第5話 ラノベで主人公に妹がいるのは鉄板だよね。だからいる。他意はない。

 学校を出た後、僕はまっすぐ家に帰って来た。


「ただいま」

「おかえり」


 母は台所で夕飯の支度をしているようだ。姿は見えないが声だけ聞こえてきた。


 僕は台所手前にある自室に入り、私服に着替えた。雨で制服が濡れているからというのもあるが、帰ったらすぐ着替える。


 着替え終わったら夕飯の時間になるまで勉強する。


 次の小テストに向けて、数学の計算、英語の単語や熟語、国語の漢字。


 勉強してから小説を読んだり、ゲームをして遊ぶ。


 勉強を終え、小説を読もうとした時、図書室で本を借りるのを忘れていたことを思い出した。盛快しげやすに邪魔されたことを少しばかり恨む。


 どう時間を潰したものかと考えていると、母が夕飯の時間だと知らせに来た。




 家族との食事を終えた後、僕は妹――莉雫りおとふたりでリビングにいた。


 莉雫はツインテールを腰まで伸ばしている。その髪の長さで床に座るもんだから髪先が床についている。


 学校から帰ってから着替えていないため、制服のままだ。


 両親は、夜の散歩に出掛けている。すでに雨は上がっているようだ。


 ふたりが散歩に出掛けるのはいつものことで……近隣の公園を見て回ったり、知る人ぞ知る個人経営するお店を見つけて来たりする。そんなことを続けているため、近所のことに詳しい。マンション住まいで庭が恋しいのかもしれない。近所をまるで大きな庭のように散策する。


 そんな散歩好きな両親に反して、僕たち兄妹は現在、室内でまったりと過ごしていた。


 僕は、特に読みたい本が手持ちにない。小テストの勉強はすでに終えている。


 時間を持て余した僕は、なんとなく携帯ゲームをやることにした。今やっているのはRPGで、最後にプレイしたのがいつなのか思い出せない。


 いったいどうして途中のままにしてしまったのか。またどこへ向かえばいいのかを考えながらプレイする。


 途中にしてしまった理由はすぐにわかった。


 文化祭があったからだ。


 僕は文芸部に所属している。文芸部は文化祭で部誌を発行する。その部誌に執筆した小説を載せた。二次創作ではないオリジナルだ。


 暇な時間を見つけて小説を読むことはちょくちょくある。だが、書くとなると話は別だ。普段から執筆する人ならいざ知らず、執筆する機会がなかった僕からすると相当な苦労があった。


 誰かに見せるわけでもなく、ただ書けばいいだけなら気軽なものだが、今回の場合は文化祭の出し物としての創作だ。書いた小説を部屋の片隅において自画じが自賛じさんするようなたぐいとは違う。


 誰かに見せるため…………誰かに見られてもいいように書く必要がある。それも普段は文章を書かない人が、執筆するのだからどうしてもつたない作品になってしまう。


 それをどうにか顧問の先生や部員の仲間と一緒に創り上げていく。


 慣れない手を動かすことから、今僕がプレイしているRPGを一時期、中断する羽目になってしまった。


 文化祭を終え、ゲームを再開したはいいものの、どこへ向かえばいいのかわからない。


 再開時にいた街の人々に話しかけてみても……「いい天気」だの……「あそこのカフェはコーヒーがおいしい」だの……なんとも用を足さないことしか喋らない。


 あそこのカフェでコーヒーをテイクアウトして、ピクニックでもしろとでもいうのか……悪くない選択だが、カフェの店員に話しかけてみても……「うちのコーヒーはおいしいことで評判なんですよ。一杯どうですか?」としか言わない。


 そして、言うだけ言っといて、「コーヒーを注文する」というコマンド選択ができない。歯痒はがゆい思いだ。店員から誘っておいてコーヒーを飲ませてはくれないのだ。ちくしょう。


 そんな感じで僕が、RPG本来の目的を忘れ、どうしたらこのカフェのコーヒーを飲むことができるのかを考えている。そんなとき、ふと座布団を敷いて床に座っている莉雫の方を見ると、テーブルの上でメモ帳になにかを書きなぐっていた。


 どうやら彼氏との思い出を記録として残しているようだ。詳しい内容まではわからないが、ところどころイラストが描かれている。その中で一際大きく描かれたイラストが目に入る。アニメ調で僕好み。見入っていると、どうも莉雫は気になるのか……気づいた時には僕の方を見ていた。


