第20話 突如現れた謎の扉――

◇◇◇


 そうして半ば大乱闘スマッシュシスターズになりかけた現場はみーちゃんの一喝で鳴りをひそめ、わたしは絶賛、正座待機を命じられていた。


「神無ちゃん。わたしは悲しいよ――」


 とマジトーンで語られるクドクドしたお説教。


 それは『仏の成瀬』と言われるだけあって、その寸分たがわず相手の欠点を指摘するお説教は耳が痛かった。

 がさつだとか、もうちょっと周りのことも考えようだとか、無神経に巻き込んじゃったのちょっと根に持ってますよね?


 まぁなにはともあれ無事、凛子に実力を示し、参加資格ありと認めさせたわけだが――


「……やってしまった」


 冷えた頭で現実を振り返れば、わたしの口からポツリと力ない声が漏れた。


 現在、わたし達は凛子の言う『幻想の核』というのもを捜索中だ。


 どうやらそれがこの面倒な事件を解決させるための鍵になるらしい。

 だがそんなことはどうでもいい。いまわたしの心の大部分を占めていることと言えば、


「ああーなんでいつもこうなるんだろ。ほっっっと、馬鹿」


 もう一度大きなため息を漏らせば、わたしの口から洩れた。


 ちょっとばかし普通ではない未知の体験と宿敵の高飛車女の挑発を前にこの始末。

 今生のオタク人生こそは女の子らしくいきたいと思っていたのに……なんたる失態だ。つい調子に乗ってハシャいでしまった。


 これでは実家にいた頃と何も変わらないではないか。


 こんなんでも一応乙女なのだ。

 それなりの羞恥心はある。


 そうして一人ブツブツとグズグズに崩れたガラクタの残骸を漁っていれば、何か戦利品を見つけたのか、古い雑誌を両手に腰に手を当てヤレヤレとこちらに歩いてくる凛子が見えた。


「まったく。いつまで落ち込んでるんですの。貴女が腕力ゴリラなんていつものことでしょう? いい加減立ち直ったらどうですの」


「うるせぇ、そうじゃねぇんだよぉ。ほっとけよもう。これ以上わたしを惨めにすんじゃねぇ」


「はぁ……いったい何を悩んでいるのか知りませんが、貴女のおかげでこうして調査を続けられるんですからそうみっともなく一人でイジイジしてないでもう少し胸を張ってみてはいかがです」


 あー、なんだ。言うに事欠いてこれはあれか。巨乳自慢というやつか? 

 自分だけたゆんたゆんの立派なものがついてますっていう自慢なのか?


「喧嘩なら買うぞこのやろうぞこら」


「だからなんでそうなるんですの!? わたくしはただもっとシャキッとしなさいと言っているだけで、何故喧嘩に発展するんですの?」


「そこに巨乳があるから」


「なおさら意味がわかりませんわ!?」


「というかなんで依頼人の僕までなんでこんなことを――」


「「それは貴方(アンタ)がやりたいって言いだした事でしょう?(だろう?)」


 ハモるようにして振り向けば、順太郎の方から詰まるような息づかいが聞こえてきた。


 謎のガラクタ巨人を討伐後。わたし達はこの幻想空間の中で一時間くらいゴミ掃除に精を出していた。


 そもそもの発端は『あの防衛機能が働いたということはやっぱりここに解決の糸口があるんじゃありませんの?』という言葉からだった。


 実際、凛子の話を聞けば『幻死症』の多くはその『幻想』を乗り越えられたことで回復に向かうことがあるらしい。


 『幻死症』とはつまるところ心の病だ。


 心のトラウマが消えれば当然、罹患者の精神も安定し症状も回復状態に向かうのは自明の理だろう。

 それが心の傷ともなれば説得力はひとしおだ。

 だが、だからって――


「この広大な空間からたった一つの手がかりを掴もうってのは正直難しすぎやしないか?」


 生活感はあるが、想像以上に散らかった異空間だ。

 そんなゴミ山の中で特定のものを見つけようとするなんて、砂漠の中で金を探すのにも等しい作業だ。


 少なくともここまで歩いてきた時間を考慮してもグランド三つ分じゃ到底足りない広さがあるのは確かだ。しかもまだまだ奥に続いているともなれば、そのしのぶという少女の抱える『幻想』の影響力はどれほどのものか察することができるだろう。


「現にあの防衛機構が発動したのがいい証拠ですわ。おそらくこの近くにしのぶさんの大事にしている何かが埋まっているはずです。それは貴方もわかっているのでしょう? だからぶつくさ文句を言いつつわたくしの言うことを素直に聞いている。違いまして?」


