第33話 会議にはまとめ役が必要。たとえそれがくだらない会議だとしても。

 飲み物やらお菓子やらをビニール袋いっぱいに詰め込んだ文芸部部長の入江先輩が会議室にやって来た。


 入江部長は受験生だというのにこんなところに来ている余裕があるのだろうか。そう思い僕は聞いてみた。


「受験勉強はいいんですか?」

「推薦で大学に進学することが決まってるから大丈夫よ」

「そうですか」


 入江部長は要領よく物事をこなすため、進路に関して特に心配はしていなかった。


 だが、僕のせいで入江部長が鈴寧の面倒をみることになったであろうことを思うと、申し訳ない。


 そこでふと思った。


 もしかして補習を受けることになった元凶は進路が決まった入江部長が鈴寧さんを振り回したからではないだろうか。


 そう思うも、特に言及することでもないだろうと話題にはあげないことにした。


 どちらにせよ、僕に非があることを拭うことはできないだろう。


「それで、ふたりはもう仲直りしたってことでいいの……よね?」


 僕と鈴寧さんは顔を見合わせ、微笑みあい、僕が言った。


「はい! ご心配おかけして申し訳ありませんでした」

「そう。ならよかった」


 入江部長はまるでこうなることがわかっていたかのように淡々と述べた。そのあと、提げていたビニール袋を胸の前まで持ち上げて言う。


「それじゃ、そのお祝いとすずねこへの補習応援を兼ねて、食べて飲んで騒ごう」

「「はい!」」


 僕たちは3人で、ジュースを飲み、お菓子を食べることになった。


 ちなみに『すずねこ』というのは庭城鈴寧のことで、入江部長が勝手にそう呼んでいる。


「それじゃ、すずねこはもう補習課題は終わったのね」

「はい」

「じゃあもう、ただ飲み食いするだけね」


 入江部長がそう言うも、僕と鈴寧は魚の骨が歯に挟まってスッキリしていないというような表情をする。すると、入江部長がその空気を察したのか聞いてきた。


「なんだか浮かない顔をしているわね。どうしたの?」

「えっと、ですね……」


 まったくと言っていいほど関わりのない入江部長に話すかどうか悩みつつも、僕は意を決して話すことにした。


 僕が愛澄華のことが好きではなく、本当は付き合うつもりもなかったこと。同日に鈴寧さんに告白するつもりであったこと。鈴寧さんからは愛澄華と別れて付き合って欲しいと言われていること。


 それらを聞いた入江部長はなにやら得心したという風に「なるほどね~」と軽く頷きつつ言った。


「要は立石くんのバカな! 失態によって、すずねこを傷つけ、またさらに川田さんっていう別の女の子のことも傷つけそうになっている。と、そういうことね」

「ところどころ引っ掛かる点がありますが、概ねそういうことです」


 顎に手を当てて考え込んでいる入江部長。そして入江部長は、僕も気になっていることを鈴寧さんに言った。


「それにしても……すずねこ、いいの?」

「……? なにがですか?」

「すずねこが立石くんのことが好きなのは聞いてたけど……」


 鈴寧さんが「ちょ! 部長!」とあわあわとふためいているも、入江部長は気にせずに続けた。


「今となっては告白といった大事な場面で返事を間違え、あまつさえ、間違えたことを言いだせず普通に付き合い続けているようなヘタレ! それが立石くんの現状だけどいいの?」


 胸に刺さる物を感じ、「グハッ!」と大ダメージを受ける僕。瀕死寸前であるにもかかわらず、鈴寧さんは気付いていないのか。さらに追い打ちをかけるように攻撃してくる。


「立石くんは確かにバカで! ヘタレで! どうしようもない人! です」


 心の中で「グフッ」と止めを刺されてテーブルにひれ伏している僕。そんな僕を未だ気づかず、鈴寧さんは続けた。


「でも、真面目で優しい人だってことはわかってます」


 鈴寧のその言葉で瀕死だった僕の心は癒され、回復していく。


「今回だって、間違いを犯したとはいえ、わたしや川田さんをできる限り傷つけないようにと動いてくれました」


 気づけば、僕も、入江部長も、鈴寧さんの言葉をただ黙って聞き入っていた。


「わたしの心を気遣って、話さずいてもいいはずのことを話してくれた」


 頬を赤らめ、優しい瞳を宿して、鈴寧さんは言った。


「わたしはそんな立石くんのことが好きです」


 そう言い切ったあと、鈴寧さんは僕と目が合い、お互いに照れあう。


 いい感じに鈴寧さんの話を聞き終えたところで、入江部長がまとめにかかった。


「すずねこは立石くんにベタぼれっと……」

「ふへ? そんなはっきり言われると……その……」

「いやさっき自分ではっきり言ってたじゃない」

「自分の口から言うのと、他人の口から聞くのとでは違うんです」

「なるほど……」


 入江部長が納得した様子を見せたことで胸を撫で下ろし安心する鈴寧さん。だが、入江部長は恥ずかしげもなく、またもやはっきりと言った。


「すずねこは立石くんのことを好き好き大好き愛してるラブラブフィーバーモードに入っているのね」

「はわっ!」


 頭から湯気を出し沸騰状態の鈴寧さんを気にせず、入江部長は続ける。


「そんな状態ならしょうがないわ……でもね」


 場の空気が変わるのを感じた。入江部長が向けていた矛先が変わる。


 鈴寧の方に向いていた顔を入江部長は僕の方へと向けてくる。そして告げた。


「立石くんはどうなの?」

「どうって……」

「すずねこと、その川田って子。どちらを取るの?」

「それは……」


 僕が答えを言いよどんでいると、入江部長が謝罪してきた。


「ごめんね。本人がいる前では答えられないわよね」


 その言葉に頷きかけるも、鈴寧さんが豪語した。


「そんなことない! 立石くんにさっき愛してるって言われたもん!」


 鈴寧の言葉を受け、「うん。確かに言ったね」と得心するも、よくそんなこと恥ずかしげもなく言えたな僕。と恥ずかしさが込みあがって来た。


 頭を搔き照れくさくなっていると、鈴寧さんは「ハッ」と恥ずかしいことをしたという事実に気づいたのか。頬を赤らめうつむく。


「バカップルね」


 —―がらがら、バンッ!


「ここか!」


 入江部長がやれやれと呆れた声を上げた刹那。


 突如として会議室のドアが勢いよく開け放たれた。


 僕と鈴寧は驚きドアがある方を見つめ呆けているも、入江部長は冷静に淡々と言った。


「いらっしゃい。かなちゃん」


 そこには文芸部員のひとりであるわんぱく娘こと香崎こうさき夏波かなが立っていた。

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