第14話 進路が決まれば暇になる。暇ほど怖いものはない。

「それで? どうだったの?」


 放課後、立石くんの前で涙を流したわたし、庭城にわしろ鈴寧すずねは入江部長に半場強引に連れられる形で駅前のカフェに来ていた。


 入江部長は腕をテーブルに載せた前のめりでわたしの返答を待つ。


「手紙の送り主は立石くんでした」

「やっぱりそうよね」


 わかりきっていたことだけれども、実際に本人に確認が取れるまで確証がもてなかったのも事実。


 立石くん本人に確認できたことでイタズラの可能性は完全に払拭された。


「それで? すずねこはどうするの?」


 入江部長に言われて、自分がどうするつもりなのか考えてみる。


 噂を聞いた時点ではまだわたしにチャンスがあると思っていた。ところが、実際に仲良くしているところをみると、そうも言っていられない。


 立石くんがわたしにラブレターを書いたのは事実。だけど、それと同時に彼と川田さんが付き合いだしたのも事実。


「奪っちゃう?」


 それもひとつかもしれない。


 もしかしたら立石くんはなにか弱みを握られ、川田さんと付き合わざるを得ない状況になっているのかも。


 そう考えると合点がいく。


 でなきゃ、いくら告白されたとはいえ、ラブレターを渡した人に告白する前に、オーケーするだろうか。


 せめてラブレターを渡した人からの返事を聞いてから、オーケーするよね。普通。


 まぁ、ただ……告白した子がダメだったから、告白してきた子で、っていうのもどうかと思うけれども……。


 わたしが黙りこくって思案していることで、対面席にいる入江部長に気を使わせてしまっているようだ。


「すぐに答えはでないか」

「そうですね……とりあえずは当分の間、部活は休もうと思います」

「そうね。それがいいわ」


 立石くんと合わせる顔がないためではあるものの、部活動を休むことに多少の抵抗感はある。


 それがたとえ、参加が強制されていない部活だとしても変わらない。


 だが今回は部長である入江先輩の共感を得ているため、その罪悪感も多少なりとも払拭された。


 まぁ部活に参加しなくても、教室で顔を合わせることになるんだけどね。


「それじゃさぁ。しばらく放課後が暇になったわけだし。一緒に遊ばない?」

「へ?」

「いやー。推薦で大学に進学が決まったはいいんだけど、みんな進路のことで忙しそうでさぁ。一緒に遊んでくれる人がいなくて、暇なんだよね」

「なんですか? その受験生とは思えない言動は」

「いや。もう進路が決まってるから受験生じゃないし……まぁ、大学から課題は送られてくるけど、それもそんなに難しくないから暇なのよ」

「まぁ、いいですよ」

「よし!」


 入江部長は嬉しそうに小さくガッツポーズをしている。


「それじゃさっそく行きましょう」


 入江部長は荷物をまとめてから席を立ち、わたしの腕を引っ張る。


「行くってどこにですか?」

「カラオケ」




 入江部長に連れられるがまま、カラオケにやって来た。


「カラオケってわたし、初めて来たんですけど、なにをすればいいんですか?」

「なにをすればって……歌う以外になにがあるの?」


 なにを言っているの? という顔で見てくる。


 それに対してわたしは恥辱の思いで答えた。


「密室をいいことにあんなことやこんなことをするのだとばかり考えていました」

「するわけないじゃん。かなちゃんじゃあるまいし」

「そうですよね」


 かなちゃんならやりかねない。けど今、目の前にいるのは入江部長だ。


 入江部長はお姉さん風を吹かしているため、あっち系の話を平然と話すが、実際にやるイメージが湧かない。


「それとも、すずねこはしたいの?」

「……し……したいわけないじゃないですか」

「ほんとにー」


 顔を近づけて来て、疑いの目を向けてくる。


 わたしはその圧に気をされて押し黙ってしまう。


「冗談よ。真に受けないで」


 楽しそうな笑みと共に、手をいやね冗談よのポーズで言った。


 本気で言ってはいないとわかってはいたが、いやな緊張感が漂っていたため、数秒だけ無意識に息を止めていた。溜めていた分の息が吐き出されるのを感じる。


 本当に冗談であったようで、なにもなかったかのように、リモコンを入江部長はいじる。


「まぁでも……」

「……?」

「立石くんといつかすることになるかもしれないことを考えると必要かもね」


 わたしがわたわた驚きふためいているも、入江部長は気にせず歌いだした。


 軽快な曲をこれでもかというはっちゃけぶりで歌う。


 それを見たわたしは本当に歌いに来ただけなんだと気づき、ホッとしたような、残念なような、複雑な心境に陥った。


「今度はすずねこの番よ。好きなの入れな」

「そうですね。せっかくですし」


 促せれる形でリモコンを操作する。操作方法がわからないため、入江部長に教わりながらだ。


「やっぱりする?」

「しません」

「あたしが歌っているとき残念そうにしてたよ」

「気のせいです」

「本当かな?」

「本当です」


 残念な気持ちを抱いていたことを見破られギクリとした。けど、しようとは思わないため、断った。


 入江部長の選曲に習う形で軽快な曲にする。


 歌っている間、不思議と落ち込んでいた気持ちが晴れた。




 ――喉がかれるまで思う存分歌いまくった帰り道。


 わたしと入江部長は電車通学のため、駅構内に来ていた。


 ただ、乗る電車が異なるため、ここで別れる。


「今日はありがとうございました。おかげで気分が晴れました」

「それはよかったわ」

「わたしのために……」


 入江部長はポカンと口を開けたあと、お姉さんらしい優しい笑みで言った。


「すずねこのためじゃなくて、あたしが暇だからよ」


 入江部長は変わらず暇を理由にしているが、わたしにはわかる。入江部長はいつもそうだ。なにかと理由を付けてはいるけれども、ちゃんと相手のことを思った行動をする。


 入江部長は自分が暇だからと言うのも、気を遣わせないため、そう考えると胸が温かくなる。


「次はなにしようかしら」

「まだ遊ぶ気ですか?」

「当たり前でしょ。今という日はもう二度と来ないのよ」


 なにか言いことを言ったという風を吹かして、入江部長は去っていく。


 確かに今はもう二度と来ない。だからこそ後悔のない道を選びたい。


 選びたいけど、それにはタイミングある。


 恋愛は特にそうだ。


 片方が付き合いたいと思っていても、もう片方がそう思っていなければ成立しない。


 待つことも大切で今がその時なのではないかと思う。


 入江部長の背中を見つめながらそんなことを考えた。


 この時のわたしは進路の決まった暇な高校三年生に振り回されることで、勉学に支障をきたすことになるとは思いもしなかった。

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