第2話 前世、第三王女セルジア=ファブレットの天啓!!


 その頃は世界はまだまだ豊かで、多国間の戦争という兆しも全く見せない平和そのものだった。


 ある者は魔道具開発に勤しみ、ある者は商売に手を出し、またある者は剣を振るって己を鍛える。そんな怠慢な世界だった。


 しかし、この平和が終わりを迎えることになったのはセルジアが十五歳の誕生日を迎えた頃。


 ある日を境に魔物の動きが活発化し、冒険者や騎士だけでは手が足りなくなったという報告が飛び込んできたのだ。


 詳しく報告を聞けば、あの知性のない魔物が徒党を組んで村々を襲っているというではないか。当然、魔物が知恵を持ち始めたという異例の事態にセンテ・イグラスの国々は大混乱。


 度重なる魔物の抗争と調査の結果。魔物の異変は古い予言書に記されていた『滅びの災厄』と時期が一致することが判明し、挙句の果てには世界各地で魔王幹部なる存在が確認され始め、世界は未曽有の危機に直面することとなった。


 やはり技術大国というのはいつの時代どこの世界においても責任を押し付けられる定めなのだろう。


 当時の神聖王国キャメロットは、センテ・イグラスで有数の魔法が発展した国でもあり、火・水・風・土から治療・呪いに至るまであらゆる魔法の原典を生み出してきた国でもあった。


 ここで世界中をまとめ上げ打倒魔王を掲げるべく、騎士団でも設立すればまだおもしろかったのだが、現実は虚しいものである。

 悲しきかな我がお父さまは世で言うところの阿呆であらせられた。


 なにせ国の豊かさを理由に『パンがなければケーキを食べればいいじゃない』を地で行くような甘ちゃんな政策をぶちたてる無能な暗君である。


 当然、頭ぱっぱらぱーのお父さまがまともな決断を下せるわけもなく。

 

『よしセルジアよ、お前の魔法の才能を見込んで一つ頼みがある。異世界から勇者となるものを召喚し、この世界を魔王の手から救うのじゃ』


 と阿呆なお父様の全力他力本願を聞かされた時には『この国マジで大丈夫か』と本気で頭を抱えたものだった。


 魔力だって無限じゃねぇんだぞ、と叱りつけてやりたかったが、残念ながら当時十五歳だったわたしがそんなことをすれば処刑待ったナシである。


 しかし、どうやら『お約束』という法則は世界共通らしい。

 入浴の最中、片手間で構築した召喚理論が思わぬ大成功。


 召喚魔法を用いて『勇者』候補をいくつも呼び出した結果。

 世界を闇で覆いつくしていた魔王軍を討伐することに成功し、紆余曲折の問題はあったにせよ世界は無事に平和を取り戻した。


 その紆余曲折にセルジアの様々な『暗躍』が集約されているのだが、まぁこれは割愛することとしよう。

 

 とにかく世界は平和を取り戻し、また退屈な日々が始まったという訳だ。


 その結果、一番上の姉君は勇者と共に魔王討伐の戦いに出向き、魔王討伐の功績を評価され『救世の聖処女(23)』として讃えられ、

 二番目の姉君はその類まれなる知識と頭脳を活かして各国の傾きかけた食糧問題や経済問題を解決し、国を立て直してきた『救国の賢人(笑)』として崇められるようになった。


 そして召喚魔法を確立した稀代の天才魔導士のセルジアわたしと言えば――、


『あー暇だわ。マジで。めっちゃ暇だわー』


 召喚魔法の開発功績など忘れ去られ、退屈なお姫様イージーライフを押し付けられていた。


 外交向けの『麗しの人形姫』として周囲の期待に応える生活。

 楽ではあるけど、退屈だ。


 というかこれなら一番上のお姉さまが仕損じた魔王ファイナルアルティメット最終形態(厨二病)と百年にもわたる精神世界での決戦ファイナル・ファンタジーの方がまだ楽しかった。


