第二十四話「勇者の力VS魔族の矜持」

☆ ☆ ☆


「ヤマブキちゃんっ!」


 初音はヤマブキに駆け寄ると、その小さな身体を抱きしめた。


「ヤマブキちゃんが闘うことなんてないです! ヤマブキちゃんはまだ小さいんですから、いっぱい遊んでいっぱい食べて毎日楽しく過ごしていればいいんです。魔王がヤマブキちゃんを闘わせようとするのは間違ってます! これからは一緒にわたしたちと暮らしましょう!」


 初音はヤマブキの小さな体を強く抱きしめて思いを伝える。

 初音自身も幼い頃から鍛練を積んできたが、それはすべて自己の意思からだ。

 こんな年端もいかない幼女を強制的に闘わせることに強い憤りを覚えた。


「……初音……お姉ちゃん……で、でも……ヤマブキ、勇者を殺さないといけないの……勇者を絶対に殺さないといけないの……それが使命なの……」


 そう言いながら、ヤマブキはガタガタと身体を震わせ始める。自発的に言葉を口にするというよりも、なにか恐怖に突き動かされているかのようだ。


(……よほど怖い目に遭ったのでしょうか……)


 初音は、ヤマブキの背中を安心させるように何度も撫でてあげた。

 そうしているうちに少しずつヤマブキの震えは徐々に収まっていく。


「……ヤマブキちゃん、大丈夫ですか? 落ち着きましたか?」


 抱擁を解いて顔を確認すると、ヤマブキはボーッとした表情になっていた。

 先ほどのような、なにかにとり憑かれたような切迫感はなくなっている。


「…………ふにゃ……疲れたの…………ふにゅうぅ……」

「ヤマブキちゃん?」


 ヤマブキは体力と気力が限界に達したのか初音に身体を預けるようにして倒れこんでくる。そのまま安心したかのようにスヤスヤと寝息を立て始めた。


「……大丈夫か、霧城」

 

 道也が周囲の敵の動きを警戒しながら、こちらへやってきた。


「は、はい。大丈夫です」

「ちょっと待っててくれ。なんか回復させることができるような気がするんだ」


 道也が左手を翳(かざ)すと、そこから青い光が放射されて初音の傷が癒されていく。


「……えっ? すごいです! 痛みが一気になくなりました……!」

「よかった。俺にもよくわからないんだが、覚醒――というよりも不思議な力に目覚めたようだ。ヤマブキの言っていた『勇者の力』ってやつかもしれないな……。蔵宮と鰻川も来てくれ」


「……了解……」

「うんっ」


 茶菓と芋子も道也のところへやってきて、道也の左手から放たれる青い光によってみるみるうちに傷が消えていった。


「……不思議……」

「すごい! 本当に治っちゃったよ!」        


 茶菓と芋子も目を丸くして、その力のすさまじさに驚いていた。


 なお、竜巻によって吹き飛ばされたイヅナの姿は見えない。

 指揮官を失ったモンスターたちは、遠巻きにこちらを囲むばかりだ。


「よし、それじゃ掃討するか」


 道人は地を蹴って跳び上がり――そのまま空を翔ける。

 初音たちが覚醒したときのように道也も自在に飛行することができるようだった。

 そして、縦横無尽に空を翔けて騎鳥兵を倒していく。


「……すごいです、雁田くん……」


 初音の戦い方とはまるで違うが、その刺突は正確かつ迅速だ。

 瞬く間に敵の数が減っていき、一部は恐れをなして逃げ出し始める。

 それでも道也は容赦することなく騎鳥兵も追尾し殲滅していった。


「よっと……これで、全部だな。イヅナの姿は見つけられなかったが」


 軽く散歩をしてきたような調子で道也は戻ってきた。

 あれだけの数を相手にしたのに息も切れてない。


「雁田くん、本当に強いです。びっくりしました」

「ああ。俺自身もビックリしてる。肉体が強化されてるだけじゃなくて、どう闘えばいいかまで自然とわかるというか……不思議な感じだ」


 武道的な才能はなかった道也が、これほどの動きをできることは初音にとっても信じられないことだ。これが『勇者』の力なのだろうか。


「とにかく、川越の町を守ることができてよかったです……正直、もうダメかと思いました……」


 短時間に色々な起こりすぎて初音自身も整理しきれていなかったが――確かなのは道也が不思議な力(おそらくは『勇者』の力)に目覚めたこと。

 そして、その力がなかったら、全員皆殺しにされていたということだ。


「……みんな無事でよかった……」

「ほんと、死ぬかと思ったよ!」


 茶菓と芋子もお互いの無事を喜びあう。

 初音も緊張を解きかけたが――そこで第六感が働いて振り向いた。

 視線の向こうには、抜刀したイヅナの姿。


「死ねえええええええい!」


 鬼のような形相でイヅナが勢いよく襲いかかってくる。

 ところどころ傷ついているが、その闘気は恐ろしいほどに高い。


 ――ダァン!


