ベンツに置き去り、ベンチに折り鶴


 ベンツの上にベンチと折り鶴が置き去りにされてるのが発見されたのは、私が探偵事務所で筆を走らせていた午後2時43分のことだった。


 発見者はこの事務所のあるじにして私の師匠でもある女性――明単あきひとえさだめ嬢だ。高校から帰ってきたところを、発見したらしい。


「助手。きみにはいつも言っているだろう。これみよがしにベンツなんか乗り回してるとそのうち、カラスのフンでその見事な黒が汚される、と」

「お言葉ですがね師匠、今回のこれはカラスが落としていったとは到底思えません」

「それは。そうだろうね。うん。ベンチを引っこ抜いて君のベンツの上に狙い澄ましたように落っことすカラスがいたら世界中大騒ぎさ。新種のUMA扱いは必至だろう」

「では、やはり」

「何者かの犯行、と見るのが常識的な解答だ」

「しかし、誰がこんなことを?」

「そうだね……まずはどんな人物ならこのようなふざけた真似ができるのかを考えてみるとしよう」


 師匠は人差し指を立てた。


「まず一つ。犯人はベンチを移動させる何らかの手段を有していた。その上で人知れず、この探偵事務所脇の駐車場に持ってきて、君のベンツの上に落っことしたわけだ。重機を持ってるのか、あるいはそれほどの怪力の持ち主か。誰にも気付かれなかったのは偶然かもしれない。そういうこともあるだろう。このあたりは立地がいいとは言えないのだしね」


 続いて二本目。中指を立てて。


「二つ目。犯人はここに来る理由があった。君への怨恨の有無までは分からないが、わざわざここに来て君のベンツの上にこれみよがしに乗っけたんだから、何らかの理由があったと見るのが自然」


 三本目。


「三つ目。折り鶴はおそらく、犯人からの挑戦状だね」

「挑戦状?」

「そうだ。愚かにも私の不在を知っている挑戦者くんが私に虚構の事件のトリックとストーリーを推理させようとしているのさ」

「……つまり?」

「いい加減とぼけるのはやめろよ。助手。私は、犯人は君だと言ってるんだ」


 師匠は、私を指差して言った。


「大方、君は小説に行き詰まっていたのだろう。求められているのはいつもの三文小説だが、たまには一風変わったものを書きたい。奇妙奇天烈な事件で世を少しは湧かせてみたい。そこで、君は私の頭脳を借りようと考えた。

 だが、素直に直談判しても私は応じてはくれない。ああそうだ、青春を謳歌しなくてはならない私にそんなくだらないことをしている暇なんてないのだからね。

 ゆえに、事件をでっち上げることを考えた。所有者の君が作業に立合い、この奇妙なオブジェを作り出したってわけだ。

 その、ベンチだが。……元々はこの近くの公園のものだったらしいね。私の記憶が正しければ、あの公園は数年前から売りに出されていたはずだ。それを君が購入したんじゃないか?

 君は愚かではあるがこんなことのために犯罪を起こすような人間ではない。ゆえに、この件に警察も探偵も、出ることはありえない。

 ――だから。この事件は事件ですらなく、始まる前から終わっている。以上が私の結論だ」


 千里眼でも持っているのかと疑いたくなるほどの見事な推理に、私は拍手せざるを得なかった。


「……どこで、確信したんですか?」

「君が警察を呼ぼうともしなかったところかな。普段の君であれば、慌てふためくことはなくともニコニコ笑顔で青筋立てて犯人の社会的地位をドン底につき落とそうとするだろうし、警察だって躊躇なく呼ぶ。それをしなかったということはつまり、君が犯人だと言うことだね」


 ああ、完敗だ。


 私はため息をついた。犯人側になってみると、もはや感嘆するしかない。彼女に指を差された犯人たちが抵抗する素振りも見せずに、ただ呆然とする理由が分かった気がする。


「……まあしかし。この事件のために君がした投資はかなりのものに違いあるまい。その心意気に免じて、今回ばかりは私も知恵を貸すとしよう」

「――本当ですか!」

「ウソなどつかないよ。そのオブジェは1週間以内、父上が帰ってくるまでに適当に片付けておいてくれ」

「はい師匠!」

「調子のいいやつめ」


 くすり、と少女の笑う声が聞こえた。


(お題「ベンツ」「折り鶴」「置き去り」)

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