クソッタレな結末に『祝福』を――

第51話 鬼の頭が推してまいるッ!!

◇◇◇


 伸ばした右手が空を切ったとき、わたしは全てが手遅れだったと思い知った。


 助ける見込みは確かにあった。


 だが、それを無にしきすほど世界が残酷だったというだけだ。

 だけどこの結果はあまりにも納得できない。

 

「くっそ、あの馬鹿。なに一人で勝手にあきらめてんだよ!!」


 よりにもよってわたしの目の前で、へたくそな笑みを浮かべて消えやがった。

 最期の最期まで世話の焼ける奴だったが――あいつは自分一人の命で世界を救えるような性格の人間じゃない。

 それに――


「なにホッとしたような顔してんだよ。テメェ等」


 あれほど騒ぎ立てていた世界が、しのぶの消失と共に落ち着きを取り戻しているのがなおさら気に食わない。

 それはまるでようやく邪魔者を排除できたことに世界が安堵しているようで――、その事実がわたしの魂を苛立たせる。


 くっそ、とにかく一刻を争う。

 こんな時にあの馬鹿はどこほっつき歩いてんだ。


 すると崖のてっぺんから機関銃を乱射するような規則的な音と共に、空気を叩く振動が森を震わせる。


 民間機。おそらくドクターヘリの類だろうが、こんな派手な登場をするのは一人しかいない。


 リリリンと場違いな着メロが鳴り、すぐさま頭上の見上げて通話ボタンをオンにすれば、空気を震わせるプロペラの音に負けないくらいの声量で通話口の向こうに怒鳴り散らした。


「おっせぇよ凛子!! テメェ今まで何してやがった!!」

『言い訳は後でいくらでもしますわ。とにかく非常事態ですの!! つべこべ言わず乗りなさい』


 そうしてヘリの尻から白い救命ロープが垂れ下がってきた。

 救命ロープを手繰り寄せ、身体に巻き付け上昇していけば、そこにはヘッドホンをつけ険しい顔をしてみせる桐生院凛子の姿があり、


「しのぶさんの『幻想反応イマジナリー』が消えました。どういうことですの!?」


 開口一番に飛んできた言葉に思わず顔を顰めてみせる。

 そんなことはわたしが聞きたいくらいだ。そもそも――


「それはこっちの台詞だっての!! しのぶが大変だってこの時期にテメェは今まで何してやがった!!」


「上から圧力をかけられて身動きが取れないでいましたの。上層部の不正を暴くためとはいえ、しのぶさんに囮役を買って出ていただいたのが完全に裏目に出ましたわ。まさか実働部隊に先手を取られるとは――それで肝心のしのぶさんはどこに!?」