 だが、初音たちに到達する前に道也は目にも留まらぬ速さで銃撃した。

 その銃弾はイヅナの剣を粉々に砕く。


「……帰って魔王に伝えろ。もう二度と川越に手を出すな。あと、ヤマブキは絶対に帰さないからな。この町で俺たちと一緒に暮らす」


「なにを勝手なことを! おのれ! このまま引き下がれるものか!」


 イヅナは懐から短剣を取り出すと、さらに向かってくるが――それも道也は精密な射撃で打ち砕いた。


「くぅっ……!?」

「次は、お前自身を撃ち抜くぞ」


 道也は低い声で警告しながら、銃口を向ける。

 と、そこで――。


「むにゃ……?」

「ヤマブキちゃん……?」


 銃声によって、ヤマブキが目を覚ました。

 寝ぼけ眼(まなこ)で、イヅナのほうを見る。


「あ……イヅナ……」


「ヤマブキさま! なぜ異世界人と慣れ合うのです! 我らは誇り高き戦闘種族である魔族! こんな町で堕落した生活を送ることなど魔王様は絶対にお許しになりません!」


「ひっ……!」


 魔王という言葉が出た途端に、ヤマブキはブルブルと震え始める。

 恐怖に喉を引き攣らせ、発作のような痙攣を繰り返した。


「大丈夫ですよ、ヤマブキちゃん。わたしたちが守りますから」


 そんなヤマブキを抱きしめて安心させるように背中を撫でる。

 初音としても、もう二度とヤマブキを魔王城に帰さないつもりだ。

            

「ヤマブキ、大丈夫だ。俺がいる限り魔王だろうとなんだろうとヤマブキに指一本触れさせないからな」


 道也は安心させるように微笑むと、再びイヅナに銃口を向けた。


「そういうわけだ。帰って魔王に伝えろ。これ以上ヤマブキと川越に害を為すというなら、俺は絶対に許さない」


 冷然と告げる道也からは、底知れぬ迫力があった。


(道也くん、本当に別人のようです……)


 これが勇者の力というものなのだろうか。

 ただ強いというだけでなく――どこか恐ろしいものを感じる。


「くっ……」


 さしものイヅナも、後退(あとずさ)った。

 それでも途中で踏みとどまり、覚悟を決めた表情になる。


「今回のわたしに撤退という選択肢はない。不退転だ」


「……イヅナ、命を無駄にしちゃダメなの。闘うだけが生き方じゃない気がするの。この町のみんなは幸せそうな表情をしているの。魔王国も……見習うべきな気がするの」


 ヤマブキが呼びかけるも、イヅナは眉間に皺を寄せて激しく拒絶した。


「ヤマブキ様! まさか、そこまで惰弱になられたとは! 情けない! 誇りを失った魔族など魔族ではないのです! かくなる上はヤマブキ様とその女だけでも!」


 激怒したイヅナは、そのままヤマブキと初音に向かって突進した。


 ――ダァン!


 だが、ふたりに到達する前に――銃弾が胸部を貫く。

 光の粒子となって、イヅナは霧消していった。


「……馬鹿野郎……」


 撃った道也は沈痛な表情をしていた。


「道也くん……」


 初音もこれまでの戦いでモンスターと戦うたびに心に傷を負ってきた。

 しかし、今回は人型というだけでなく言語を喋り意思疎通もできる魔族だ。

 それを撃って命を奪ったことは、倒した者の心にも大きな傷を残すことになる。


「……お兄ちゃんっ……」


 ヤマブキは道也のもとへ向かうと、正面から抱きついた。


「お兄ちゃんは、なにも悪くないの。闘うことしかできない魔族が……魔王のお父様がいけないの……」


 抱きついたまま涙を流し始めるヤマブキの背中を、道也は無言で撫でた。


(……本当に、戦いは悲しみしか生まないです……)


