第7話 悪夢

『あたち、将来お兄ちゃんのお嫁さんになる』

無邪気な笑顔で笑う私を見て、おにぃは柔らかい笑顔を浮かべて私の頭を撫でる。その手に撫でられてますます満面の笑みを浮かべる私もおにぃもまだ幼い。


いつの事だったか忘れたけど、そんな話をおにぃとした覚えがある。


その時の母親は嬉しそうに、『そうね、そうなったらいいわね』と言って見知らぬ誰かと笑っていた。


そして、その誰かも笑いながら私に近づいてきて、

『優華ちゃん。もしおっきくなって凪のお嫁さんになったら、あの子の事……よろしくね』と優しい声で私に話しかけてくる。


その言葉に気を良くした私は『うん!!』と言って満面の笑みを浮かべていた……。


ぱちっ……。


私、佐久間優華は幸せな夢を見て目を覚ます。

いつもと違う幸せな……頃の夢だった。


いつもなら、おにぃが暗い表情でただ一点を見ている姿をする夢しか見ていなかったのに、今日はなぜかいつもと違う夢を見た。


それもそのはず……私は今、おにぃの家にいる。

そのことが私を束の間だけど悪夢から解放させる。


それくらいおにぃのいない世界は辛かった。


いつも夢を見ていたおにぃは消えてしまいそうなくらいに儚く脆い存在のように見えた。


それは現実でも変わらない……。

いずれは私の元からいなくなってしまうんだと思うと寂しくて堪らない。


実際におにぃは家から出て行ったし、年末年始も帰らないとお母さんから聞いて寂しかった。


……いや、ちがう。

寂しかっただけじゃない。

私はおにぃが好きだった。


ずっと前から大好きだった……。


でも、私達は兄妹……。幼い頃なら笑える話も思春期を経てこの気持ちは間違えている……と、思うようになっていた。


だからおにぃが中学生になった日を境に私達は徐々に距離が離れていくようになった。


最初はおにぃから距離を離して来た時はつらかったけど、徐々に私からも距離を取るようになった。


それには訳があった。

私が中学生になってようやくおにぃと同じ学校に通えるようになったある日のこと、私は見てしまったのだ。


他の女子と楽しそうに話しながら歩いている姿を……


そんなのはあって当然だ。

おにぃにはおにぃの、私には私の交友関係がある。

そんなことは分かっているのに、私はショックを受けた。


その女子と話す時の笑顔をおにぃは私に見せない。

見せてくれなくなった……。


その寂しさとなんとも言えない感情が私を襲う。

胸の奥底の方から込み上げてくるドス黒い感情が……気持ち悪かった。


おにぃを取られたくないという感情と兄妹という呪縛が私を苦しめる。どうしようもない感情だった。


……こんな思いをするのはおにぃのせいだ。こんな思いをするならおにぃなんていなくてもいい……


突き放しにも似た感情が私を支配する……。

仕方がないのだ。私達は兄妹なんだから……。


そして、私はおにぃから距離を置く事を決める。

たとえ嫌われたとしても、構わない……。


そんなヤケクソな思いが、私を支配した。

きっと、その頃からだろう。悪夢を見るようになったのは……。


しかも、その夢は決まってある事を引き金に見ることが増えた。おにぃ以外の男子から告白された時にかぎってなのだ。


自惚れではないけど、私はどちらかと言うとモテる方だらしい。だからラブレターとか、告白とかをよくされる。


その都度、悪夢を見てはなんとも言えない感情が私を支配する。それは気分のいいものではない。


だから悪夢を見るたびに不機嫌になり、ラブレターをもらうたびに恋に対して嫌悪感が増した。


当然、その原因でもあるおにぃも嫌悪の対象になった。それは仕方ない事だった。


そんな日々のなかでおにぃは中学を卒業し、その一年後、私は中学を卒業した。


高校に選んだのは女子校……。

男子から告白される事なく、悪夢から解放されると思ったからだ。


予想の通り、しばらくはその悪夢から解放された。

だけど、不安は脳裏をよぎり離れない……。


おにぃが誰かのものになったらって考えるだけでもやもやは募る一方だった。


そんなある日、友達の一人が私の家に来た時にこう話した。


「優って、お兄さんとあんまり似ていないよね〜」

普段は考えなかった事を言われ、思考は停止する。


幼い頃から一緒にいたのだから兄だと思っていても仕方がない。気になって母に尋ねても、大体は「何言ってるの?凪は私の子よ?」と、笑いながら答えるだけだった。


だけど、おにぃと似てないことを意識するたびに抑えていた感情が顔を覗かせると同時に、私は新たな夢を見るようになった。


それは遠い記憶の中にある優しく語りかけて来る誰かの声だった。


そして、その夢を見ると決まって起こることがあった。その夢を見るたびに、おにぃは決まって風邪をひく。年に一回、必ずと言ってもいいほど風邪をひくのだ。


その都度、私はおにぃの看病をした。

なんで私が……?そんな思いに苛まれながらも、その時間が、なぜか楽しくて堪らないのだ……。


そんな小さな幸せも、長くは続かない……。

なんと、おにぃは家から出ていくと言い出したのだ。


しっかりもののあの人のことだ確実に合格するだろう……。おにぃがいなくなる恐怖が全身を巡る。


だけど、それは仕方がない。

兄妹は本来あまり干渉し合わない。だからこそ、おにぃがどんな道を歩いても私に止める術はない。


……と、思っていた。あの日までは。


おにぃが家から出ていく事を決めたある日、私は両親の話し声を耳にした。その事は私にある事を決心させた。


「あの子に……本当のことを話す時が来たようだ」

口数少なく父が話す声を聞いて、私はその場に座り聞き耳を立てる。


「そうね……、あの子の本当の家族のことをちゃんと説明しないといけないわね」


……おにぃが家族じゃない?

両親の話を聞いて、私は衝撃を受ける。


似てないと言われていた原因がようやく掴めた事と、おにぃ血がつながっていないことを知り私は静かに喜ぶ。


その日以来、わたしには目標が出来た。

それは不可能ではない一つの計画だった。


昔を思い出しながらベッドの上で眠るおにぃの顔をじっと見る。


そして、私はおにぃの頬に少し口づけし……小さな声で呟く。


「おにい…….待っててね。もう少しだから。」

そして、時計を見る。


時間は午前3時……2日間という短い滞在時間を惜しみながらも、私は再び眠りにつく。


彼の知らないうちに……。

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