第29話 成長の代償と、苦肉の活路――

◇◇◇


 おおかたあの小娘関連のことだと思ったが、どうやらドンピシャだったようだ。


 声のトーンが若干下がり、今度こそ『桐生院』らしい優雅なため息をついてみせる凛子。その手には機械的な光沢を放つ一本の細い棒が握られていた。


「これを貴女に」


「こいつは――例の干渉器だっけ?」


「ええ、その試作機ですわ。貴女に貸し出します。聞けば今朝もしのぶさんの部屋に無粋なノックで出入りしたんでしょう? 今朝から抗議の連絡が止まらず困ってたんですわ――ってあ、ちょっとなにしますの!?」


「いいからちょっと貸せって」


 そう言って端末を掲げてみせた凛子の手からスマホを強引に奪い取り、ラインのメッセージをスクロールする。


 そうすれば出るわ出るわ、『馬鹿』だの『野蛮人』だのといった非難の嵐が。

 まったく人が見てないことをいいことにとんだ誹謗中傷だ。

 訴えたら勝てるんじゃねぇの?


「返しなさい」と強引に奪い取られるが、どうやらしのぶはまだこのアキバのどこかにいるらしいことだけはわかった。


 あのじゃじゃ馬の性格から「こんな場所には一秒もいたくない!!」と言って自分の部屋にでも籠ってそうなもんだが、なんだか意外である。


「それで肝心のあいつはなんて。法廷で戦うとでも言ってんのか」


「ええあなたの野蛮力に付き合いきれず最悪、告訴も辞さないと」


「はっ、あいつ死にかけの癖にそんなせせこましい抵抗してんのか」


 まぁこの様子だと少なくともまだ帰ってはいないのだろう。

 ならこの辺を探せばひょっこり遭遇する可能性が高いという訳か。


「んで、試作品とはいえこいつを私に貸し出す理由を聞いてもいいか? 一応、機密情報だろ、これ」


「そう思うならそんなに粗雑に扱うのはおやめなさい。……理由なら貴女が一番よくわかっているんじゃありませんの?」


 そう言って凛子の視線が僅かにわたしの右腕の方に注がれる。


「その干渉器を貴女に貸し出しますからいい加減あんな無茶な入り方はもうおやめなさい。逃げ場所がないとわかった罹患者が次に何をしでかすか――その貧相な胸でもお判りでしょう?」


「……はぁ、やっぱアンタほどの女には隠し切れないか」


 プラプラと右腕を振ってやれば、凛子の切れ目のいい目尻がスッと細められた。


「お察しの通りガタが来てるよ。折れちゃいないが間違いなくヒビくらいは入ってるだろうね」


「といことはやはり思い違いではなかったようですわね。その腕の負傷は例の幻想で? 昨日は随分平気そうに見えましたけど……やはり重症でしたのね」


「いつもなら問題なかったんだけどな、今回はちょっとばかし力量を見誤った。次は油断しねぇよ……ってなんだよその顔は」


「いえ、その……貴女がそこまで言うのは本当に珍しいと思いまして。昨日の騒動で頭でも打ちました?」


「んなわけねぇだろ。わたしは至って健康だ。……このくらいで怪我人扱いするんじゃねぇよ」


 肩を回してやれば不可解そうに顔をしかめてみせる凛子の姿が。

 まぁその疑問はわからないでもない。なにせ――


(わたしが他人の実力を認めたときというのは、大抵がお気に入りを見つけた時だもんな)


 みーちゃん然り。凛子然り。

 面白いと思ったらとことん付き合いを深くするのがわたしの流儀だ。


 まだ日の浅いしのぶのどこにその『面白さ』を見出したのか疑問なのだろう。


 まぁわたしだって好きで悪役ぶってるわけではないのだが――


「アイツはもしかしたら、あたしと同類なのかもしれないって思ったらついな」


「しのぶさんと貴女が同類? ゴリラと子猫を一緒にするって冗談もほどほどに――って貴女、その顔。本気で言ってますの?」


「まぁ本人は死んでも認めないだろうがな」


 そう言って肩をすくめてみせれば、ますます不可解そうな顔をしてみせる凛子。

 まぁお前みたいな優等生には理解できない事だろう。

 あと誰がゴリラだ。ぶっ飛ばされてぇのかコラ。


「別になんてことねぇよ。今日のアキバ巡りでなんとなくだけど、わたしとあいつの共感できる部分があったから気まぐれに助けてやろうと思った、それだけだ」


「……なんだか誤魔化されたようで腑に落ちませんが、その口ぶりだと確信をもっていっているようですわね。ほんと脳筋の考えることはわかりませんわ」


「ふっ、そうかい。――ならその納得ついでに一つ聞かせろ。アンタらNEEDSは、いや――上のお偉いさん。例の特務機関はあのガキにどんな重荷を背負わせるつもりだ?」


「…………なんのことですの?」


「とぼけんなよ。別に答え合わせしようってんじゃねぇんだ。わたしの実家がどんな場所かアンタだって知ってんだろ?」


 はッ、と凛子の疑問をあからさまに鼻で笑ってやれば、アキバに似つかわしくないピリッと引き締まる空気が肌を刺す。

 ガヤガヤとなる群衆の足音がやけに遠くの方に聞こえ、明らかな敵意がわたしの本能を連打する。


「特務機関が完全秘匿主義のお役所かくらい理解している。その上で、その使いっ走りのアンタに問うてるんだ。特務機関がお前に課したオーダーはなんだ」


「……機密事項ですわ」


「なるほど。……天下の『第六天』も国家権力には勝てねぇってことだな」


 すると、忌々しそうに表情を歪めてみせる凛子の姿が。


 その表情だけである程度の事情を組むことはできた。

 

