第49話 ほとばしるパッションは誰にも止めれない。……それで、パッションってどういう意味? —―情熱

 私—―川田かわた愛澄華あすかの部屋にあるごみ箱にはノートが捨てられています。


 そのノートは彼――立石たていし諒清りょうせいに関することが記されています。


 中学時代はサッカー部だったこと、学校の成績に関すること、小学校入学直前までおねしょしていたこと……などなど。


 家族しか知らないようなことまで事細かに書いてあります。


 それもそのはず、なぜならその情報源は諒清の母なのだから。


 諒清の母と私の母は年が近いこともあり、いくども顔を合わせるうちに仲良くなりました。


 いつしかお互いの家族のことを話すようになり、そこで得た情報を私の母がペラペラと家で話します。


 その内容から私は諒清のことだと勘づき、ノートにメモすることにしました。


 またそれ以外のも、ノートには私と諒清が出会ってからの思い出が詰まっています。


 制服デートしたこと、ファミレスで勉強したこと……など。


 ですが今となってはもういらないと思い、ゴミ箱に捨てました。


 ただ、諒清との思い出は私の思い出でもあり、それを破ることは自分自身を傷つけるようでできず、ゴミ箱に入ったノートはキレイなままです。


 本当なら諒清との愛を形にと思って作ったお守りもゴミ箱に捨てたいところですが、お守りである以上できません。


 お守りはお寺や神社で処分してもらうが通例。


 手作りでも引き取ってもらえるのかは疑問ですが、お守りを処分する時が諒清との真の決別を意味します。


 ですが、ノートもお守りを処分しきれていません。


 今ならまだ間に合う状態です。


 もしかしたら私と諒清も、このノートと同じ状態なのかもしれません。


 今手を伸ばせば傍にいられる。


 逆に手を伸ばさなければ燃やされて、もう二度と元に戻ることはない。


 そんな状態。


 玄関が閉まる音がやけに寂しく聞こえます。


 私は諒清を突き放してしまいました。本当は嬉しいのに……。


 勝己かつきの時はこんなことありませんでした。


 勝己が私と別れたいということを友達に話していました。それを私が盗み聞ぎ、決別したのです。


 今回はどうでしょう……。


 別に比べる必要はありませんが、比べてしまいます。


 比べたところでなにかが変わるわけではないとわかっているのに止められません。


 ゆっくりと部屋のドアを開けます。


 玄関の扉が閉まっていることを目視で確認してから、リビングの方を見やると、蒼華そうかがマグカップ片手にソファでくつろいでいました。


 いや、正確には寛いでいるように見えて本当のところはまったく寛いでいないことを姉の私は知っています。


 蒼華がその体勢を取る時は決まって、たかぶる感情を落ち着かせるためです。


 だからこそ私は、今の蒼華に恐怖を感じました。


「蒼華が諒清を手伝ったんですよね?」

「……そうだよ」

「この前、学校に来たって……あかりんから聞きました。ごめんなさい。せっかく私のためにしてくれたことなのに……」


 蒼華はテーブル上のソーサーにマグカップを乱暴に置きました。


 ガシャン!


 ソーサーとマグカップがぶつかる音がします。


 怒るのも無理はありません。蒼華が私のために動いてくれたのに、その行動を無下むげにしました。


 私は彼女の怒りを正面から受け止める義務があります。


「お姉ちゃんが謝ることないよ。ソウカが勝手にしたことだし……だけど、あいつはよくやったよ」

「……そう……ですか……」

「だって……」


 思いのほか蒼華が怒っていないことを知って安堵あんどします。


 私は部屋の前に置かれているビニール袋を拾い、蒼華がいるリビングへと向かいます。


 ローテーブルに袋ごと置き、中にある紙箱を取り出しました。


 紙箱の開けるタイミングで蒼華が言います。


「それ、手作りだもん」

「……え?」


 私は聞き間違えたかと思いました。


 ただそれは、物を見れば明らかです。


 一見、形が整っているように見えますが、よく見るとデコボコとしていて、プロの職人が作ったとは到底思えません。


 ただそれでも思いだけは伝わってきます。


 不器用ながら一生懸命に私のために作ってくれました。


 それだけで嬉しさが込みあがります。


 ハート型のチョコプレートを見つけます。


 そこには白い文字で『大好き』と書かれていました。


「……なんですか? ……これ?」


 蒼華が覗き見てきます。その表情に怒りの色はありません。


「そのままの意味なんじゃない?」


 フったくせに、好きじゃないって認めたくせに……本当。意味がわかりません。


「蒼華……ありがとうございます」

「どういたしまして」


 このとき私は久々に笑い、そして蒼華の笑った顔を久々に見た気がします。


 紙箱を閉じ、ビニール袋にしまいます。


 ビニール袋を握りしめ、そして私は駆け出しました。肩からなにかが落ちるのも気づかない勢いで。


 だけど、すでに崩れているパンの形がさらに崩れないよう気をつけながら諒清の元へと向かいます。


 背中越しに蒼華の「世話の焼ける姉だこと。……ちょっとま――」なんて言ってますが、気にせず玄関の外に出ます。


 いつもより肌寒い気がします。特に肩と胸元が。


 ただそれは、すでに11月に入っているからでしょう。


 気にする必要はありません。


 玄関を出たところで諒清の背中が見え、私は声を掛けました。


「諒清、待ってください」


 諒清は振りむき、私の姿を見て目を丸くして驚きます。


 追いかけてこないとでも思っていたのでしょうか。


「私も楽しかったです」


 諒清は目を泳がせて私のことをまっすぐ見てくれませんが、私は気にせず続けます。


「勝己と別れて落ち込んでいた私に光を与えてくれました。思い切って告白をして付き合うことになってうれしかったです」


 心のどこかでわかっていました。諒清の気持ちが私に向いていないことを。


「登下校を共にしたこと、制服でデートしたこと、一緒に勉強したこと、遊園地に行ったこと――どれもかけがえにない大切な思い出です」


 どれも私から誘って、諒清は義務的に付き合っている感じでした。


「私と諒清が仲違なかたがいして、諒清が私を誘う。……これもひとつの思い出です」


 私が真剣に話をしているというのに、一向に諒清は私をまっすぐ見てくれません。


 そこで私はぐいっと諒清に近づき距離を縮め、無理やりにでも視界に入れようとします。


 それでも諒清は見てくれません。仕方なく気にせず続けます。


「付き合っていればケンカすることだってあるでしょう。ケンカしたまま関係を終わらせてしまうことだってあるでしょう。……だけど私たちは違います。そうですよね? 諒清」

「……うん。……そう……だね……」

「なんですか? その歯切れの悪い返事は……」

「お姉ちゃん!」


 私と諒清が大事な話をしていると、背後から妹の蒼華が慌てた感じに声を掛けてきました。


「なんですか? 今、私は諒清と大事な話をしているんです」

「そんな恰好で外に出て恥ずかしくないの?」


 …………………………!


 ボッ!


 蒼華に言われ服装を確認すると、すけすけでエロエロなワンピースタイプのキャミソールを着ていました。


 体中が一気に熱くなるのを感じます。


 必死であったため、服装にまで気にかけている余裕がありませんでした。


 しかも、羽織っていたはずのブランケットはありません。


 よく見れば胸の形まではっきりとわかりそうな恰好。


 廊下で大きな声を出していたことで、5階フロアに住む住民や敷地内にある駐車場にいる人たちに注目されています。


 私は恥ずかしさのあまり駆け出し、部屋に戻ることにしました。


 蒼華が諒清に「あんたは中に入って待ってれば?」と言ってます。

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