第四章『決戦の刻(とき)』
第二十八話「道也VS先鋒隊・四天王~歴戦の兵(つわもの)~」
イヅナが倒されてから九日が経過した――。
魔王は他地域攻略のために派遣していた四天王のうち二体と軍勢を呼び戻し、自ら全軍を率いて魔王城を出立した。
上級魔族で構成された本隊はイヅナの率いていた先鋒軍よりも遥かに強力かつ凶悪な魔族で構成されている。そして、魔王自身も秘儀を執り行い己の力を極限まで高めている。盤石の体制をもって、カワゴエ攻めに臨んだのだ。
(この秘儀によってワシの寿命は大幅に縮んたが……勇者を倒すためには致し方ない)
代々の魔王が勇者によって滅ぼされてきたため、ザガルドはずっと対策を研究し続けてきた。そして、至ったのは――己の生命力を削るとともに極大魔力を得る禁忌の儀式であった。
「必ず勇者を亡き者にしてくれる! 者ども! 誇り高き戦闘種族である魔族の力を見せつけるのだ!」
「「グォオオォオーーーーーーーーーーーーーーー!」」
魔王の言葉に魔族たちは凶悪なる咆哮をもって応える。
魔王軍の進撃が始まった――。
☆ ☆ ☆
午後三時になり、道也と川越娘たちは本丸御殿前に集まった。
あれから毎日警戒していたが、モンスターすら出現しない日々が続いている。
(……頭痛も起こらなくなったし謎の声も聞こえなくなったのはよかったけど……)
ヤマブキの顔を見ても殺意に駆られることはない。
初音が隣にいてくれるおかげで精神が安定している。
「今日も、来襲はないのでしょうか?」
初音は空を見上げて、呟く
遅れて、初音に手を繋いでいたヤマブキも小さな顔を空に向けた。
「……。……ううん……今日は嫌な感じがするの……たぶん、来るの……」
そう言って、寒気を覚えたように身体を震わせる。
「大丈夫ですよ、ヤマブキちゃん。わたしたちがついてますから」
「そうそう! あたしたちが守る! って、あたしも雁田っちに守られる側かもしれないけどね!」
「……とにかく全力を尽くす……」
川越娘たちに続いて、道也も空へ意識を向けた。
(……確かに、この感じ……魔族の気配だな……)
胸がザワつき、言いようのない憎悪感が湧き出てくる。
抑えていた魔族への殺意が急激に強まっていった。
(……殺す……魔族を殺さないと……根絶やしに、しないと……)
気がつけば、そう心で繰り返していた。
暗い感情に心が支配されていく。
「……道也くん。大丈夫ですか?」
異変に気がついた初音は、そっと近づいて手を握ってくれた。
「……っ……あ、あぁ……」
想い人の声と温もりによって、心は平静を取り戻していく。
やはり、初音の存在は大きい。
こうして手を握られるだけで、憎悪と殺意に支配されそうだった心が和らぐ。
「ちょっとー! あたしたちの前でイチャつかないでよ!」
「……うらやましい……」
芋子と茶菓は異変に気がつかなかったが、ヤマブキはキョトンと首を傾げる。
「……お兄ちゃん?」
「あっ、ああ、大丈夫だぞっ……!」
道也はどうにか笑みを浮かべて応えた。
(……大丈夫だ。俺は理性を失わない。そして、必ずみんなを守る……!)
邪念を振り払い『力』を顕現化していく。
(……勇者の力だろうがなんだろうが使うのは俺なんだからな……! 力には使われない、力を使うのは俺自身だ!)
気合いもろとも、装備を纏う。
青と白を基調とした守護武装、手には銃剣。
魔を討つ姿になった。
「みんな、敵が来るぞ! 急げ!」
道也の言葉に応えて、初音たちも次々と異能の力を顕現していく。
「川越の町は必ず守ります」
「うん! 絶対に勝つ!」
「……茶菓たちは負けない……」
三人もそれぞれ守護武装を纏う。
やがて――南西方面から雲霞(うんか)の如き魔族の大軍がやってきた。
――カンカンカンカンカン!
富士見櫓の半鐘が乱打され、町の各所から迎撃用の花火が放たれていく。
小江戸見廻組も非常事態体勢を敷いて魔族の襲来に即応できるように各所に詰めているのだ。
「ここは俺に任せてくれ! みんなは小江戸見廻組や市民の命を守ることを優先してくれ!」
道也は銃剣を構えると空へ飛び立った。
(みんなを絶対に死なせやしない! この町を! 川越を守りきる!)
魔族への憎悪よりも、みんなを守りたいという気持ちのほうが遥かに勝っている。
ならば、絶対に心を支配されることはない。
その支えとなってくれているのは、ほかならぬ初音だ。
(初音! 生きて帰るからな!)
凶悪な魔族の大軍に向かって――まずは銃弾の嵐を見舞う。
翼を持つ人型の魔族たちはイヅナの率いていた騎鳥兵たちと違って、空の上でも俊敏だ。それでも道也は瞬時に照準を合わせて魔族たちを撃ち抜いていった。
「らああああああああ!」
続いて、道也は声を上げながら銃剣を構えて敵の真っ只中へ突撃する。
(俺に敵を集中させれば、みんなに危険が及ぶ可能性が減る!)
こちらを迎え討とうしてきた鳥を擬人化したような緑色の魔族を突き刺し瞬時に霧消させると、止まることなく次々と獲物を求めて躍動する。
「グオオ!」
「キシャアアア!」
さらに似たような魔族たちが鋭利な爪や剣で道也の命を刈り取ろうとしてくるが――道也はそれらの攻撃をすべてかわして逆に銃剣を叩きこんでいった。
(やられるかよ!)
