三題噺小説集

里場むすび

大学生活は墓石色

 大学生一年生の春といえばサークル選びであると相場は決まっている。試験の過去問、教授のクセや好み、ギリギリ留年せずに進級する方法――恋にバイトに就活に忙しい大学生活をサポートする諸々の情報源としてサークル活動ほど適したものはなく、ゆえに学生は講義なんて放り出してでもサークル活動に飛び込むべきなのである。

 さて、かくいう私はどうかと云うと、見事に機を逸してしまった。

 五浪してまで入ったというのに、勧誘の「か」の字もない春だった。

 誰も、私が一年生だと気付いてくれなかったのである。

 当方に問題がないとは言わない。縮れた蓬髪、ロクに手入れされない無精髭、口を開ければ歯石。無駄に堂々たる立ち姿はさながら、大学生活10年目の妖怪が如く。

 有名出版社への内定を決めた友人に言わせれば、「本物の妖怪が失禁して逃げ出すくらい」とのこと。

 ――無論、それに気付いてからは必死に改善を試みた。生来の歯並びの悪さのせいでどうにも老け顔に見えてしまうだろうがそれでも、今の私はマトモに見えるはずだ。

 もっとも、時すでに遅し。弊大学の諸サークルはすでに各々の輪の中で各々の活動を開始したあとだった。


 だが、私は諦めが悪いのだ。機を逸したからなんだと言うのか。今からでも魅力的なサークルに入会し、華やかなりし薔薇色の大学生活にいざ飛び込まんとしている。

 具体的には、キャンパス内をあてどなく放浪している。

 ――まずいな。これでは妖怪だ。

 コンクリートの打ちっ放しになった柱に寄りかかって、頭をかかえる。すでに日陰の恋しい季節になっていた。

 ふと、視線を壁際へ向けるとそこには一枚の張り紙があった。

「墓石研究会……?」

 サークルのチラシだった。

 この墓石研究会、奇妙なのは「求人」の二文字が記載されていたことである。

 墓石の、見慣れたフリー素材イラストの下に続けて、次のような文言が記されている。


 ・募集要項:口が固い方。一人暮らしの方。マナーを守る方。勝手にマナーを造る方は御遠慮願います。

 ・活動内容:全国各地のお墓を尋ねて墓石のお掃除と研究を行うサークルです。気軽に来ないでください。

 ・給与:歩合制。交通費は応相談


 何を思ったか、私はこの奇妙な張り紙に心惹かれてしまった。会室を確認し、私はそちらへと向かう。

 これもなにかの縁だ。ありがたく受け取ろう、などとらしくもない信心深さを発揮して。

 「らしくない」ことがどのような結果を招くのか、今年の春にさんざ思い知らされていたはずなのに……それなのに私は、この奇縁をたぐってしまったのだ。


  ◆◆◆


「……お。目が覚めたか新入り」

 盛夏、麦茶に放り込んだ氷を思わせる、涼やかで安心感のある声だった。

「………………?」

 意識がどうにもはっきりしない。がたがたと揺られるこの振動は、車だろうか。

「失礼。ここは?」

「もーすぐ着く」

 涼やかな声の女性は答えになってない答えを返した。

 ……頭が痛む。どうにも、墓石研究会のチラシを発見してから先の記憶がおぼろげだ。なにが、どうなってここに私はいる?

「おい、リョウ。それじゃ答えになってないだろ」

 運転席からどやすような声がした。

 助手席に座る女性――リョウ氏というようだ――は悪びれた様子もなく答える。

「いやだってさぁ、二度手間だろ? それに、ここがどこかなんてのは問題じゃない。To be, or not to be――それが問題だ」

 シェイクスピア、ハムレットだ。訳は色々あるが、このセリフで問われているのはつまるところ、生死。

 リョウ氏の口調は冗談半分といった様子であったが、運転席に座る男性のため息には呆れのニュアンスは薄い。ただの冗談では済まないと告げているかのようだった。

 ……私は、なぜ知らぬ間に拉致されて生き死にのかかった舞台に放り込まれようとしているのだろう。


 間も無くして車は停車した。降車を促され、しぶしぶ降りる。

 そこは墓場だった。

 状況から察するに、やはりこの二人は墓石研究会の者なのだろう。しかしなんだ、この、得体の知れない雰囲気は。

 夏だというのに、背筋が凍りつきそうなほどに寒い。

 やかましく鳴く虫の声すら、今は冷気の運び手としか思えなかった。

「なんだ、ここは」

「入会試験場」

「――は?」

 リョウ氏に代わって車を運転していた男性――筋骨隆々としたタンクトップ一枚の偉丈夫だ――が説明した。

「我々墓石研究会は少々、いやかなり活動内容が特殊でな。会員には、深夜の墓掃除を行ってもらう必要がある」

「は、墓掃除?」

「隠語だ。正確に、分かりやすく言うならばそうだな……幽霊退治といったところだな」


 正気じゃない。


 私は逃げようと思った。が、それに先んじてリョウ氏が私の腕を掴む。女性の香りがほのかに私の鼻腔をくすぐる。ああ、こんな状況でなかったならと思わずにはいられない。

「これを持て」

 男性がコードレスの掃除機を渡してくる。

「それは300人の坊さんの神通力によって浄化された掃除機だ。それで、墓石に取り憑き、故人を怨霊化させようとする塵芥を掃除する」

「さあ! 行った行った!」

 リョウ氏が背中を押す。

 逃げ場はないし逃れるすべもない。

「呪われるなよー!」

 という、本気なんだか冗談なんだか分からない言葉を背に、私は深夜の墓地に入り、そしてすったもんだのすえに無事、仕事を果たして生還してしまうのであった。


 最早、薔薇色は望めない。私の5年越しに掴み取った大学生活は、生と死の狭間のなんとも言えないグレーに染まると決定した。してしまった、のだ。


(お題:「サークル」「求人情報」「墓地」)

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