滅びの始まり

「……んっ……」


 目覚めた時、セイラは自身が見知らぬ場所にいる事に気が付いた。彼女が倒れこんだ『帰らずの森』とも、女神と語り合った光に包まれた空間とも異なる、淡い光を放つ純白の壁や天井に囲まれた空間の中で、彼女は長い眠りから目覚めたのだ。そして、彼女は自分の体が同じく純白の柔らかなベッド――『聖女候補』として押し込まれていた狭い部屋にあった古ぼけた固いベッドとは全く異なる心地の上に横たわっていた。

 一体何がどうなっているのか、私はどうなっているのか――そのような感情はすぐに排除された。彼女の心に、何故ここに自分がいるのか、ここはどこなのか、そして今から自分はどのように行動をすればよいのか、全ての情報が溢れてきたのだ。自分が横たわっているこの場所が、コンチネンタル聖王国の伝承に伝わる『光の神殿』の中であると言う事も。一瞬だけ見せてしまった不安な顔は、すぐに安心した表情に、そして嬉しそうな満面の笑みへと変わった。


「……ふふ……♪」


 彼女の心にしっかりと焼き付いた幾多もの記憶は、決して夢の中の出来事ではなく、現実に起きたもの。コンチネンタル聖王国を司る女神エクスティアと出会い、彼女から腐りきった聖王国を滅亡させるという啓示を受け、それを自身の力で実行に移すべく、女神の代弁者として彼女が持つ能力や意志を与えられた――尊敬する女神から至れり尽くせりの待遇を受けた彼女が改めて女神に対して感謝の祈りをささげようとした時、純白に輝く部屋の扉が開き、もう1人の人物が入ってきた。


 長く美しい緑色の髪、誰もが見惚れるであろう美貌、抜群のスタイル、たわわに実る胸、そして全身を包み込む純白のビキニアーマー――そこにいたのは、セイラと全く同じ姿かたちをしたもう1人のセイラだった。どうしてもう1人の自分がこの部屋に現れたのか、その理由も既にセイラは理解していた。そのうえで、彼女は自分自身への感謝を込め、セイラと抱き合いながら互いの唇を合わせあった。


「セイラ……っ♪」

「んっ……セイラ……♪」


 2人のセイラは互いの唇の味わいと共に、抱き付き合いながらビキニアーマー越しに感じる柔らかい胸やたっぷり露になっている腹や腕、太ももの感触も思う存分堪能した。そこに自分と同じ存在がもう1人いて、互いに互いを愛し合っている、と言う揺るぎない事実をたっぷりと確かめ合うように。女神からの祝福を受けた衣装たる純白のビキニアーマーだけを纏うセイラ・アウス・シュテルベンと言う存在は、彼女自身にとってかけがえのない存在として認識されていたのである。

 ただ、こうやってイチャついてばかりはいられない事も、2人の彼女は既に認識しあっていた。女神からの啓示――コンチネンタル聖王国を、セイラの考える形で滅ぼすと言う言葉を実現に移すためには、さっそく行動を始める必要があったからだ。


「……行きましょう、セイラ♪」

「そうですわね、セイラ♪」


 再度軽くキスをし、互いの存在をたっぷりと味わった事を理解した彼女たちは、ゆっくりと純白に包まれた部屋を後にした。

 部屋の外には、内部と同じく仄かな光を放つ純白の壁、天井、床によって形作られた廊下がどこまでも続いていた。互いに体を寄せ合い、ビキニアーマーから露出した滑らかな肌を密着させながら進むセイラの両隣で、壁と一体化していた扉が次々と開いた。そして、その中から現れたのは、彼女たちと同じように素肌をすり寄りながら笑顔を振りまく2人のセイラ・アウス・シュテルベン――セイラとはまた別の新たなセイラたちだった。しかも2人のみならず、セイラの前後で開く扉という扉の中から、純白のビキニアーマーを着た美女、セイラ・アウス・シュテルベンが次から次へと現れ続けたのだ。


「「ごきげんよう、セイラ♪」」

「「ふふ、ごきげんよう、セイラ♪」」

「「「「ごきげんよう、セイラ♪」」」」

「「「「「「「「うふふ、セイラ♪」」」」」」」」


 頭のてっぺんからつま先までありとあらゆる要素が全て同じ美女によって、あっという間に廊下は覆い尽くされた。四方八方、どこを向いてもセイラの周りには自分しかいない――彼女にとって天国ともいえる世界が広がっていた。そして互いに交わす挨拶や笑い声もまた、彼女の心を大いに刺激し、より嬉しそうな笑顔を作り出した。

 そんな何十人もの彼女たちは、周りの自分と胸や肌、ビキニアーマーを密着させながら、素足で暖かな光を放つ床を踏みしめながら、同じ方向へと歩き続けた。どこへ向かっているのか、そもそも何故自分が大勢いるのか、既に彼女たちはその行先や理由を承知済みだった。彼女たちは全員とも、女神エクスティアの加護を受けた麗しく美しく、そして聖王国に最もふさわしい存在である事を互いに認識しあっていたのだ。そして、セイラの大群は長い長い廊下を通り抜け、まばゆい光が包み込む広大な空間へと足を踏み入れた。そこで彼女たちを待っていたのは――。


