第28話 遊園地回であり私服回でもある

 2学期中間テストは無事に終えた。


 庭城さんもちゃんと試験を受けに来ている。その姿を見て、僕はほっと胸を撫で下ろす。


 もしかしたら、学校に来なくなるのではという不安があったけれど、そうはならなくて安心だ。ただ、相変わらず、あの時から文芸部には顔を出してくれない。


 入江部長も文芸部に顔を出していないことから、庭城さんのフォローをしているのではないかと思われる。ただそれは、思われるだけで、ちゃんと確認したわけではない。


 自身で犯した過ちに対して自分でフォローを入れられないあたり、僕はヘタレだと自覚する。自覚するもどうしたらいいのかわからない。


 このまま庭城さんに本当のことを黙っていると、彼女を傷つけ続けることになる。


 だからといって、真実を話すとなれば、今度は川田さんを傷つけることになる。


 僕はどうしたらいいのかわからなくなっていた。


 そんな風に決断できないまま、現状を維持し続ける。


 定期試験が終わり、多くの生徒は開放的な気分。そんな浮かれた気分で部活動に身が入るわけもなく、テスト明けの日曜日に僕と川田さんはふたりで――


 —―遊園地に行く。


 全国的に有名な遊園地というわけではない。だが、料金は有名どころに比べると安い。


 元々ファミリー向けで、自然豊かな緑に囲まれており、のどかな遊園地を楽しむことができる。


 その名も、しばみの村。


 テスト勉強中に川田さんの提案で行くことになった。


 僕は川田さんと最寄りの駅で待ち合わせる。


 同じマンションに住んでいるのだから、駅までの道のりを一緒してもいいんじゃないかと提案した。だが、それは川田さんに反対された。


 休日に川田さんと出掛けるのは初めてだ。制服姿しか見たことがない僕は、どんな服装で現れるのかと期待して、駅前で待つ。


 しばらく待ったところでキレイな金髪を風になびかせて川田さんが現れた。


「諒清。おはようございます」

「川田さん。おはよう。……!」


 駅前に現れた川田さんはもちろん学生服ではない。


 私服ではあるのだけれど、その恰好に僕は、度肝を抜かれる。


「……えっと……これから遊園地に行くんだよね」

「そうですよ。事前に話したじゃないですか」

「そうだよね。じゃあ、その恰好は?」

「私服ですが?」

「だよね」


 川田さんはゴスロリ服を着ていた。


 黒と真紅を基調としたフリルたっぷりのワンピース。肩が透けて見えるのがちょっとエロい。


 これからコスプレ会場に行くと言われた方が納得できそうな恰好だ。


 金髪も相まってよく目立つ。


 日曜日朝8時の駅前は混んでいるとは言えずとも、そこそこ人通りがある。


 その中で、金髪碧眼へきがんの美少女がゴスロリ服なんて着てるもんだから注目の的になっている。


「それじゃ行こうか」


 周りの視線に耐え切れなくなった僕は、足早に去ろうとするも、川田さんはどういうわけか動こうとしなかった。


「どうしたの?」

「どうしたのじゃありません。彼女がおしゃれをしてきたというのになにもないんですか?」


 これはあれか。


 この前の放課後デートのときと一緒のやつ。


 とりあえず「似合うよ」と言えばいいやつ。


 ただゴスロリ服が似合うと言うのはどうなのだろうか。


「どうですか?」


 服を見せびらかすかのようにくるりと一回りして、スカートをなびかせる。スカートの正面側を手で押さている姿は愛らしい。


 僕が返すセリフは決まっており、それを彼女が待ち望んでいる。だとすれば、その気持ちに応えないわけにはいかない。


「私服姿も可愛いね。似合ってるよ」


 求めていた言葉を得て満足したようだ。嬉しそうに僕の後についてくる。


 電車と無料送迎バスを乗り継ぎ遊園地へと向かった。駅からしばみの村まで約1時間かかる。


 移動途中、当然のように周囲からの視線を集める。


 制服姿の川田さんと歩いていたときも視線を集めていたが、今日はその比ではない。


 —―しばみの村に到着。


 入園ゲートをくぐると、川田さんは子どものようにはしゃいで、くるりと回り華麗にスカートを翻す。そして、ピタッと止まったあと、後ろ手に組んで前のめりに笑みを浮かべたまま言った。