殺到する魔族たちをかわし、縦横無尽に空を翔け、敵の密集地帯から抜け出る。
そして、振り返りざまに銃を乱射した。
「グゴォッ!?」
「ギシャウゥ!?」
凶悪な魔族たちもオーバーテクノロジーの銃撃の前には無力だ。
絵筆を握ることが趣味だった自分が銃と剣で構成された凶器を握ることには未だに違和感がある。
だが、大事な人たちを守るためには、戦うしかない。
決して、負けることなど許されない。
しかし、魔族たちも、この戦いには負けられないらしい。
銃撃を恐れて退くどころか、捨て身で肉薄してくる。
「うっ……!?」
圧倒的な勇者の力があるといっても、まだ道也には実戦経験は足りていない。
初音たちのように武術の達人というわけでもないのだ。
数体の魔族に囲まれて、次々と攻撃を受けてしまう。
通常の人間が受けたら致命傷に至るであろう攻撃だが――。
(ダメージがない……?)
剣で斬りつけられ爪で攻撃されても、肉体には傷ひとつつかなかった。
青色のオーラが障壁となって、敵の攻撃を防いでいるのだ。
(勇者の力って、本当にすごいな……)
体勢を立て直した道也は冷静に一体ずつ魔族を銃剣で突き刺して霧消させ、再び距離をとった。
(……町のほうは?)
魔族たちは勇者である道也を倒すことが最優先らしく市街地には侵攻していく気配はない。敵意に満ちた赤い瞳をこちらに向けてくるばかりだ。
(……望むところだ)
自分に攻撃が集中しているうちは、初音たちや市街地に被害が及ぶことはない。
なら、やることは決まっている。
「おまえら全員、勇者の俺が相手にしてやる! かかってこい!」
あえて『勇者』という言葉を使って、魔族を挑発する。
効果は抜群だった。宝石をつけてこちらの言語を理解している小隊長級の魔族たちは文字どおり目の色を変えて道也に殺到してきた。
(かかった!)
それに対して、道也は銃を正確に撃ちこんでいく。
こちらに真っ直ぐに向かって来てくれるぶん照準をつけるのは楽というものだ。
それでも銃撃を掻い潜って肉薄してくる魔族もいたが、慌てることなく銃剣で突き刺していく。
(慣れてきたな……こんなことに慣れるのも、どうかと思うが……)
まるで自分自身も兵器の一部になってしまったかのようで気持ち悪くもあるが、今は敵を減らすことが第一だ。
(このぶんなら俺ひとりでなんとかなるか?)
少し気が緩んだところで――敵部隊の後方から凄まじい速度で四体の魔族が突出してきた。
「勇者よ」
「そこまでだ」
「我ら四天王は」
「貴様を滅殺する!」
赤・青・黄・黒の兜をかぶった鎧武者に、たちまち囲まれてしまう。
(速い!?)
そう認識したときには、すでに四本の槍が伸びてきていた。
(やられる!?)
先程の魔族たちとは比べ物にならないほど鋭い突きに肝が冷えたが、四本の槍も自動展開した防御障壁によって寸前で弾かれた。
(……すごいな、本当に……)
勇者の力の異常さを改めて感じながら、銃剣を繰り出していく。
だが、四天王の動きは俊敏で攻撃を当てることはできない。
「くそっ! あたれぇ!」
銃撃に切り替えるが、四天王はそれすら蝶のようにかわしていた。
これまでの敵と格が違う。動きが俊敏なだけでなく連繋がとれている。
「いかな勇者と言えど」
「歴戦の我ら」
「そう易々と」
「やられはしない!」
四天王は自在に動き回りながら攻撃と回避を繰り返す。
その幻惑するような動きに、道也も翻弄されてしまった。
槍による攻撃を何度も受けてしまう。
「うわっ、ぐっ!」
障壁のおかげでダメージがないといっても、衝撃は伝わってくる。
「さあ」
「我らが止めている間に」
「町を」
「落とせ」
四天王の命令を受けて、部隊が動き始めた。
「させるか! がっ!?」
頭部に槍を受けて、脳に響く。
(ダメージがないといってもこんな衝撃を受け続けたら脳震盪を起こしかねない)
もし気絶したら、この勇者の力を継続して発揮できるかわからない。
そうなると、町だって危機的状況に陥る。
(魔族たちは騎鳥兵よりも強いが……初音たちなら大丈夫だと信じよう)
今は、この四天王を撃破することに集中すべきだ。
「勇者よ」
「我ら四天王の」
「手で」
「死ぬがいい!」
抜群の連繋で槍を繰り出してくる四天王に対して、まずは回避に徹することにした。
(……初音が以前言ってたよな。まずは見切ることが大事だって)
これまでの初音との稽古により、道也も得たものがあった。
剣と銃剣という違いはあるが、対人戦に応用は効くはずだ。
(まずは相手を知る)
ここで闇雲に攻撃しては、逆に危険だ。相手は歴戦の四天王。
対するこちらは、勇者の力を得たとはいえ――まだまだ経験値が足らない。
(相手も死に物狂いで来てるんだ。そう簡単に倒せると思っちゃ駄目だ)
射撃を封じるような、小刻みかつ不規則に動きながらの連携攻撃。
これを完全に見切るまで、我慢するしかない。
(初音、待ってろよ)
必ず四天王を倒して、駆けつける。
そのために、道也は心を静めていった――。
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