「知るかよクソ。あの馬鹿。最期の最期でマジで自分の死を願いやがった」


「貴女がいてなんでそうなるんですの!?」


「思春期の女子高生のデリケートな事情なんてわたしが知るか!! おそらく幻死症の限界が来たんだろうが……」


 それにしたってタイミングが悪すぎる。

 タイムリミットがあるとはいえ、まだまだ余裕そうだったのに。

 とにかく当てがあるとすれば――


「家まで飛ばせ!! あの引きこもりの馬鹿のことだ、おそらく例の異空間にいるはずだ。――こっから屋敷まで飛ばしてどのくらいかかる」

「三十分くらいかかりますわ」

「おせぇ!! 五分でなんとかしろ!!」

「無茶言わないでください!! ジェット機じゃあるまいし、ここからあの屋敷までどれだけ距離が離れていると思ってますの!?」


 それでもやるんだよ、と言い放てば悔しそうに唇をかんだ凛子が操縦席に指示を飛ばした。

 凛子本人もここで言い合いをしている時間はないと理解しているのだろう。

 だからこそ、あのプライドの高いお嬢様がわたしの指示に従っている。


「確証があるんでしょうね」

「んなもんある訳ねぇだろ。勘だ勘!! それ以外に言うことあるか」

「それは最高に素敵な根拠をありがとうですわ!!」


 手を負こまねいている時間があまりにも惜しい。

 こうしている間にもしのぶは耐えきれず自死する可能性だってあるんだ。

 ならわたしができることは一つ。


「おい、凛子。あの馬鹿を助けたければ協力しろ」

「脅しですの」

「ああ脅しだ。だがタダでとは言わねぇ」


 凛子の胸ぐらをつかんでその燃える火のような瞳をまっすぐ見据える。


「依頼の成果なら全部くれてやるよ。お前が裏でなにを企んで、しのぶをどう利用しようと知ったこっちゃねぇ。だがな――」


 わたしはあいつを助けるって言っちまったんだよ。


 口から吐いた唾は二度と飲めない。

 こっちだって任侠一家の孫娘に生まれたプライドがあるのだ。

 今更、仁義云々を振り回す気はないが、それでも世界としのぶを天秤にかけて『世界』なんてちっぽけなものが釣り合うとは到底思えない。


 だから――


「お前はお前でこの問題にケリつけたいんだろ。だったら――つべこべ言わず黙ってわたしに手を貸せ!!」


◇◇◇


 しのぶが完全に『幻想の異空間』を閉じていた場合。

 おそらくこちら側の干渉は一切、受け付けないだろう。


 それは直にわたしの拳がしのぶの『幻想』の入口を破ったときに感じたほぼ正答に近い推論だった。


 わたしが概念的とはいえ、あの扉をぶち破ることができたのは『富岡しのぶ』本人が扉を破られることを無意識に願っていたからに他ならない。

 現状、自分の『幻想トラウマ』と心中を決め込んだしのぶを助ける手立ては『鬼頭神無』には残されていなかった。


 ただ唯一の救いは、まだ『わたし』に奥の手が残されているということなのだが――


(果たしてうまくいくかどうか。


 かなり無理な賭けを敷いているのは承知の上だ。

 だが今更ジタバタしても仕方がない。


 だから凛子の言う通り手渡されたに目を通していたわけだが――


「……ついたな」


 ヘリコプターが富岡邸の上空に差し掛かったところで、わたしは資材搬入口であるハッチに手を掛けていた。

 ギョッとした顔をする凛子が、後ろからわたしの肩を掴む。


「ちょっと待ちなさいな。貴女なにするつもりですの!?」

「うるせぇ、いちいち着陸場所なんてさがしてられるか!!」


 凛子のことだ。近場にヘリポートや学園など非常時に離着陸できる場所を確保しているのだろうが、そんな時間も惜しい。

 すると、わたしの決意に横やりを入れるように後ろから凛子の静止の声が飛んできた。


「お待ちなさい、鬼頭神無」

「ああん、こっちは急いでんだ。今更引き留めたって――」

「みーちゃんからの連絡ですわ」


 振り返るのも惜しいが、みーちゃんがこのタイミングで下手な連絡を寄こすはずがない。

 きっと何かしらの狙いがあるはずだ。

 促されるまま凛子からスマホを受け取れば、受話器の方からみーちゃんの声が聞こえてくる。


 でもそれは、どこか小難しい理論でもなければこの危機的状況を乗り切る解決法でもなく――


『神無ちゃん。信じてるよ』


 たった一言の激励だけだった。

 信頼のこもった親友の激励に魂が奮い立つのがわかる。

 だから――


「おう!! 大船に乗ったつもりで見てて。これはわたしの仕事だから」

 

 そう晴れやかに言い残し、凛子にスマホを投げ渡してヘリの資材搬入用のハッチを勢いよく開放する。

 吹き付ける風の濁流。だけどそれは物理的な風圧だけでなく――以前から感じていた謎の圧力をしっかりと確認できる。


(間違いなく、しのぶはここにいる)


 150メートルじゃすまない距離。

 落ちれば確実に死が待っているだろうが、そんなの躊躇う理由にならない。


 いまのわたしには親友の激励の他に様々な欲望が渦巻いているのだから。


 それは『かの世界』で夢にまで見た願いの結晶であり、わたし――鬼頭神無がこの世に生まれ落ちた『理由』に他ならないのだから。


「それじゃあ行ってくるわ」

「あ、ちょっとパラシュート忘れてるって――ちょっとおおおおおおおお!!」

 

 凛子のツッコミじみた悲鳴を背中に受け、欲望のままドクターヘリから飛び出せば、世界のしがらみを受け入れる。


 ああ、世界は今日も輝きに満ちている。

 たとえそれが非現実のような世界であっても、手を伸ばさない理由にはならない。


 そうあれかしと誓いをたて、わたしはこの世界に転生したのだ。

 だったら――


「ここで遠慮したら嘘だよなッッ!!」


 在りし日の興奮が再び落雷となってわたしの身体を突き抜ける。

 こんなに興奮するのはそれこそ――あの『聖典』を読んだ日以来だ。


 そう。全てはわたしの『オタ道』のため!!


 徐々に近づいてくる目的地。


 溢れる魔力を全身に纏い、拳を握る。

 出し惜しみはしない。

 


 今更、使


 どうせ壊れるのなら、わたしの手でぶっ壊してやる。

 最後まで持ってくれよ、わたしの身体!!


「だっしゃらああああああああああああああああ!!」


 雄叫びと共にこの世界に生まれ落ちて初めての『全身全霊』の拳を叩き込む。


 まばゆい光が太陽のように世界を照らし、世界が大きく歪み始める。


 すると物理的ではない屋根の境目。

 『幻想』と『現実』を仕切る世界の境界線にひびが入り、ガラスを割ったような硬質な音が『世界』に響き渡った。

 そして――


「よっしゃあああああああ!!」

 

 無理やり押し通るように拒絶の殻を拳でぶち抜けば、卵の殻を割るように、存在しえない『現実の表層』がばらばらと零れ落ちた。


 無作法なのは承知の上だ。

 だけど、友人の家に入るときはこのくらいがちょうどいい。


 爽快な気分と共に空中で一回転して勢いを殺せば、変わり果てた泥のような暗がりの世界を土足で踏み荒らす。

 

 そして――全ての元凶である『幻想』の主を見据えると、わたしは誇らしげに拳を打ち、


「さぁ、クライマックスはこっからだぜ。しのぶ」


 空気も読まずに堂々と。

 どこまでも幼稚に、身勝手に、わたしらしさ推しのキメ台詞を押しとおすのだった。

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