「日曜日なのにいてますね。ねぇ、諒清」

「そうだね。川田—―」


 僕が「川田さん」と言おうとすると、川田さんは人差し指を僕の唇に当てることで制止してきた。


 そして、その行動理由を僕に告げる。


「もう付き合いだしてから1ヶ月が経ちます。愛澄華って呼んでくれますか?」


 そう言い終えると、川田さんは人差し指を僕の唇から離し、後ろ手にしたまま、微笑んでいた。


 確かに付き合っているというのにいつまでも名前呼びしないことは不自然だ。


 得心とくしんした僕は頬をきつつ、恥じらいながらも勇気を出して呼んだ。


「……愛澄華……」


 愛澄華は僕に背を向け、表情を隠したまま言った。


「……諒清。行きますよ」


 僕たちふたりっきりの遊園地デートが始まった。


 園内は6つのエリアに分かれている。遊園地定番のアトラクションを楽しむことができる「遊園地エリア」。いちご、ブルーベリーなどの収穫を楽しめる「わくわくファーム」。ボニー、うさぎなどと遊べる「ふれあいエリア」などなど……。


 要はアトラクションだけではない遊園地なのだ。


 緑豊かで広々とした園内のどこから攻めていくかをふたりで話し合った。結果、まずは遊園地エリアを一周して園内を高いところから見下ろすことができるアトラクションにした。


