第31話 あわてんぼうのブラックサンタ、アキバの地にやってきた。


 そうして、両手に抱えるほどあった推しグッズを凛子に押し付けることしばらく。

 わたしはアキバの街を『飛び交う』ようにして散策していた。


 口やかましい指示に顔を顰めながら、隣り合う屋根と屋根の隙間を飛び越え、一直線に目的地を目指す。

 それもこれも面倒な協定とやらを賭けで結んだ『なにがし』の所為なのだが――


「ああ、ったく。人を勝手に賭博の駒にしやがって。一体誰だあの野郎!!」


 手っ取り早くあの反抗期娘の居場所を教えてくれるのは助かるが、それにしたって面倒事が重なり過ぎてやしないか。


 謎の電話の相手に、凛子を付け狙う謎の影。

 あれが凛子を統括する上司の特務機関なのか、それとも第三者の手の者なのかわたしにはわからない。


 だが、ああやって裏でコソコソするような連中が総じて良くないものだということだけは長年培ってきた『嗅覚』でよく理解していた。


「はぁ。ったく毎度毎度、面倒事をぶん投げてくるよなあのお嬢さまは。高校の時もそうだったけど、これだから金持ちの高飛車は隠し事が多くて嫌になる」


 身軽になった身体を動かし、アキバの電気街の屋根から屋根へと飛び移る。

 

 本来であれば人目につきそうなショートカットも、人目を気にしなければこんなものある。

 まぁサツに捕まれば面倒事間違いないし、顔バレなんぞしようものなら本格的に例のマンションにお巡りさんがご訪問してしまうだろうが、


 なにを隠そう、ここはオタクの街アキバだ。


 いくらこの国が法治国家とはいえ、人民の感性までは制御できまい。

 現に――


「おい、あれ見ろよ」

「うおっ、かっけぇパルクールじゃん!!」

「ニンジャ、ニンジャデスヨ!?」


 下界から誰かしらの驚く声が聞こえるが、警察に連絡しようとする者は誰もいない。

 結局は何かしらのパフォーマンスと勘違いされれば、それまで。

 スマホを頭上に向けたときにはもうわたしの姿はないのだ。


(まぁ後日SNSにでも取り上げられるだろうが、人の噂も七十五日。すぐに新しいトレンドに埋もれて誰も気にしなくなるさ)


 そうして同志たちの反応に取り合わず、そのまま屋根の上を突っ切れば、耳元に取り付けたインカムに話しかける。


「んで、凛子。しのぶとの距離はあとどのくらいだ」


『電気街付近に登録した『幻想』の強い反応がありますわね。おそらくその近辺ではないかと』


「了解っと。あと五分もしないうちにつくな」


 端末越しに聞こえる凛子の声。

 別れ際の際に投げ渡されたインカムを耳に詰めているだけだが、意外と便利だし、なにより両手が使えるようになるのがいい。だが――

 

「――ったく。『幻想』座標特定アプリとかいよいよ言い訳できなくなってきたわけだけど、アンタ等、世紀の変態的発明、乱造しすぎじゃない? いくらニーズがあるからってこれはやり過ぎでしょう。つか、こんな便利なもんがあるなら初めから使えばよかったじゃねぇか」


『これはプライバシーの観点からあまり使いたくなかった代物ですの。今回は事情が事情の為、解禁したまでです。そう易々と使えるはずないでしょう』


 いや、言い訳してもしのぶの動向を無断で観察してた言い訳にはならないから。


『というより貴女の方こそ隠密行動の意味を理解していますの!? なんだかSNSがすごい盛り上がりを見せているのですけど、一刻も早く向かえとは言いましたが貴女いったい今なにやってますの!?』


「あー気にすんな。どうせすぐに収まるって。それよりもうすぐ現着できそうだから通話切るぞ」


『あ、ちょ、お待ちなさい。まだ話は――』


 とお小言が飛んでくる前にスマホの通話ボタンをスライドすれば、ぶつりという音の後にぷーぷーと間延びした電子音が聞こえてくる。


 正直これ以上会話しても、飛んでくるのは長ったらしい説教だけなので出来ればごめん被りたい。

 

『仕方がありませんわね。これはしのぶさんの為。貴女は責任をもって彼女を見つけ出しなさい』と言われたが正直お前はなに様だと言いたい。


 屋根伝いに路地裏を覗きながら、と散策する。

 いくら秋葉原がオタクの聖地とはいえそこまで広くはない。


 近年のアニメブームでアニメ業界だけでなく様々な事業がこのアキバに関わり、大々的な都市開発が行われているらしいのだが、それもまだ二年先の話だ。


 さっき聞いた『噂』では近々『アニメ都市』として秋葉原全体が生まれ変わるのではないかなんて話がお偉いさんから持ち上がっているらしい。


 まぁこれも全てその『政府関係者桐生院凛子』からもたらされた情報ではあるが――


「あの野郎。本格的にわたしを便利な使いっ走りと勘違いしてんじゃねぇだろうな。ほんっっと面倒な置き土産までおいていきやがって、あいつ自分で解決する気あったのかよ」


 そう言って独り言ちれば、わたしの手の中にはしわくちゃになった二通の便せんが危うくわたしのポケットから落ちそうになった。


 慌てて空中で回収し、体勢を立て直しながら尻ポケットの奥深くに突っ込む。

 まったく。どうしてこう次から次へと厄介ごとが舞い込んでくるのだろう。

 あの凛子と賭けをしていたと言う、謎の電話口の人物もそうだが――これでは本当に便利屋もいいところではないか。


「あー、もうっ。なにが『わたくしの口から言うのは野暮というものですわね、ご自分で確認しなさい』だ。面倒になったから丸投げしただけだろうが」


 別れ際に思い出したように渡された二通の便箋。


 一通は富岡しのぶが通っていると言われる大学病院の面会推薦状とありのままに教えてくれたが、もう一通は謎のまま。

 表書きが書かれていない時点で、ただならぬ問題が孕んでいると感じるのはわたしの気のせいでないはずだ。


 正直、あのクソ真面目の凛子の性格から考えるに厄介ごと以外の何物でもない気がするのだが――


「吠え面かかすって噛みついちまったからな。いまさら引けないよな」


 あの凛子が無駄な情報をわたしに寄こしてくるとは到底思えない。

 それにやると言ってしまった以上。引き下がるというのも女が廃る。


「はぁ、ほんと、わたしってなんでこんなにチョロインだろうね」


 と小さく苦笑を漏らせば頭の中で『何か言いまして?』と高飛車な女の声がリフレインする。

 どうやらあの宿敵は、とうとうわたしの頭の中にまで入ってくる技術を会得したらしい。

 まったく面倒なことである。


『それでは、わたくしはこの辺で。しのぶさんのこと、くれぐれも大切に扱ってくださいな。彼女は世界の宝ですので』


「あいあい。あとはわたしに任せてさっさと仕事に戻んな社長さん」


 そう言って頭の奥に響く幻想に返事を返し、急制動を掛けてブレーキを踏めば、顔馴染みのぶっちょ面を見つける。

 まぁそれだけで済むのなら、説教一つでもして終いなのだが――


「まぁーためんどくさいことに絡まれてやがるな、あいつは」


 三階のビルから呆れたように呟けば、そこにはあくまで強気なしのぶを取り囲むようにして下衆な恫喝を始める三人の男の姿があった。



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