってな」

「本当にバスケを真剣にやってるんだね」


 野村くんがバスケを懸命にやっていることは校門前で聞いた。


 バスケの本はまるで紋章のように見える。


 本を読むほどに頑張っているだという声が聞こえてきそうだ。


 だが僕は、彼のことを……本当のところを知らなかった。


「ふっ! ……クックッ。ハッハッハッ!」


 含み笑いからの高笑い。


 野村くんがどうしてそんなに笑うのか僕にはわからない。


 笑う要素なんて……。


 そう考えたところで僕は校門前で見たパンツの色を思い出した。白から黒へ。


「おめでてぇやつだな。おまえはよう」


 黒……だと……⁉


「本気であんな話、信じたのかよ」


 パンツの黒なら嫌いじゃないけど……。


「聞いたぞ」


 性格における黒は当然、好きではない。


「おまえの間抜け話」

「なんのことかな?」


 野村くんから目を逸らしてはいけない気がした。逸らした時点で取って食われる。そんな威圧感を彼は放つ。


 ゆえに強風のせいか教室のドアが、ガタッ! と音がしても、彼から目を離すわけにいかない。


 音が鳴る瞬間、野村くんがほーと驚き顔からニタリと不敵な笑みへと変えた。


 のちに、彼の表情変化の意味について、もっとちゃんと考えるべきだったと僕は後悔する。


「俺はな。愛澄華と付き合っていた事実が欲しくて関係を結んだんだ。要はステータスってやつだな」


 うん。さっきラノベで読んだ。


「おまえはどうだ?」

「どうって……」

「おまえも俺と同じなんじゃねぇのか?」


 ザ・悪人顔の野村くん。こんな顔、僕は初めて見た。今まで隠してたのか。


「なにを言って……」

「盛快から話は聞いてるぜ」

「……は? 盛快?」


 どうして盛快の名前が出てくるのかわからない。


 盛快がなにを知っているというんだ。


「間抜けなやつにははっきりと言わないとわからないみたいだな」


 あわれむような表情で野村くんは続ける。


「愛澄華のこと、本当は好きじゃないんだろ」


 愛澄華に隠そうとしていた事実。それを野村くんが知っている。


 遊園地で僕が盛快に話していたことを、盛快が野村くんに話していたようだ。


 あのおしゃべりめ。


 だが僕が安易に話してしまったから、野村くんに知られてしまったわけで、盛快を責めきれない。


「そうだよ」


 弁解してもしょうがない。教室には僕と野村くんだけ。


 もしこのことを野村くんが愛澄華に話したところで、ふたりは険悪なのだから愛澄華が信じるはずない。


 だからこそこの場なら肯定しても問題ないと思った。


「おまえは俺と同じだな」

「同じじゃない!」


 勢いよく席を立ち、咄嗟とっさに否定したが、続く言葉はない。


 それでも同類だと思いたくないし、同類になりたくない。


「……同じ……じゃない……」


 はっきりと否定すべく、同じ言葉を2度続ける。


 だが、同じ言葉なのに2度目は力なかった。


 同じではなくても結果的に同じようなことをしている自覚があるからだ。


 野村くんから目を逸らしてはいけないと考えていたはずなのに、目線が下に向いてしまう。


 続く言葉が見つからない。


「同じじゃないのならなんですか?」


 声がする教室の後ろ側を向くと、そこに愛澄華がいた。


 僕の秘密を聞かれてはいけない人物。いったいいつからそこにいたのだろうか。なにをどこまで聞いていたのだろうか。


 僕の疑問をよそに近づいてくる。


「ちゃんと答えてください! 勝己かつき諒清りょうせい。いったいなにが違うというんですか⁉」


 気づけば手が届くところまで近くにいる愛澄華。


 予期しない人物の登場による困惑と、この場での発言が持つ重要性を思っての緊張感から、僕は言葉を見失ってしまった。


 ただでさえ続く言葉が見つからないというのに、僕にどうしろと言うんだ。


 愛澄華は野村くんをひと睨みしてから、僕を睨む。


「結局、ふたりとも私を弄んで楽しんでただけじゃないんですか⁉」

「違う!」

「好きでもないのに好きだと嘘をついて……人のことを弄んで、あなた達はいったいなにがしたいんですか⁉」

「でも告白してきたのは愛澄華だし……」

「今はそんな話していません!」


 愛澄華の言う通りだ。


 いくら愛澄華の告白から始まった交際だと言っても、交際中に僕は何度か好きだと言っている。


 告白の返事。そして……あれ? 意外と言ってない?


 けど、僕が愛澄華を好きだと、彼女が認識しているのを否定しなかった。


 なにより僕は好きな人としか付き合わないという信念を持ちながら、好きでもない相手—―川田愛澄華と付き合っていたのは事実だ。


 そして愛澄華はそのことを知ってしまった。


 答えに詰まる僕。


 野村くんはふっと鼻で笑い、堂々と胸を張っている。


 こんなときに堂々としていられるなんてどんな神経しているのか僕にはわからない。


「はっきりと言ってやれよ、立石。この俺と同じ理由で愛澄華をたぶらかしたってな」


 本当にどういう神経してるの⁉


 野村くんの言葉で、愛澄華がキッと睨む。


 睨まれているにもかかわらず、堂々とした態度を変えない野村くん。それどころか、にたり顔で気味悪い。


「勝己—―あんたのことはどうでもいいです。その腐った性格は直らないでしょう」

「ふっ! 言うようになったじゃねぇか」

「おかげさまで」


 ふたり睨みあう。怒気を具現化して竜やら虎やらが可視化できそうなほどのオーラを感じる。


 ふーと嘆息する愛澄華。それと同時に怒気を落ち着かせる。


「それで、諒清はどうなんですか?」


 愛澄華は笑顔で僕の方を向く。その笑顔が怖い。


 怒気が抑えれているとはいえ、明らかに怒っていることがわかる。


 しばらく笑顔のまま僕の返答を待つ愛澄華。


 僕は可能な限り高速に思考を巡らす。


 どう答えたらいい。なんて言ったら愛澄華を傷つけずに済む。


 告白の返事を間違えたと正直に話せばいいのか? でもそれを受け取った彼女はどう思う? 本当だと信じてくれるのか?


 野村くんが言う通りたぶらかしたことを認めることは論外だ。そこは否定しなければならない。そもそも事実ではない。


 ではなにが事実なのか。


 僕が愛澄華に好きだと言ったことは確かで、付き合っていたことが事実で……ではなにが嘘で、なにが間違い?


 僕は真面目であるばかりに考えすぎてしまう。


 そして僕は……なにも言えず……ただ立ち尽くす。


「……もういいです」


 怒りというよりかは……呆れを抱いているように見える愛澄華。肩の位置が下がる。


 怒っているというよりも、憐れんでいるように見える瞳。


 力なく愛澄華は教室から去って行った。


「傑作だな。結局おまえは俺と同じじゃないか」


 ふたりっきりになったことをいいことに高らかに断言した。


 返す言葉もない。


 これでは文芸部の皆が言うようにただの――


 —―真面目じゃないか。

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