第二十一話「反撃・分身・苦戦」

「くっ!」


 斬りかかってきたイヅナの剣を、初音は辛くも日本刀で受け止める。

 すぐにイヅナは次の斬撃を放とうとするが――。


「……させない……!」


 茶菓は目にも留まらぬ早業(はやわざ)で矢を放った。


「ぬうっ!?」


 まさか瞬時に矢を射たれると思っていなかったのだろう。イヅナはのけぞるようにして矢をかわすと、そのまま距離をとろうとするが――。


「隙ありぃ!」


 獲物に飛びかかる猫のような素早さで芋子が殴りかかる。

 ずっと三人で戦っていたからこその川越娘たちの連携だった。


 いきなりここまでの反撃を受けるとは思わなかったのだろう、虚を衝(つ)かれたイヅナは回避が間に合わずに左腕で芋子の右ストレートをガードした。


「離れろ!」


 道也の言葉に弾かれるようにして、芋子は打撃の勢いを利用して飛び下がる。

 そのときには、瞬時に照準を合わせて射撃していた。


 ――ダァン!


 狙いは過(あやま)たず、イヅナの心臓へ――。

 命中するはずが――神業のような速さで剣が防御に回っていた。


 ――ギィン!


 銃弾は反れて、イヅナの肩をかすめていく。


「くそっ!」


 さらに射撃しようとした道也だったが、すでにイヅナはジグザグにバックステップしつつ軍勢のいるほうへ戻っている。


「……ふん、少々強引過ぎたか。さすがに四人相手となると、手強い」


(それは、俺たちの台詞だ……)


 ここでイヅナに重傷を与えられたら、そのあとの戦いを優勢に進めることができたはずだ。というより、ここがイヅナを倒す唯一のチャンスだったかもしれない。

 しかし、一軍の将を任されるだけあって、そこまで甘くはなかった。


「みんな連繋して戦うんだ! 離れるなよ!」

「了解です、雁田くん!」

「……了解……」

「オッケー!」


 だが、いつまでも逃した好機を悔いてはいられない。

 道也の言葉に川越娘たちは頷く。こうなったら、長期戦を覚悟するしかない。


「かかれ!」


 イヅナが指示を飛ばすとともに、頭上を抑えるように旋回していた騎鳥兵が急降下しながら攻撃をしかけてくる。


 ――ダァン! ダァン! ダァン!


 そのときには道也は立て続けに射撃していた。

 三発の銃弾は、すべて騎鳥兵の頭部に命中して霧消する。


「……やらせない……」


 そして、茶菓も文字どおり矢継ぎ早に騎鳥兵を放っていく。


「やあああああ!」

「っしゃあああ!」


 銃撃と射撃をものともせずに強襲してきた騎鳥兵たちは初音と芋子が剣と拳で倒す。連携をしっかりとっているので、数任せの攻撃は通用しない。


「怯むな! 魔王軍の力を見せつけてやれ! 全方位から一気に殲滅しろ!」


 それでもイヅナは指示を飛ばして騎鳥兵に攻撃を続行させる。ただ、肩を抑えるそぶりを見せているので、最初の銃撃は少なくないダメージを与えたようだ。


(数で押しきるつもりかよ!)


 道也は銃弾を装填しながら振り返り、後方から襲いかかってきた騎鳥兵を早撃ちで仕留める。


「……無駄……」


 茶菓もあらゆる方向から押し寄せる騎鳥兵を正確に射抜いていった。


「やああ!」

「てぇい!」


 初音と芋子も背中合わせになってお互いの死角を封じながら騎鳥兵を葬り去る。

 敵の騎鳥兵も銃声に驚くことがないように訓練されたようだが、決死の覚悟で防衛する道也たちの敵ではない。


「くく、やるではないか。やはりわたし自ら戦わねば勝てぬようだな! 面白い!」


 イヅナは笑みを浮かべると、剣を正眼に構える。

 肩に傷を負っているといっても、その表情からは余裕が滲み出ている。


(とんだ戦闘狂だな……)