「なにキモイ視線向けて来てるの? こっち見ないでくれる?」


 なんとも毒々しいことを言いつつ、害虫を見るような視線を向けてきている。


 見られたくなければ自分の部屋ですればいいのに、そうしない。莉雫の毒舌を気にせず、僕は応じる。


「イラストかわいいじゃん」

「当然でしょ! 誰が描いてると思ってるの?」


 腰に手をあて、胸を張り、さも自信ありげに堂々する。その際、長い髪が揺れる。胸は揺れない。揺れる程の胸はない。


 にしても、莉雫がイラストを描けるというのに、僕にはそんな才能はからっきしで寂しい。


「今度、僕が書いた小説のイラストを描いてみてよ」

「はぁ⁉ するわけないでしょ。そんなこと」

「だよね」

「変なこと言わないでくれる~」


 いつの間にか僕に向いていた視線はメモ帳に戻っており、さらさらとイラストを描き上げていく。その姿は僕に視線を向け続けることさえ億劫おっくうなんだと感じられた。


 イラストはともかく置いておくとして……莉雫には彼氏がいる。莉雫はその彼氏のことが好きで付き合っているのだろうか。それとも、親友と同じように好きでないけど付き合っているのだろうか。


 そんな疑問が頭をよぎり、こびりついて離れない。訊いていいものか、訊いてはマズイことだろうか、と僕の中でせめぎあう。


 脳内論争を繰り広げ疲労を感じ、軽度の混乱状態となった僕はポロリと口がすべりだしていた。


「好きじゃなくても付き合えるもんなのかな?」

「はぁ⁉」


 かわいいらしい女の子のイラストに猫耳を書き足している最中の莉雫は、その手を止めて突き刺さんばかりの発声を僕に浴びせてくる。


「マジきもいんだけど! ホント! めてくれる⁉」


 どぎつい莉雫の言葉にひるまず、僕は話を続ける。どこか言い訳じみたしゃべり方をしてしまう。


「いや……今日、友達が彼女できたという話になってさ。その友達が『仲はいいけど特に好きというわけではない子』に告白して晴れて恋人同士になったと言うんだ。莉雫はどうなのかな? と思って」

「なにそれ…………どういうこと?」


 僕が言わんとすることを理解できないようだ。莉雫は小首を傾げている。


 疑問に思われるとは考えていなかった僕は、どう説明したものかと考えを巡らせる。特にこれといって、いい説明が思いつかない。そこで僕はストレートな言葉を莉雫に投げていた。


「莉雫は今付き合っている彼のことが好きなの?」


 途端に頬を染めて力強く否定してきた。


「そんなわけないでしょ! 誰があんなやつのことなんか……」

「……ということは、莉雫は好きな相手でなくても付き合えるってこと?」

「当たり前でしょ。好きじゃないと付き合っちゃいけないなんて誰が決めたの?」

「……そうか……そうだよね……」


 僕がガックリと肩を落としていると、莉雫はフォローするかのように言葉をかけてきた。


「確かにリオは彼のことが好きではない。けど……」

「けど?」


 口ごもる莉雫に続く言葉を促して少しばかり待つ。なにか恥ずかしがることでもあるのかモジモジとして、なかなか言い出せないという感じだ。いったいどうしたのだろう。「トイレでも我慢してるのか」と口を出したら怒られた。


 仕方なしに莉雫が話し出すのを待つ。別に言いたくなければ、無理に言わなくてもいい。そのことを伝えようとするも、内心では非常に興味を持ってしまっている僕の心はそれを許してはくれなかった。


「…………だったら……」

「ん? なに?」


 あまりにも小声で聞き取りづらく、反射的に聞き返していた。


「好き同士で付き合えたら素敵なのにって言ったの! バカ兄。そんなんだから彼女の一人もできないんでしょ!」


 バタバタと荷物をまとめて自室へと莉雫は去っていった。


 莉雫には悪いことをしたかな、と罪悪感を覚えつつも、莉雫の考えを僕なりに整理してみる。


 莉雫は好き同士で付き合えたらいい。けど、現実はそうもいかない。ただ、好き同士でなくても付き合うことができるようだ。


 好き同士で付き合えたらいいのに、ということに関しては僕も大いに賛成する。だが、好き同士でなくても付き合えることができることに関しては納得できずにいた。


 僕は好きな人としか付き合わない。それは僕の確固たる信念で、揺らがしてはならない。


 たとえ学園一の美少女と称される川田かわた愛澄華あすかであっても承諾してはならない。


 盛快と今日、学校で彼女のことを話していたためか、そんなことを考えてしまう。

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