 初音は胸が締めつけられるような思いだった。

 こんな年端もいかない子にまで、なんで辛い思いをさせるのだろう。


「道也くん」


 初音は道也とヤマブキのところに歩み寄る。

 茶菓と芋子も続いた。


「雁田くん、必ずわたしたちの手で戦いを終わらせましょう」

「……茶菓たちの手で、不毛な争いは終わらせるべき……」

「平和にならないと、あたしたちだっていつになっても学園生活を満喫できないしね!」


 道也は、こちらを向くと静かに頷いた。


「そうだな……。俺たちの手で戦いを終わらせよう。和平を結べないのなら戦うしかない。『勇者』の力に目覚めたのも、おそらく……魔王を倒せということだと思う。戦っている最中は、まるで自分じゃないかのようだったしな……」


 確かに、道也がイヅナと戦っていたときの冷然とした姿は、いつもとかけ離れていた。まさしく完全に戦士の姿であった。ふだんの道也とは対極的だ。


「……実は、魔王国には勇者についての伝承があるの……」


 そこで、ヤマブキが口を開く。


「伝承?」


 聞き返す道也にヤマブキは頷いたが、その表情は暗い。

 ややあって、詩を諳んじるように語り始めた。


「……異なる世界から来たりし者、やがて勇者となりて、いづれ魔を滅する、そのときが終焉、新たなる時代の始まり、滅びからは決して逃れられぬ、受け入れよ運命(さだめ)を……」


 暗い瞳で淡々と口にするヤマブキは、まるで生気のない人形のようだ。

 そして、諳んじ終わるとともに、急激にブルブルと震え始める。


「大丈夫か、ヤマブキ……」

「……う、うん。だ、大丈夫、なの……」


 しかし、ヤマブキの顔色はかなり悪い。


「ヤマブキちゃん、無理しちゃダメですよ。ちょっと休みましょう」

「……ん。まずは本丸御殿で休むべき……お茶と芋菓子も置いてある……」

「そだね。闘ったあとだし休憩しないと!」


 初音たちが言葉をかけると、ヤマブキも徐々に落ち着きを取り戻していった。


「ありがとうなの、お姉ちゃんたち……お茶と芋菓子、嬉しいの……」


 そう応えて、ようやくヤマブキは安心した表情になった。心の拠り所を作ることができたという意味で、先日の観光は無駄ではなかったようだ。


「よし、それじゃ、とりあえず休むか……っと、アラタさんに報告しないとな」


 と、そこで――市役所方面からガラガラと音がして、台車を押した小江戸見回隊と新がやってきた。その台車には四つの銃を束ねたようなものが載せられていた。


「みんな無事かい!?」

「新さん、それはなんですか?」


 道也が訊ねると、新たな胸を反らして得意げに応えた。


「これはガトリング砲ってやつさ。まだ試作品だったんだけど、みんなのピンチを救わなきゃって思ってね! で、敵は……?」


 新はキョロキョロと辺りを見回す。


「大量にいたはずの敵がことごとく消えてるね。ボクが地下倉庫から試製ガトリング砲を引っ張り出してる間に、なにがあったんだい? ……って、雁田くん、その武器は?そもそも守護武装をしてるってことは覚醒したのかい?」


「はい、どうやら俺も覚醒したみたいなんです。ただ、普通の覚醒とは違うみたいで……魔法みたいなのを使ってみんなの傷を癒すこともできましたし、この武器もいつの間にか出現していました」


 新はメガネを持ち上げると、まじまじと道也の持っている銃剣を見つめる。


「おぉお! なんだこの変態武器は! 剣と銃が一体になっているだなんて技術者魂を揺さぶられる! これ斬るというより槍みたいに突く感じかい?」


「は、はい、そんな感じでした。自分でも、なんですぐに使い方がわかったのか疑問なんですが……」


「……きっと、お兄ちゃんに『勇者』の魂が乗り移ったの……」


「ふむ……なんだか一気に色々とあったみたいだね。それじゃ本丸御殿で話を聞こうか! あ、小江戸見廻組のみんなは悪いけど上空監視頼むね~!」


 こんなときでもマイペースな新に、初音の心もいくらか和らいだ。

 これで、ようやく戦場の緊張感が解くことができた。

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