 その名も、高みの見物鉄道。


 命名からしてなんだか偉くなった気になる。


 初めにこのアトラクションを選んだ理由はどんなアトラクションがあるのか高いところからチェックするためだ。


 ホームページからチェックすることはできるが、実物を見るのとでは違う。


 一見は百聞にしかず。なんて言葉があるように、実物は画面にしかずだ。


 日曜だというのに特に待ち時間なく乗り込むことができた。僕より先に乗り込んでいく愛澄華が言う。


「諒清。お手並み拝見といきましょう」


 遊園地のアトラクションを楽しむだけだというのに、愛澄華は妙に張り切っている。拳を握りしめ、自ら士気を上げていく。


 対して僕はというと、愛澄華のテンションに付いて行けず、苦笑を浮かべることしかできなかった。


 乗り込んでから程なくして、鉄道は出発した。


 ふと、僕は愛澄華の方を見やる。すると、彼女はスケッチブックとペンを持ち、集中力を高めていた。


 その姿に僕は思わず息をんだ。


 晴れ渡る空の下。風で木々が揺れる中。愛澄華は風をものともせずペンを走らせる。


 園内を見下ろしている場合ではない。僕の意識は愛澄華が描く絵へと向かっていた。


 愛澄華の視線の先にはいったいなにが映され、スケッチブックにはなにが描かれているのか。僕はそれらを思うと、胸の鼓動が高鳴るのを感じた。


 鉄道の進行速度は歩くのとほぼ変わらない。のんびりとはいえ、移動している中、愛澄華が絵を描き終えるのをただじっと待つ。


 半周を過ぎたころ、愛澄華は嬉々として言った。


「できました! 見てください!」

「どれどれ」


 愛澄華に促され、彼女が描いた絵を見た時、僕は驚いた。


 後ろ手にした美少女が緑豊かな木々を背景にして、たたずんでいた。目線はやや上。木の枝を見ているようだ。


 その幻想的な作品を見た僕は「おお~」と感嘆するしかなかった。


「さすが! すごいじゃん!」

「えへへ……」


 愛澄華は褒められて嬉しそうにしている。甘えた声を上げつつ、上目遣いで僕を見つめる。


 不自然な程に頭を僕に差し出してきて、急かしてきた。


「は~や~く~……う~」


 なにをして欲しいのかわからず、呆けている僕。すると、愛澄華は僕の手を取り、自身の頭に載せた。


 期せずして、僕は愛澄華の頭をいいこいいことでていた。付き合っているのだからと、僕は彼女の行動を受け入れ、撫で続ける。


 すると、愛澄華は「えへへ~」と嬉しそうな声を上げた。


 愛澄華の髪はさらさらで気持ちいい。撫でたことで女の子らしい甘い香りが広がり、僕の鼻孔びこうをくすぐる。


 僕たちは高いところに位置し園内を見下ろすことができる。なにも見えるのは僕たち側からだけではない。地上にいる人たちから僕たちを見ることだってできる。


 他人から丸見えな状態であるにもかかわらず、僕は愛澄華の頭を撫で続けた。


 愛澄華が顔を上げ、撫でていた僕の手は彼女の頭から離れる。


 僕から望んでしたことではないにもかかわらず、離れてしまったことに寂しさを覚える。


 その寂しさもつかの間、愛澄華がぴょこっと顔を上げ、僕の瞳を見据えたかと思えば……彼女は僕の二の腕を掴み引っ張った。


 僕は愛澄華の方へ軽く前のめりになる。その勢いで頭は彼女に方へと向く。


 その行動になにかしらの意味があるのだろうと、僕は愛澄華の行動に従うことにした。


 体勢を変えずに愛澄華の行動を待っている。すると、彼女は僕の頭に手を載せてきた。先ほど僕が彼女にしたのと同じだ。


 愛澄華は僕の頭を撫でてくる。優しく。そっと。女の子らしい甘い香りを漂わせ、白く健康的な肌を、僕の大事な部分に触れてくる。


 撫でられていることに快感を覚え、いつまでもこの時が続くようにと願ったその瞬間—―


『ご乗車ありがとうございます。終点です!』


 ――アトラクション終了を知らせるアナウンスが流れた。


「「……」」


 高みの見物鉄道を降り、僕と愛澄華は無言のまま立ち尽くしていた。というのも……。


「全然、高みの見物しなかったね」

「……そうですね……もう一度乗りましょうか」

「そうだね」


 当初の目的であるどんなアトラクションがあるのかチェックできていない。


 僕たちは再び高みの見物鉄道に乗り込もうと動き出したところで声を掛けられた。


「お! やっぱり、諒清だ」

盛快しげやす? どうしてここに?」


 親友の盛快に声を掛けられる。僕は知り合いがいるとは思っていなかったため、驚いた。


 僕が驚きを隠せずにいると、愛澄華が盛快の隣にいる人物に声を掛ける。


「あかりん⁉ え⁉ どうして?」

「あーさん。奇遇だね~」


 愛澄華と話している人物を見やる。そこには盛快の彼女――飯塚いいづかあかりがいた。


 飯塚さんは髪をピンクに染め、耳にハート型のピアスを付けており、ギャルっぽさを感じる。


 服装はデニムのショートパンツに黄色のトップス、そして黒のチェックシャツワンピースを羽織っている。


 愛澄華と話している口調は快活ながらもだるそうだ。


「相変わらずのゴスロリファッション。いけてるじゃん」

「やっぱり、そう思いますか?」

「うん。これぞ、あーさんって感じでてるよ」


 飯塚さんは愛澄華がゴスロリ服を私服として着ていることを知っているようだ。慣れた風に褒めちぎっている。


 女子ふたりがトークを楽しんでいる間に僕は、盛快に訊いてみた。


「盛快は愛澄華がゴスロリ服を好きだということ知ってた?」

「まぁ、話には聞いてはいたが……実際に見るのは初めてだ。……なるほど、悪くないな」


 盛快はなにかよからぬことを企む顔で、愛澄華を見ている。


 好意を寄せてなくとも僕の彼女を舐めまわすように見られるのはいい気がしない。


 そこで僕は、盛快を邪魔するかのように会話をする。


「そういえば、どうしてここにいるの?」

「どうしてって……」


 訊かれたくないことだったのか眉をひそめて答えた。


「たまにはこういうところに来るのもいいかと思ってよ。それでアトラクションを色々と見て回っていたら、お前らを見つけたというわけさ」

「はは……そうなんだ」

「まさか、あんな目立つところでいちゃつくなんていう大胆なことをしてるとは思ってもおらずビックリしたぜ」

「本当! ふたりとも仲いいんだね!」


 僕と盛快の会話に飯塚さんが割って入って来た。


 僕と愛澄華が高みの見物鉄道に乗車中、頭を撫であっていたことを知っているようで、盛快と飯塚さんは痛いところを突いてくる。


 僕と愛澄華は見られていたことによる恥ずかしさから「……ははは」と力なく笑っていた。


 その空気を察してか、飯塚さんが愛澄華の手を取り提案……もとい、強引に引っ張っていく。


「せっかくだから……一緒に周らない?」

「え? ……ちょっと」

「ゴーゴー!」


 愛澄華は僕の顔色を窺うような目線を向けてくる。その行動を遮るように飯塚さんは愛澄華の手を引く。


 特に断る理由のない僕は嘆息して付いていく。


 ふと盛快を見る。


 目が合いお互いに軽く苦笑しあったあと、先を行く愛澄華と飯塚さんがいる方へと向かった。

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