第44話 ボーナスステージ

 五年前にリッカを除く一族郎党を皆殺しにしたときと同じようにはいかなかった。

 今度はさらに五年、生きた分だけ多くを失った。


 何のために生まれて何のために生きるのかも分からなかった頃の記憶。六花のために、何より自分自身の為に父さんを殺したことも、十四歳以前の前向きな記憶は全て、失われた。久遠と出会った日のことも、それからの日々も。


 より正確には幸せだとか、楽しさだとか、前向きな気持ちや決意を含む〈記憶〉。


 記憶が失われるということはつまり、脚色なしに今までの人生で褒められるような点は何も一つなかったということになる。鬱屈した毎日の繰り返しだけが幅を利かせる生きているのか死んでいるのかもわからない日々だけが残響し、積み重ねられた虚無は自信の喪失と共に未来を食い潰す。


 久遠がいなければ五年前のあの日、俺は十四歳で死んでいたはずだった。生きているか死んでいるかでいえば、十四歳のは死んでいた。昨日、十九歳のも死んだ。


 きっと初恋で、両想いのはずだった。九頭龍迦楼羅という少女――というには少し恥ずかしい年齢かもしれないが、彼女を殺すために、俺は自分を殺したのだ。何の為に、などという野暮なことを聞く人間もいないだろうが、何のためにといえばそれは、今目の前にいて、口腔輸送の体液で俺を救った少女――九頭龍久遠のためだと言うほかない。


 たとえ敵が不死者だとしても、敵と認識した相手を殺すまで止まらない殺戮機械。そういうものとして俺は造られたらしい。などと、こういう類の痛さを口にすると久遠はきっと今にも泣き出しそうな目をするから、俺は今日も嘘っぽい笑みを浮かべる。


 嘘っぽくてもいいから、笑う。


 閑話休題。

 案の定、久遠のことまで綺麗さっぱり忘れた馬鹿野郎こと十六夜待雪は俺を僕だとか久遠のことを君だとか言って泣かせてみせた。久遠は泣いていても可愛いというのはさておき、馬鹿は死んでも治らないとでも言うべきか嘘か誠か俺は久遠に先んじて一目惚れをしたと宣ったのだ。失われてもゼロになっていなかったのか、少しは俺も成長しているのか、鼓膜の奥の奥に〈修復〉を施されずともあの日の再現には至らなかった。


 崩れた屋敷、雨、地に伏せる俺、馬乗りの久遠。その程度の一致。最初は久遠を助けたらすぐにでも裏切って逃走を図ってやるつもりだった渡貫千鳥と愉快な仲間たちすら、いつの間にか消えていた。


 千鳥は昔から逃げ脚だけは早かった。引き際がわかっているというか、俺や久遠の吐く嘘が可愛く見えるぐらい根っからの演技派というか、アイツ実は能ある鷹って奴なんじゃないか。


 光の柱。

 竜巻。

 墜落したヘリコプター。

 火事。

 龍遣う天女。

 五体有する竜巻。

 雪白の天使。

 傷んだ赤色の悪魔。


 秘匿されるべき血脈の残滓の大半は動画や画像としてSNSで拡散されるも合成として片付けられ、表沙汰になったのは屋敷の大火事と九頭龍家の一家全員が焼死したということぐらい。久遠が勘当同然だったことを踏まえれば十六夜よりも九頭龍の方が一族郎党皆殺しになったというわけだ。世間的には渡貫病院の落ち度と言うことになっているらしい。


 こちらは皮肉にも犯人が身内ってところまで一致している。久遠曰く、模倣犯というよりは迦楼羅の暴走という話だった。仮に模倣だったとしても、原因が俺にあるとして、別に胸は痛まない。久遠を十九年も監禁した連中のために胸を痛める理由はない。むしろ結果として九頭龍家本家の持っていた全ての権利が生き残りである久遠のものになったと考えれば喜ばしいくらいだ。


 ――と、都合よく物事が運べばベストだったのだが、そういうわけにもいかなかった。


 屋敷の残骸の中に迦楼羅のスマートフォンが残されていた。ロック画面がデフォルトに設定されたそれはロックすらかかっておらず、中身を覗き見ることは容易だった。そこから久遠を含む九つの家に連絡した形跡を見つけた。


 九頭龍分家ナンバーズの頭領を決める選挙代わりの殺し合いは迦楼羅によって仕組まれたものだった。


 名前の通り本家は九頭龍であり、頭領も自然と九頭龍家の当主が務めてきた。異例として頭領の選挙がまかり通るとして、り行うのが数時間後の殺し合いなど正気の沙汰ではない。何より本家だから参加枠が二つなんてアンフェアもいいところだ。

 どうして、というのは全て迦楼羅自身が語ってくれていた。ましてや久遠のお墨付き、疑う余地がない。問題は別にある。


 迦楼羅が負け、九頭龍家は久遠を残して一族郎党全滅した。

 しかし、運営が不在となっても殺し合いは終わらなかった。

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