第49話 『富岡しのぶ』の最期


「ったく、どいつもこいつも腰抜けばっかじゃねぇか。こんなザコどもに凛子はしてやられたのかよ」


 そう言って退屈そうに首を鳴らし、吐き捨てる彼女の言葉にはどこか落胆の色があった。

 順繰りと地面に倒れ伏した男たちを見渡し、あたしの首元にナイフを突きつけるリーダーの男を睨みつける。


「それで、そのガキを人質にとってどうするつもりだ? 頼りの部下はおねんね中。虎の子の武器も全弾撃ち尽くした。いい加減、そろそろ幕引きとしようや」


『くそが!! 聞いていた情報と何もかも違うじゃないか!! なにがただの一般人だ。あの男め、でたらめな情報を寄こしやがって!?』


「いったい誰に対して文句言ってんのか判断しかねるがぁ、運が悪かったな。この件にわたしが関わった時点でテメェ等の計画は失敗する定めだったんだよ」


『なぜだ。なぜ貴様のような無関係な人間がこの件に関わる! 貴様にとってこの娘を助けたところで何の利益もないはずだろう!!』


「いいや、利益ならあるさ。わたしのオタ活の為っていう利益がな」


 そう言って中段に腰を落として拳を構えてみせると、彼女は大胆不敵にも訓練された部隊長相手に勝利を確信した笑みを浮かべてみせた。


「わたしの夢のために死にな、三下」

『――ッ!? この――異常者がああああッッ!!』

「はっ、テメェ等に言われたかねぇな、このクズ野郎ッッ!!」

 

 そうして放たれた拳は、ナイフを振り回すヘルメットの男の攻撃を潜り抜け、男の内臓を抉るように叩き込まれる――が、ここで初めて彼女の顔に変化が生じた。


「――ッ!? この感触は……」

『かかったな馬鹿め!!』


 おそらく耐衝撃用の何かが埋め込まれていたのだろう。

 一瞬だけ生まれた隙をついて、ヘルメットの男の手があたしの身体を崖の方へ突き飛ばすように押し出された。


「えっ――」


 あまりにも突然の出来事に思考が一瞬フリーズする。

 でも薬の所為で自由の利かないあたしの身体は押し出された勢いを留めることができなかった。


「くっそが――」とどこか焦りをにじませたような声が鼓膜を震わせる。


 バランスを崩した身体が崖から足を踏み外し、あたしの方に手を伸ばす鬼頭神無と視線が交わった。


 傾く視界。助けを求めるように無意識に伸ばした右手。あたしの方に駆けだすあの人。


 でもその後ろから新たな拳銃をこちらに向けるヘルメットの男の姿が視界の端に映り――、

 

「邪魔だッッ!!」


 その引き金が引かれるより早く、あの人の拳がヘルメットの男の顎に突き刺さり、男の意識を完全に刈り取った。


 鈍い音と共に彼女の口から吐き出された苦悶に満ちた呻き声。

 全てがスローモーションで見える。


(ああ、これが噂で聞く死ぬ直前の……)


 そうしてゆっくりと引き延ばされる死亡宣告のなか、大きく伸ばされたあの人の右手が虚しく空を切った。


 重力に従ってまっすぐ落ちていくあたしの身体。


 聞きなれた風を切る音と、地面の圧力があたしの脳を蹂躙し、喉元に零れ出ちゃいけない感情がせり上がってくる。


 いくらあの人が超人じみた身体能力を持っていたってもうダメだ。

 『幻想』が使えない今、あたしは自分の死を無意識に回避することすらできない。


 結局、最後まで思い通りにならない人生だった。


 でも、不思議と後悔はなかった。

 絶対に助けに来ないと思った人が来てくれたからだろうか。


 望んだ終わり方じゃなかったけど、これでようやく終われるのだ。

 だからあたしはこれで満足なはずなのに――。


「なんでアンタまで落ちてきてるのよバカッッ!!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る