第十話「魔王の娘を『おもてなし』!~観光作戦~」

「あー! 雁田っち、なにやってんのさー!?」

「…………事案、発生…………?」

「か、雁田くんっ……?」


 戦闘を終えた川越娘たちが、初雁球場へ戻ってきた。


 以前なら水浴びの時間を長くとっていたが、いつ魔王軍がくるのかわからないので早めに切り上げているのだ。川越娘たちから見れば今の道人は見知らぬ幼女を抱きしめているような状態である。


「えっ、あ、こ、これは違うっ! 俺にやましいことはなにもないんだ!」


 慌てて言い訳をするが、そのタイミングでヤマブキはグリグリと顔を道也に押しつけてきた。


「ふにゃ~♪ お兄ちゃん、大好きなの♪ お兄ちゃんに抱きしめてもらうのすごく気持ちいいの~♪ このままお兄ちゃんと一緒に暮らしたいの♪」


 しかも、さらに状況を悪化させるようなことを言ってきた。


「アウトー! 雁田っち、これはアウトでしょ!?」

「……お巡りさん、呼ばないと……」

「……雁田くん。これは……どういうことでしょうか? 詳しく、説明していただけないでしょうか? 事と次第によっては、あなたを成敗しないといけなくなります……」


 芋子が騒ぎ、茶菓は早くも交番のほうへ歩き出し、初音はこれまで見たことのないような暗い瞳で――しかも、強烈な殺気を放ちながら――訊ねてくる。


「ちょ、本当に違う! この子が抱きついてきて頭を撫でてって頼まれたから撫でてただけで! ただそれだけだから!」

「そうなの♪ ヤマブキがお願いしただけだから無実のお兄ちゃんを成敗しちゃダメなのっ♪」


 ヤマブキは両手を離して、川越娘たちのほうへ振り向く。

 髪の色だけなら小江戸川越にも欧米人(元々は観光客)がいるのでおかしくはない。 しかし、この灰色の肌は特徴的だ。


「あれ、この子って?」

「……小江戸川越の……市民ではない……はず……」

「そうですね……わたし、川越市民のみなさんの顔はすべて覚えていますが……見かけたことのない子です……」


 軽く混乱する川越娘たちに対して、ヤマブキはニパッと笑みを浮かべる。


「そうなのっ♪ ヤマブキは、この町の住民ではないの♪ ふだんは別のところに住んでるんだけど、この町が気になって遊びに来たの♪」


 それはつまり、この子が異世界人であるということだ。

 道也が、その疑問を口にする。


「ええと、それじゃ……どうやってここへ来たんだ?」


 そもそも転移してから今まで一度たりとも異世界人とは遭遇していない。

 空を飛べる川越娘たちが偵察しても人家を見つけることはできていないのだ。


 とはいっても、いつモンスターが出現するのかわからない状況では川越からあまり離れるわけにもいかず、数十キロ先となると依然として未知のエリアなのだが――。


「ふふ♪ それは、簡単なことなの♪ ……ほらっ♪」


 そう応えた瞬間ヤマブキの姿が消えた――かと思いきや、初音に抱きついていた。


「えっ? あっ」

「ふふっ♪ お姉ちゃん、隙ありなの♪」


 ヤマブキはギュッと両手に力をこめて密着すると、頭をグリグリと押しつける。


「……わたしが気配をまったく読めないだなんて……不覚ですっ……」


 居合の鍛錬を積んでいる初音にとって、自分の間合いに苦もなく入られてしまったことはショックらしい。そんな初音をヤマブキは見上げて微笑む。


「お姉ちゃん、気にしなくていいの♪ 今のは間合いに入ったんじゃなくて瞬間移動なの♪ だから、絶対に回避不可能なの♪」


「……瞬間移動、ですか?」

「そうなの♪ ヤマブキはいつでもどこでも自由に好きなところに出現できるの♪」


(……って、それ……モンスターの出現と同じ原理じゃないのか……?)


 道也だけでなく、三人も気がついたらしい。やや、緊張が走る。

 芋子が軽く身構えながら、口を開く。


「……もしかしてさ、この周辺にモンスターが出現するようになったことって関係ある? あと、この前やってきたイヅナって奴は知りあい?」


「んー、関係あるとも言えるし、ないとも言えるの。モンスターたちは一応シモベではあるけど勝手に出現するからどうしようもないの。あとイヅナは魔王であるお父様の忠実な部下なの。先日の偵察のときに魔王城の水晶に映し出されたこの町の景色を見てヤマブキは興味を持ったの。とっても面白そうな町なの♪」


「……つまり、魔王の娘……」

「それじゃあ、あのっ……! ヤマブキちゃんのお父さんにこの町への侵略をやめるようにお願いしてもらえませんか?」

「そうそう! いくらでも観光していいからさ! なんとかしてよー!」


 川越娘たちの言葉に、ヤマブキは「うーん」と悩んだような声を上げて、首を傾げた。その仕草だけなら、あどけない幼女にしか見えない。


「……ヤマブキには、お父様の方針に口を挟むことなんてできないの。でも、少しは話を聞いてくれる余地があるかもしれないの。ともかく、この町のことをよく知りたいの♪ 案内してほしいの♪ こんな町並み、今まで見たことなかったの♪ 興味深いの♪」


 魔王の娘を案内することはリスクはあるかもしれない。しかし、ここで好感度を上げておけば、もしかすると戦いを回避できかもしれない。


 魔王も自分の娘の気に入った場所に対して、あまり酷いことはできないだろう。

 そうなれば、もしも戦争状態に陥ってしまったとしても被害を最小限に食い止められるかもしれない。


 転移前の小江戸川越も和の情緒を感じられる町並みによって世界から年間七百万人を超える観光客が訪れていたらしい。

 それだけ、この小江戸川越の街並みには価値がある。


(……だから、異世界でも観光地としてやってゆければ平和を守り通せるんじゃないか……?)


 現在、町を守護できる主戦力は川越娘の三人と、銃を手に入れたばかりの道也しかない。小江戸見廻組では、モンスター一匹倒すのも困難なほどだ。


 こんな状態でもし魔王軍の軍勢と正面切って戦うことになったら絶望的だ。

 先日の偵察隊を率いていたイヅナでさえ、初音がたじろぐほどだったのだ。

 もし魔王自ら軍を率いて攻めてきたりしたら、無事では済まないだろう。


(……今、俺のできることをやらないと)


 それが、ヤマブキを『おもてなし』することだと思えた。

 なにも戦うことだけがすべてではない。

 外交も大事な戦略だ。


「よし、ヤマブキ、どこでも好きな場所に連れてってやるぞ! 食べたいものもなんでも食べさせてやる!」


 断固たる決意のもと、道也は全力でヤマブキを『おもてなし』することにした。


「わーい♪ さすが、お兄ちゃんは話がわかるのー♪ 一目見たときからヤマブキはお兄ちゃんが良い人だってわかったの♪」


 ヤマブキは道也のもとへ駆け寄って、再び抱きついてきた。


「ふえ、雁田っち? どうしたの、急に……」

「…………。……なるほど……意図はわかった……協力する……」

「ちょ、ちょっとヤマブキちゃん! 道也くんに抱きつきすぎですっ!」


 茶菓以外はこちらの意図に気がついていないようだが、ともかく道也は『おもてなし』作戦を実行することにした。

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