 やはり魔王軍と――イヅナとわかりあうことは不可能だ。

 道也は今度こそイヅナを銃殺する覚悟を決めた。


「わたしの本気の力を見せてやる!」


 イヅナは地を蹴ると、照準を絞らせないよう複雑なステップを踏みながらこちらに向かってくる。


「あててみせる!」

「……近づかせない……」


 道也と茶菓はイヅナの突進を止めるべく、それぞれ銃と矢で攻撃する。

 しかし――そこで思いがけないことが起こった。


 イヅナの体が左右にゆれたかと思うと、分身したのだ。

 本体を合わせて、その数四人。


「なっ!?」

「……忍者……?」


 どれを狙うべきか混乱して、道也と茶菓の銃撃と射撃の狙いが揺れる。

 その間にも、イヅナは一気に加速して初音と芋子に肉薄した。


「くっ……! こんなまやかしには負けません!」

「わわわっ! うぉっとぉ!」


 イヅナと分身が近接戦闘距離に入り、初音と芋子に斬りかかり始めた。

 ふたりも応戦して、目まぐるしい攻防になった。

 こうなると誤射の恐れがあるので、道也と茶菓は援護できなくなってしまう。


「負けられません!」

「そうだよ、負けられないっ!」


 初音と芋子は背中合わせを維持しながら分身したイヅナの攻撃を凌いでいく。


 分身を作ることでひとりあたりの強さは落ちるのだろう。なんとか四対二でも初音と芋子は攻撃を凌ぐことができた。とはいっても、完全に無傷というわけにはいかない。徐々に傷が増えていく。


(この状態で狙撃なんて……!)


 銃撃しかできない道也は、こんなときに無力だった。

 だが、このままなにもできなければ初音と芋子がやられていくのを待つだけだ。


「……狙えない……」


 茶菓も弓を構えるが、めまぐるしい攻防を繰り広げる状態では矢を放つことはできなかった。


「ははは! 飛び道具に頼るような者は戦士として二流三流! わたしの磨き上げた剣技によって骸となるがいい!」


 四人のイヅナは同時に哄笑を上げながら、初音たちに襲いかかる。


「わたしは絶対に負けるわけにはいきません!」

「もう! どれが本物かわかんないんなら、ぜんぶぶちのめせばいいでしょ!」


 戦意を喪失するどころか、初音と芋子はますます闘志を漲らせて刀と拳で応戦する。だが、次々と守護武装は傷つけられ、破片が飛び散っていく。


「いいぞいいぞ、これこそがわたしの望んでいた戦いだ! 久しぶりに歯ごたえのある奴と出会えてわたしは嬉しいぞ!」


 イヅナは凄絶な笑みを浮かべながら、ますます激しく剣を振るった。


「霧城っ……」


 援護射撃をしようとするが、やはりここまで攻防が激しく入れ替える闘いとなると狙撃は不可能だ。どうにか初音たちがイヅナたちから距離をとってくれればいいのだが、四人のイヅナに常に攻められている状態では不可能だ。


 その間にも、ジリジリと戦況は不利になっていっている。


「ふははは! どうした、どうした!? さっきまでの威勢はどうした!?」


 初音と芋子の武装がさらに削られていき、かすり傷では済まないほどのダメージが蓄積している。


(くそっ……どうすれば、いいんだ……!)


 傷ついていく初音と芋子をただ見守ることしかできず、道也は自分の無力さを呪った。異能の力に目覚めて肉体が強化されていれば加勢することができる。

 しかし、生身の人間に過ぎない今の状態ではただの足手まといになるだけだ。


「……もう見ていられない……」


 茶菓は弓矢を置くと、懐から短刀を取り出した。


「――っ!? 蔵宮、やめろ! 霧城ですら苦戦してるんだぞ!? 短刀じゃやられるだけだ」


「……でも、このままじゃふたりが危ない……」


 道也が止めるも茶菓は短刀を手にして地を蹴った。

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