第十三話「和菓子を食べに行こう♪」

☆ ☆ ☆


「さて、次はどこを案内するかな」


 時の鐘からヤマブキと芋子が下りてきたところで、次の作戦を考える。


「……ここは、茶菓に任せてほしい……ちょうど今は三時……つまり、おやつの時間……ここは蔵宮家の威信をかけて和菓子とお茶を提供する……」

「わあ、いいですね♪ 茶菓ちゃんのおうちの和菓子ならきっと喜んでもらえると思います♪」


 甘いものが好物の初音も、かなり乗り気だ。


「和菓子? それはどんなものなの?」


 一方でヤマブキは 初めて聞く単語に首を傾げていた。

 それに対して、茶菓が応える。


「……簡単に説明すると、甘くておいしくて美しいもの……茶菓の家は代々和菓子を作り続けている……きっと、気に入ってもらえるはず……」

「茶菓っちの家の和菓子おいしいよねぇ! 絶対にウケるって!」


 芋子も、もちろん乗り気だ。

 道也も和菓子は好きだ。というより川越で和菓子が嫌いな人間は少数だ。


「そんなにおいしいのなら、ぜひ、ヤマブキも食べてみたいの♪」

「それじゃ、行くか。すぐそこだしな」


 茶菓の住宅兼店舗は、時の鐘から歩いて三分かからないぐらいだ。


 道也たちは時の鐘前の通りから一番街まで移動。

 蔵造りの街並みを歩いていって、茶菓の店の前までやってきた。

 伝統と格式の感じられる、重厚な蔵造りの建築物である。


「わあ、ひときわ立派な建物なの♪ これはテンションが上がるの♪」


 小江戸川越でもひときわ古い建築物を前に、ヤマブキは瞳を輝かせていた。


「……さあ、どうぞ……」


 茶菓が先導する形となり、みんなで中へ入っていく。


「いらっしゃいませ。……あら、茶菓」


 店内では和服を着た茶菓の母がいつでも接客できる体勢で立っていた。


「……母上、とても大事な客人をお連れした……ぜひ、おもてなしをしたい……このおもてなしに小江戸川越の存亡がかかっているといっても、過言ではない……」


 いつもより小さい声をさらにひそめて、茶菓は母に囁く。常に一緒に行動している道也たちはどうにか聞き取れたが、ヤマブキには聞こえなかっただろう。


「…………!」


 聡い茶菓の母はヤマブキが重要人物であることを瞬時に察したらしい。

 顔色が変わる。


「ようこそ、蔵宮和菓子店へ♪ 奥に席をご用意してございますので、皆様、どうぞこちらへ♪」


 如才ない笑みを浮かべて茶菓の母は店の奥へと案内していった。

 道也も以前入ったことがあったが、茶菓の家の奥には高級感溢れる和室がある。


「わあ♪ お店の奥にまで入れるなんて嬉しいの♪」


「お邪魔いたします」

「おじゃましまーす!」

「お邪魔します」


 ヤマブキのあとに、初音、芋子、道也の順に続いていく。

 茶菓の母に先導される形で奥の間へと入った。


「それでは、すぐに和菓子とお茶を用意いたしますね♪」

「……わたしも、手伝う……」


 蔵宮母娘が部屋を出ていき道也たちだけが残された。

 奥の間には木彫りのテーブルが置かれており、座布団が並んでいる。


「ふっかふかなの♪」


 一番奥の座布団に勢いよくお尻を下ろしてご満悦なヤマブキに、隣に行儀よく正座した初音が声をかける。


「ヤマブキちゃん、疲れてないですか?」

「うん、大丈夫なの♪ お姉ちゃんたちも、モンスターたちとの戦いで疲れてないの?」

「へっちゃらだって! あたしたちこう見えて小江戸川越で一番体力あるから!」


 胡坐(あぐら)でヤマブの対面に座っている芋子が、腕を曲げて力こぶを作りながら笑う。その横に道也は正座で座った。


「うーん、ヤマブキとしてもこの町にモンスターたちが出没しているのは心苦しい気持ちなの。それに、お父様たちもこの町を侵略しようとしていることも……。この町は、ちょっと歩いただけでも楽しいところだとわかったの」


「気に病むことはないですよ♪ 私はヤマブキちゃんに小江戸川越を気に入ってもらえたなら、それだけで嬉しいですから♪ モンスターの相手なんて苦になりません」


 異世界転移後の小江戸川越市民の中で最も多くの激闘を繰り広げてきた初音が笑みを浮かべながら言い切った。


(強いな、霧城は……)


 その姿を見て、あらためて道也は初音の芯の強さを感じた。


「そうそうっ! 気にしてもどうにもならないこと考えたってしょうがないじゃん!ヤマブキちゃん、まだまだ子どもなんだからさ! よく食べてよく遊んでよく寝てればいいんだって!」


 芋子も屈託なく笑いながら、初音に同意した。


「……そうだな、ふたりの言うとおりだな。まぁ、魔王城に帰ったらヤマブキがこの町がどれだけ好きかってことを話せばいいんじゃないかな。そうすれば軍隊を差し向けて破壊しようとは思わなくなるかもしれない」


 戦力的には負けている。このまま戦争に突入したら、初音たちの命すら危うい。

 ならば、外交的な解決を目指していくしかない。たとえ支配下に入ろうとも。


(……いくら新さんが最新兵器を開発しても多勢に無勢だ。それに、モンスターたちと違って今回の相手は訓練された軍隊なんだから……)


 しかし、ヤマブキを政治利用しているみたいで気が引けるのも確かだった。

 だが、今、外交カードになりうるのは、ヤマブキしかいないのも事実である。


 そんなふうに考えていると、襖が開いて、お盆を持った蔵宮母娘が部屋に入ってきた。なお、茶菓もこの短い時間で着物に着替えている。


「お待たせいたしました♪ 当店、自慢の芋羊羹です♪」

「……そして、古から伝わる川越茶……狭山茶とはまた違った味わいがある……」

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