 しかしそんなことを露とも知らない鈍感クソ暗君であるお父様からは『あの優秀な姉君達を見習え』という言葉を頂き、

 周囲の貴族(無能)たちからは『おやっ、麗しの姫君。今日もお昼寝ですか? ほんと暢気なもので羨ましいですな(笑)』と鼻で笑われる始末。


 挙句の果てにはとある諸国の王子さま(デブ)から


『ぶ、ぶふふふ。そんなに無能ならせめてボクの所に嫁ぐといいさ。あ、安心してよ。ボクは紳士だからね。どんな時でも優しくしてあげるよ。ぶひ』


 なんて下心満載の言葉を頂戴した時にはもう本気で第二の魔王になってやろうかなんて思いもした。


 ――が、まぁそこは腐っても第三王女。


『おほほほほまたまた御冗談を、誰がテメェみてぇなクソ野郎に嫁ぐか、ぶっ殺されてぇのかオーク野郎』


 と、怒りをぐっと堪えて一生下痢が止まらない呪いをかけてやったのは今でもファインプレーだと思っている。


 とにかく、セルジアがこうしたグータラ生活を送っているのにも理由があるのだ。


 一つは魔法という技術体系が一般にも普及するレベルで高度に発達していたこと。

 二つ目は、姉さまたちの功績があまりにも民衆に知れ渡り過ぎたこと。

 そしてもう一つの理由があるとすれば――


『はぁ。しかし、まさかあそこで姉さま達に裏切られるとは、完全に予想外だわぁ』


 そう、まさかの裏切りである。

 これまで散々人をこき使っておきながらいきなりの手のひら返し。いわゆるお払い箱と言うやつである。

 これには我が血族ながら「ついにやったか!!」と感動してしまうほど清々しいものがあった。


 なにせ一番上の姉君が魔王討伐の際に閃いたとされる最終奥義の数々はわたしがカップ麺も真っ青な時間で開発したものだし。二番目の姉君の政策に至ってはほとんどわたしが考えたモノを丸パクリしたものだったりするのだ。


 そうして厚化粧に厚化粧を重ねすぎた結果、どうやら姉さま達の嘘は気付けば取り返しのつかないレベルにまで膨れ上がっていたらしい。


 今更ウソでしたーなんて言えばそれこそクーデター待ったナシだったろう。

 ぶっちゃけた話。王家の名声を盤石なものにするための情報操作である。

 

 まぁその点に関して言えば、お姉さま方の嫌がらせもセルジアにとってはちょうどいい退屈しのぎになるし、願ってもないことだったのだが、

 

『はぁ、この嫌がらせにもいい加減飽きてきたなぁ。もっとレパートリーとかないのレパートリー。こんなんだから国もどんどん衰退していくんだよ』


 とにかくわたしの心を楽しませる。そんな理不尽な世界が欲しかった。


 望むもの全てに手が届くほど類まれなる才能というのは残酷だ。


 そこには努力もなく、悩みもない。

 自分が欲しいと思えば簡単に手に入るし、したいと思えば


 なまじ才能を持て余していた『セルジア』には『普通』に生きるということすら難しかった。


 せめて心躍る何かがあればまだまともに生きられただろうに。

 そんなまともすら許されないセルジアは日々怠慢に誰かの言うことを聞いて生きるくらいしかやることがなかった。 


 しかし、そんな生活もある日を境に終わりを迎える。


『なに、これ!?』


 ある日、勇者の仲間である『異世界召喚者』が旅先で広めたサブカルチャーに心を奪われたのだ。

 おそらく、勇者召喚の際に現れた非戦闘職の誰かの能力なのだろう。


 今にして思えば、追放エンド的なテンプレ満載のお約束もあったのかもしれない。


 とにもかくにも当時のお姫様の人生はこの『一冊の聖典』によって変えられたのだ。


 この時の衝撃をなんと表現したらいいだろう。

 身体の中心を穿つようなとめどなく溢れ出す感情の波。全身に雷魔法を直撃させたようなあの甘い痺れは、これまで退屈を極めていたセルジアに生きる希望を与えたのだった。


 そこから先は崖を転がるように早かった。

 さっそく作者である『勇者の仲間』を城に呼び出し、続きを描かせまくった。


 第三王女は頭がおかしくなったのだろうか、と城内で噂されるようになったが関係ない。


 次々と表現される自由な世界。

 それは当時の世間知らずの姫君にとっては最高の刺激に満ちていた。


『ああっ、なんてすばらしいの!!』


 当時のお姫様には考えられない自由な生き方の数々。

 何者にも縛られない自由な学園ライフや、パンを咥えて曲がり角を走れば奇想天外な出会いに恵まれるという斬新な恋愛。仕事場での刺激的な愛憎劇や、未来設定と思われる世紀末然とした世界で生きる強敵との熱き戦いと、男の生き様。


 全てが新鮮で、憧れだった。

 故に、当時のお姫様が自分の生き方に疑問を抱くのには十分すぎる衝撃だったに違いない。

 なにせ、人間の持ちうる最大の可能性を垣間見てしまったのだ。


 もしかしたら自分にもができるのではないか――と期待してしまうのも無理はない。


 日に日に公務に手がつかないようになり、日夜「尊い」としか口にできなくなったときには全てが手遅れだった。


 いまさら国としての根幹や地位が崩れ去ろうと知ったこっちゃない。


 いつしかセルジアの頭の中には、でもなければ、


 萌えと尊さに溢れた『かの世界』への憧れだけがずっと燻ぶるように胸の奥に残り続けた。


 そしてある日を境にこの賢すぎるお姫様は気づいてしまったのだ。


『あれ、もしかしてこの世界って現実に存在するんじゃね?』と――。

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