第5話 クリスマスなのに・・・

鮮やかなクリスマスのイルミネーションに飾られた町の中、塾が終わった勝と哲也はコンビニの前で二人並んで立っていた。


勝はイヤホンから流れる音楽のボリュームを下げた。


「クリスマスは、やっぱり特別だよな」、同じ塾に通う女の子達と一緒にカラオケへ行く約束を取り付けた哲也が、満足そうな顔をしていた。


「そうだな。受験生でも一息入れたくなるイベントだからな」


「そうそう、分かってくれるか。やっぱりクリスマスは、誰かと一緒に過ごしたくなるよな」


「それより、哲也。彼女達は、何時に来るんだ?」


「もう直ぐ、来ると思うよ」


哲也の言葉にそうかと答えた勝は、目の前を泣きながら通り過ぎる森川の姿を見つけた。


なぜか彼女の事が気になる。理由は分からないが、ただ、悲しむ彼女を放っておけなかった。考えるより先に足が動いてしまった。


「おい、勝、何処に行くんだよ?」、勝が通りへと走り出したので哲也は驚いていた。


「悪い、やっぱり、カラオケ行くの止めとく。用事を思い出したから、ごめんな」


人混みをかき分け森川の後を追いかけると、ポケットの中のスマホが振動しイヤホンからクマの声が聞こえて来た。


「イベントの始まりでーす!」


「・・・ッ、もう向かっているよ」


「おやおや、呑み込みが早い。とっても良い感じですよ」


森川に追いついた勝は、後ろから彼女の肩を捕まえた。


「委員長、なんかあったのか?」


「ひっ、ひくっ、お願いだから私に構わないで。・・・放っておいてよ」、振り向いた彼女は平手で勝の頬を叩いた。


声を掛けた相手から突然平手を食らわされたら、誰でも驚くし、普通ならその失礼な行為に怒って当然だろう。


だが、勝は何も言わず彼女の手を強く握りしめ、そのまま歩き出した。


「えっ、何処に行くの・・・」、嗚咽を漏らす森川は心配そうに尋ねたが、勝は返答をしなかった。


勝が森川の手を引き連れて来たのは、近くの公園だった。


彼女をベンチに座らせた彼は、右手を腰に当て横を向いた。


「何があったか知らないけど、その様子だと辛くて苦しいんだろ」


「うっ、うん」、眼鏡を上に上げてハンカチで涙を拭った。


「俺は聞いてやる事しか出来ないけど。今、全部吐き出してしまえよ。その方が、楽になると思うから」


暫く俯きながら涙を流していた彼女は、重い口を開いた。震える声で、両親の離婚が決まり弟の寛人と離れ離れになるのが嫌だと話す。


受験を控えた大切な時期に、両親の都合に振り回される森川が哀れに思えた。彼女にとって今日は、最悪のクリスマスになってしまった様だ。


「辛かったな・・・」、何もしてあげられない勝は彼女の前にしゃがみ込み頭を撫でた。


「うん、ひくっ、うん・・・。辛いよ、苦しいし、胸が痛いよ」と、彼女は勝に抱きついた。


顔をクシャクシャにして泣き続ける彼女の涙が、勝の首筋を濡らす。


遠くからクリスマスソングと楽しそうな話し声が聞こえる中、勝は黙ったまま優しく彼女を抱きしめていた。


彼女は涙が涸れるまで、顔を埋めていた。


森川とはクリスマスの日を最後に、二人きりで話をする機会は無かった。


年が明けると大学受験が始まり、勝も森川も自分の事で精一杯だった。二人とも教室で挨拶を交わす程度の会話しか出来なかったのだ。


この時期の勝は、授業中も含めてもっとしっかり勉強しておけば良かったと、押し寄せる後悔に日々苛まれていた。


2月に入ると今度は、不合格の連絡が続き挫けそうになった。それでも滑り込む様に、何とか彼は私大に合格する事が出来た。


国立大学の工学部に合格し、晴れてリケジョとなった森川と落ち着いて話せたのは、卒業式の日だけだった。


その頃には、未来のアプリの事も案内役のクマの事もすっかり忘れてしまっていた。


それどころか、知らないうちに勝のスマホからGMMのアイコンは消えていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る