(なるほど――。この様子だと本当に自由と引き換えに政府の飼い犬になっちまったみたいだな、こりゃ)


 本来の彼女であれば、こんなくだらない成功実績なんかより人の人命を優先するはずだ。

 それが類まれなる才能であればなおさら。だから――


「あえてわたしを焚きつけるような一芝居打ったって訳か。やっぱり昨日までのあからさまな態度はブラフだったわけだ」


「……そこまで看破されては、居心地が悪いですわね」


「それでも――あの時のお前らはあの干渉不可能な異空間を消滅させる手立てがあるって聞こえるんだけどな。ありゃ正気で言ってんのか?」


「……はぁ。わたくしにだって立場がありますのよ。おいそれと機密事項を漏らせるはずがないでしょう」


「だけど、その機密事項に触れないまでのことは開示できるはず、だろ? だから仕事の様子見なんてつまんねぇ口実を作ってまでここに来た。違うか?」


「……やけに確信を持っておっしゃっているようですけど、みーちゃんの入れ知恵ですの? ただ日々を漫然と送ってきた貴女の口から出た推理とは思えないですわね」


「おい、馬鹿にすんな。確かにみーちゃんほど長い付き合いでないとはいえ何年やり合ってると思ってんだ。天敵の考えそうなことくらいお見通しだっての」


「はっ、それこそ冗談じゃありませんわ。貴女のような野蛮人に理解されるなんて、虫唾が走ります。とうとうわたくしも焼きが回ったようですわね」


 そう言ってひらひらと片手を振り、鼻で笑ってみせる凛子。

 しかしその奥に光る瞳はやけに力強い鋭さを放ち――


「……実績があると言ったでしょう。とりあえずここでは人目がつきます。路地裏の方へ」


 そうして声のトーンを落とし、注意深く辺りを見渡すと、わたしの手を取った凛子が強引に路地裏へと引き連れる。

 よほど見られちゃまずい情報なのか。

 その壁を背に辺り、「これをごらんなさい」と言って凛子が懐から取り出したのは箱詰めされた一本の注射器だった。


 中に液体が入っているのか、薄緑色のとろりとした液体が天井の光を受けてキラキラと輝いている。


「そいつは?」


「『現実覚醒パッチ』。わたくし達は『リブート』と呼んでますわ。まぁ言うなればわが社の社員の総力を結して作られた自慢の『更生プログラム』ですわね」


 そう言って自慢げに胸を張ってみせる凛子。

 堕肉が鼻先を掠めにイラっと来るが、いまだけは邪念を振り切って彼女の言葉に耳を傾ける。


「対象の患者の体内に直接注入することでナノデバイスが脳神経に直接働きかけて、幻死病の進行を抑えることができますの」


「……ナノデバイスって、信用できるのかよそれ」


「言ったでしょう前例があると。なぜ政府がわたくし達に特務許可証なんて特権を与えたかイチから説明する必要がありますの?」


 なるほどそのナノデバイスを交渉材料にしたという訳か。

 となれば話は早いが――


「アンタほどの傑物がそれほど確実な解決方法がありながら解決できる依頼に手をこまねいている理由なんてない。おそらくそうできない理由があるんだろ」


「ほんと勘だけは鋭いですわね貴女。ええお察しの通り、取り扱いがとてもデリケートなんですの。なにせ脳神経に直接信号を働きかけるもの。人体にはほぼ無害とはいえ使い方を誤ればそれなりのリスクが伴いますわ」


「リスク?」


「……そこに関しては機密事項ですわ。たとえみーちゃんの頼みとは言え、当事者以外に教えることはできませんの」


 凛子がここまで言うということは、それほど重大な倫理に関わる話題なのだろう。

 しかし裏を返せば――


「あの小娘にはすでに通達済みということか」


「ええ、それはもう念入りに注意深く行いましたわ。……と言ってもこのナノデバイスはあくまで病気の進行を抑えるだけ。根本的な完治とはいきませんけどね」


 なるほど。あくまで対症療法くらいの効果にしかならないってわけか。

 たしかに回復までは至らなくとも、幻死症の罹患者の状態が良好に向かうのなら、ないよりはましなのだろう。ただ――


「でもなぁ凛子。それじゃあ解決したことにならないのはお前も承知の上なんだろ」


「……ええ、ですがあの異空間が彼女の心が作り出した幻想だというのなら、少なくともこの状況は解消できます。それに命だけなら絶対に守ってみせますわ」


 なるほどその言い分もわかる。だがやはり解せないのは凛子の態度だ。


 協力しないとわたしを突き放したり、かと思えば重大な機密情報を誓約ギリギリのラインで話したり。


 これでは桐生院凛子の掲げる信条がブレているように見える。


「……非道だというのならそうおっしゃって結構。ですが鬼頭神無。貴女はこの国に何人、幻死症及び幻想症候群を患った罹患者がいるかご存知でして?」


 何人ってそりゃ――とそこまで口にしてある可能性が頭をよぎる。


「――おい、まさか。政府の狙いってのは――ッ!?」


 そうして声を荒げ、一歩詰め寄ろうとした瞬間。

 

 わたしのへそ辺りに固い『何か』が押し付けられた。

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