無限回廊とテレビショッピングの部屋

 ――ぐるぐると、廻っている。


 私は同じところをいつまでもいつまでも――ああ、もう何時間、いや何日経過しただろう――廻っている。おそらくここは騙し絵――エッシャーの「上昇と下降」――に描かれるような、終わりのない回廊なのだ。

 窓のない空間、どこを見ても人間が通れるような隙間は見つからない。あるのは回廊と階段の連続。私のほかに人はいない。そして、この空間はループしている。

 階段を4つ上ると、そこは1つ目の回廊になっている。そこにだけは部屋があるから分かる。

 焦茶色の扉を開けて、部屋に入るとテレビショッピングの音が聞こえる。そう、この部屋にはテレビがある。番組と番組の合間に挟まれるようなテレビショッピングのCMが延々再生され続ける、狂ったテレビが。

 けれど、この狂ったテレビのおかげで私は今日まで餓死せずに済んでいるのだろう。というのも、このテレビに手を突っ込むとその時、紹介されているものを取り出せるのだ。

 服、掃除機、ノートPC、wifiルーター、カニ、うに、白米、圧力鍋、青汁、グルコサミン。災害時用の避難用バッグの番組がやっていた時は迷わずいただくことにしている。乾パンも水もバカにはできない。

 私はテレビから引っ張り出したベッドの上で横になった。


 ――どうしてこうなったのだろう。


 たしか、番組表を見ていた時だった気がする。私は番組表の枠線に、何かを見つけたのだ。黒くて、丸い、そしておどろおどろしい奇妙な何かを。

 それに指先で触れて、私はここに来た。この部屋の中に。

「…………というわけですのでね、本日だけの特別価格! セットでなんとお値段たったの――」

 ……ああ、煩い。

 もうかれこれずっと、人の声は、言葉は、このテレビショッピングを通してのものしか聞いていない。できることなら消音にして、ゆっくりと眠りたいところだがそれも不可能だ。あのテレビをこちらから操作することはできない。

 おかげでこちらは寝不足だ。

 私は、人と会話するのが好きな人間だ。そのためだったらほかの何かを代償にしても、後悔しない程度には。

 ――会話が、したい。

 我慢の限界だった。

 私はテレビの前に立つ。

 今まで試してこなかったことを、試すのだ。

 このテレビから、果たして人は出せるのかという実験を。


「――――っ!」


 ぐい、と引くと人の手をたしかに掴んだという感覚があった。

 同時に、私は自分の体が薄れてゆくのを感じた。

 徐々に体は透明になっていき、テレビの中から誰かが出てくるのを最後の一瞬、私はたしかに見た。


「――――――」


 気がつくと、私は自分の部屋にいた。愛用の人をダメにする椅子に座って、テレビで番組表を見ている。

 ここはあの、テレビから引っ込ぬいたものばかりで構成された部屋ではない。そこら中に衣服と本の散乱する、汚なくも愛おしい我が城だ。

 テレビに映る番組表を見てびっくりしたのは、こちらの世界ではどうも、一分も経過していないらしいということだった。

「…………ん?」

 ふと、違和感に気付く。テレビの番組表、そこに表示される番組名がおかしいのだ。……それが番組名の頭文字を縦読みするということを理解するのに、時間はかからなかった。

「……精神ストレス、度量衡策定、資料提供、感謝…………? どういうこと?」

 首をかしげながら、私は続きを読む。

「但し、取出物品、代金、全額……自己負担………………はァ!?」

 思わず腰を抜かした。愛用の人をダメにする椅子に体が収まったその瞬間、カサ、という紙のこすれる音を聞いた。

 嫌な予感がする。

 恐る恐る、紙束を手に取って確認しようとして――背後に積み上げられたソレに、気付いてしまう。

「――――――」

 ああ、あの日々が夢だったなら。どんなに良かっただろう。けれど、違うのだ。だって――

 私の背後、そこには乱雑に積み上げられていたのだから。あの部屋で取り出した何もかもが。この私の部屋の中に。


「さて、本日紹介しますのは――」


 テレビショッピングの甲高い司会の声だけが、響いていた。


お題:「番組表」「グルコサミン」「度量衡」

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