第13話 桐生院凛子というクソ野郎


 それはまるで情熱の炎を身に纏たような、そんな女だった。


 若干赤みがかった茶髪を指で払い、一目で最高級だとわかるスーツに身を包んだ女が真っ先にわたしを睨みつける。


 その堂々とした立ち振る舞いはまさしく板についた統治者の動きだった。


 金に物を言わせたようなその服装。けれど厭味ない程度に光る人の目を引き付けるセンスは相変わらずか。


 自分が部外者であるにもかかわらず、どこまでもまっすぐに自信に満ち溢れた赤みがかった視線が、順繰りとねめつけるようにわたしを見た。


「桐生院、凛子。なんでアンタがここに――って、うおぉお!? みーちゃん!?」

「わぁー、凛子ちゃんだー!!」


 背後から押しのけられた。かと思えばバランスを崩して転倒しかける。

 持ち前の筋肉を総動員して何とか堪えることに成功するも、とうのわたしを押し退けた本人は完全に無意識のようだ。


 まるで高校生の時分にでも戻ったかのように駆け寄るみーちゃんに、凛子は柔らかく両腕を広げるとその小さな体ごと迎え入れた。


「ほんっと、久しぶりだね凛子ちゃん。高校の卒業式以来かな。なんで連絡くれなかったの? すっごく寂しかったんだから」


「ええ、わたくしもですわ。卒業の後すぐ父の会社の手伝いをしていまして、色々バタバタしてましたの。貴女も相変わらずのようで何よりですわ」


「うん、神無ちゃんも変わりないようで安心したよ。……ちょっとやせた?」


「そういう貴女は変わりないようですわね。あの頃のまま……ああこの抱き心地を何度夢見たことか」


 ムギューッと擬音が聞こえてきそうなほど熱い抱擁を交わすおっぱい同盟。


 久しぶりの再会だ。仲のよかった二人にこのまま旧交を温めさせるのも悪くないし、この微笑ましい光景に水を差すのもあれだが、このままでは話が進まない。

 なので――


「あー、わたしの目の前でイチャイチャするのもそれくらいにしてもらえるかな」


 と小さく咳ばらいを一つ打てば、その柔らかな目元はどこへやら。

 すぐに刀剣のように引き締また視線がどこまでも挑発的な意味を伴ってわたしに突き刺さった。


 己は、一向に懐いてこない猫か何かかとツッコみたくなる。

 こちらとしてもおよそ二年ぶりの再会だというのに、……本当、変わらない奴だ。


 そうしてお互い本能で相手の近況を推し量れば、自然と体が動き出す。

 凛子は抱きかかえていた美鈴を脇によけ、神無は神無でそのまま頭突きでも喰らわせるのかという勢いで凛子に接近する。そして――


「よぉう『第六天』。久しぶりだね。その自他ともに認めるキツイ性格に反して可愛いもの好きは相変わらずのようだね、わたしのみーちゃんにベタベタと動物に好かれないからって、みーちゃんに依存するのはどうかと思うよ」


「ええ、本当にそういう貴女も久しぶりですわね鬼頭神無。最近、こっちに引っ越してきたことは風の噂で耳にしておりましたが、まさかみーちゃんと同じ会社に勤めているとは思いませんでしたわ。一人ぼっちがさみしいのはわかりますけど、貴女こそべったりしすぎなんじゃありません?」


「うっさいわ牛乳。まだ受かるかも定かじゃねぇし、こっちはまだ試験中の身なんだよ」


「あらあら、三日も猶予があって試験に受かってすらいないなんて。ちょっと前の貴女なら余裕でクリアしている課題ですのに。その可哀そうなお胸同様少し怠惰が過ぎるんじゃありませんこと?」


 額をぐりぐり突き合せればここ最近久しく出なかった旧友への罵声が自然と口から零れ出た。


 ありふれた会話の内容が親友について、というのが自分たちらしい。


 こんな形でしか旧交を温められないなんて、わたしもわたしで十分単純のようだ。しかし――


「その現代日本にはそぐわない独特な語り口調。久しぶりだな、相変わらず胸に栄養がいってるんじゃねぇの。脳に円滑に栄養が届くようにわたしがもぎ取ってあげようか?」


「ふふん。持たざる者の僻みにしか聞こえませんわ。相変わらずの小鬼っぷりは健在のようですわね。田舎暮らしが長すぎて角が錆びついていないか心配しましたわ」


「泣かすぞ」


「できるものなら」


 ゴゴゴッと空気が鳴動し、平和だった事務所に緊張の火花が散る。

 そんなわたし達をよそに状況を把握しきれていなかった依頼人の順太郎が目を白黒させながら耳打ちをするように美鈴に助けを求めた。


「(えっと――美鈴さん。彼女たちはいったいどういった関係なんですか……)」


「(あ、ごめんなさい見苦しいところを見せちゃって。あの二人は高校からずっと一緒でいつも会うたびにああして喧嘩する仲良しなんです。名前は桐生院凛子ちゃん。桐生院財閥のご令嬢で、高校時代からの大の仲良しさんなんだ)」


「(あのっていうとまさかの!? どこかで聞いたことのある名前だと思ったら、そんなご令嬢だったのか!?)」


「おい!? こんなの友達でも何でもねぇからな!! 事あるごとに突っかかってきてこっちはいい迷惑だったんだ」


「わたくしもその紹介のされ方は少々不服ですわね。わたくしと彼女は生涯を通じた敵というだけですの」


 そうして親友の不当な評価に吠えれば、同じくハッと鼻につく息をついて訂正を入れる凛子。


 高校時代から何かと比べられることがあったわたしと凛子だが、未だに決着らしい決着はついていないのだ。

 なんなら、この場で二年前の続きでもしてやってもいいのだが、


「なんでアンタがここにいる。偶然にしちゃ出来過ぎてると思うんだけど」


「あら長年の腑抜け生活で耳まで腐り落ちてしまったんですの? 今度いい病院を紹介しましょうか?」


「そのくだりはもいいから。こっちはさっさと仕事に移りたいんだよ。それでなんでアンタがここにいるの?」


「あらだから言ったでしょう? わたくしたちがご近所の方々から清掃依頼を請け負ったからですわ」


「ああん!? 依頼だぁ? どういうことだよおい」


 そうして依頼人の順太郎を見れば申し訳なさそうに肩を縮めてみせる男の姿が。


「実は――」

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