「それはまぁ……そうだけどさ」


 私と凛子の二人で迎撃できたとはいえ、あんな出来損ないの化け物が突然現れれば凛子の言葉にも現実味が帯びてくる。


 だが危険なものは危険なのだ。


 だから、みーちゃんとそこの冴えない親父には怪我をする前に異空間の外に待機してもらいたかったのだが――


「なぁみーちゃん。ここはわたしと凛子の二人で何とかするからみーちゃんは先に帰ってなよ。ちょっと頑張りすぎじゃない?」


「もう、何度もいわせないでよ神無ちゃん。神無ちゃんが残るならわたしも残るよ。これが私のお仕事だし」


「でも――」


「それに――人の命がかかってるのに暢気に家で休んでなんていられないよ。私の性格は神無ちゃんが一番わかってるでしょ?」


 と涙ぐましいことを言われてしまえば親友の意志を尊重するしかない。

 わたしとしてはこんな危険な所からさっさと移動して、家でゆっくりしてもらいたいのだが真面目で優しい心根がそうさせるのだろう。

 頑なに譲ってくれなかった。


 まぁゴミ山が外の中庭にも及んでいることからもわかる通り、いつ『幻想』の影響が美鈴たちを襲うかわからないのだ。

 下手に突き放してわたし達の知らないところで危険な目に遭って欲しくない。

 そういう意味では、わたし達の近くに置いていた方が守りやすいというのはあるが――

 

「おっさんアンタはここでリタイアだ」


「そんな、僕も娘のために何かさせてください!!」


「いや熱意はその買いますけど、そこの筋肉ゴリラの言う通りですわ。そろそろわたくしたちに任せて休んでください。この子も貴方の身を案じているようですし……」


「いや、単におっさんのお守りとか嫌なだけなんだけど」


「貴女、本当にこの依頼を受ける気ありますの!?」


 そうして実のない押し問答が続き、結局美鈴と順太郎の二人を目の届く範囲に置いてわたしか凛子のどちらかが、いつでも動き出せるようにしていた方がずっと安全だという結論に落ち着いた。


 時間がない以上、悠長なことをしていられないのも事実だ。実際に手が多いことに越したことはないし、娘のためだと熱く語る順太郎の熱意は本物だ。

 だからその覚悟に免じて特別に手伝わせたわけだが――


「あー、もう、ダメだ。なんで、依頼人の僕が、こんなことを――」


 早くもダメそうだ。

 ひーこらと文句を言いながらゴミを漁る順太郎の姿には、先ほどまで見せた爽やかさはかけらもない。


「これだから男はダメなんだよ。みーちゃんを見習えってんだ」


「もうそういうこと言っちゃダメだよ。手伝ってもらってるだけありがたいんだから」


「だとしてもさ、あれじゃ文字通り足手まといだよ」


 順太郎に聞こえないように舌打ちをかまし、手あたり次第ごみを投げ捨てる。

 ある程度辺りをつけたローラ作戦。

 作業開始から一時間経っているとはいえ、さすがに全員の顔に疲れが見える。


 奥のゴミ山を黙々と仕分ける美鈴は依然と真剣そのものと言った表情で作業を続けているが、正直これ以上無理をさせるわけにはいかない。


 何らかの手掛かりが見つかるかもしれないと期待を込めて探索に乗り出したわけだが結果は芳しくない。というより――


「なぁ凛子。あれから一時間ずっとゴミ山ひっくり返してるけど本当にそのしのぶって奴のトラウマを解決するきっかけなんてあるのかよ」


「こういった手合いには必ず存在するはずですわ。ぶつくさ言っていないで手を動かしなさい手を」


「へいへい。……っと、んなんだこりゃ?」


 生活感のある場所を集中的に漁っていけば、黒いゴミ袋の下にこれまでとは違う何かがあった。

 今までは壊れた自転車やら、服や、ごみ袋などしかなかったが、どうも血色が違うように思える。


 重なり合っているゴミを後ろに投げ捨てれ、そのちょこんと中途半端に飛び出た茶色い物体が露わになる。というよりこれは――


「ぬいぐるみか……?」


 それも手作りなのか、顔の位置が異常におかしい。

 クマのぬいぐるみなのだろうが、それにしたってこれはないだろう。黒いつぶらな瞳は非対称だし、おまけに鼻の位置が下すぎる。

 しかも長い時間が経ちすぎてボロボロになってしまっているがいくつか繕った跡がみられた。


「なぁこの下手糞なぬいぐるみって。――ッ!?」


 だが収穫は収穫だ。そうして娘の親である順太郎に確認を取ろうと顔を上げた時。背後に異様な気配を感じ、咄嗟に振り返った。


 どうやらその異様な雰囲気を察したのはわたしだけでないらしく、案の定、凛子も驚いたように顔をこわばらせ、その整った顔をとある一点に向けていた。


「あれって玄関の扉……だよね」


 うわ言のように吐き出されるみーちゃんの言葉。

 それは正しく表現するのなら、信じられないものを見たかのような響きが込められていた。


 先ほどまで何もなかった場所に扉ができたのだ。


 誰だって驚くのは無理ない。

 誰もが動けず様子を見る。

 するとその静寂をぶち壊すように、ドアを荒々しく引く無遠慮な音が木霊した。

 全員の視線が背後のドアに集中する。そして――


「なにしてるの!?」


 どこか幼さを残した少女の甲高い声が響き渡った。


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