「「「「「「「「「「「「「「「「「「ごきげんよう、セイラ♪」」」」」」」」」」」」」」」」」」


 ――どこまでも広がる『聖堂』の中をぎっしりみっちりと覆い尽くす、純白のビキニアーマーのみを着込んだ美女、何百人ものセイラ・アウス・シュテルベンであった。大量のセイラたちは皆彼女たちを待っていたと言わんばかりの笑顔で出迎え、前後左右を取り囲むかのように自分たちが密集する空間の中へと導いた。セイラにとって、まさにそこは楽園、天国、極楽に等しい場所であった。至る所から滑らかな肉体が触れ、豊かに実った胸があたり続ける空間は、自然と彼女たちの嬉しそうな笑い声に包まれていった。


「ふふふ……」ふふふ……」ふふふ……」ふふふ……」ふふふ……」ふふふ……」ふふふ……」ふふふ……」ふふふ……」ふふふ……」ふふふ……」ふふふ……」ふふふ……」ふふふ……」ふふふ……」ふふふ……」…


 伝承の中で僅かに触れられていた『帰らずの森』の中に聳えるというまばゆく輝く『光の神殿』の中に、同じく淡く輝く広大な『聖堂』が存在する事を、彼女たちは全員女神エクスティアから与えられた知識の中から知る事が出来た。その広さを、セイラの思い通りに変えられるという不思議な機能が備わっている事も。女神の加護を受けた彼女、いや彼女たちはその機能を活かし、何百人もいる自分たちが敢えてギリギリ入れるほどの大きさに調節したうえで、全員がその場所へと集結したのである。


 やがて、存分に自分の肉体で埋め尽くされる空間を堪能しきったセイラたちは、自分自身でぎっしりみっちり密になった空間の中で、彼女たちはゆっくりと跪き、両手を握りしめながらゆっくりと目を瞑った。その動きは、どのセイラ・アウス・シュテルベンも寸分違わず同じものであった。そして、彼女たちは口を揃えて一斉に言葉を述べた。


「「「「「「「「「女神エクスティア、このような場を与えてくださった事を、心を込めて感謝いたします……」」」」」」」」」」


 コンチネンタル聖王国を滅ぼす第一歩を踏み出す前に、彼女たちは女神エクスティアへの礼を忘れずに行った。女神と並んで自分自身が大好きであると言う彼女の本心や欲望を全て受け入れた女神は、自身の力を分け与えたのみならず、セイラという存在を事前に何百人にも増やし、彼女がたっぷり自分という存在を堪能できるようにしてくれた事を、彼女は女神から得た情報から知る事が出来たからである。

 同時に、彼女たちは女神がすぐに聖王国を滅ぼさないでくれた事にも感謝した。あの時、女神が自身の力をもってしてもセイラの心の傷を完治させるまで半年もの歳月を費やしたというのは嘘偽りのない本当の事であったが、同時に元から腐っていた聖王国を敢えて半年以上放置し、国民という末端部分まで更に存分にという事実を、セイラは女神から得た知識で知り、大いに嬉しく感じた。女神から滅びの使命を託された身として、どこまでも悪に堕ちた者たちを滅ぼすことができるというのは快感以外の何物でもなかったからだ。


 そして、セイラもまた、敢えてじっくりとコンチネンタル聖王国を追い詰める事を決めていた。確かにエクスティアの万能の力をもってすれば、女神もセイラも侮辱し続けるあの大神官や聖女、そして国王の命を奪うのは容易い。だが、呆気なく奪ってしまっては面白くもないし、彼らを崇め、何も疑問に思わなかった国民たちへも滅びの苦しみを味あわせる事が出来ない。そこで、セイラは女神が持つ『力』の一端を使い、滅びの下準備を行う事にしたのである。

 立ち上がった何百人のセイラたちは、再度笑顔を見せたまま祈りの体制に入った。その瞬間、彼女たちは光に包まれ始めた。セイラの美しい肉体から、無数の光の粒子が溢れ出したのだ。やがて幾多もの光の粒子はゆっくりと浮かび、聖堂の天井へと吸い込まれるように消えていった。いや、正確には天井をすり抜け、『帰らずの森』の上空に光に包まれた大きな雲を作りあげ始めたのである。女神の力を用い、その光景を天井越しに見つめたセイラたちは、この光の雲がもたらしてくれる光景に思いを馳せながらゆっくりとほほ笑んだ。


「「「「「「「「「「「「「楽しみですわね、セイラ……♪」」」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「「「「「そうですわね、セイラ♪」」」」」」」」」」」」


 光の粒子――女神の言葉で『』とも呼ばれるらしいこの物質は、女神の力を持つセイラの思いのままに動き、思いのままに働き、思いのままの事象を作り出す事が出来る。この粒子で構成された雲をコンチネンタル聖王国へと流し、そこで大粒の『光の粒子』を降らせる――これがセイラがもたらす滅びの第一歩だった。大地に降り積もった光の粒子は、ゆっくりと、だが着実に大地を蝕んでいき、自分たちが描き上げる『滅び』への下準備を整えてくれる。その事態に気づく誠実な人間も少なからずいるだろうが、大半の聖王国の国民は気づかないままのうのうと時を過ごし、じわじわと自分たちに滅びが及び始めてもなおその異変から目を反らし、自分たちの罪を認めず生きようとする。大神官も聖女も、そして国王もみな同じことだろう。そして、その時こそ――。


「ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」ふふふふふ……♪」…


 ――『光の神殿』の中は、やがて訪れる将来を待ち望むセイラたちの笑い声、そしてどんな存在よりも美しいほほ笑み顔で満たされた。


~~~~~~~~~~


 その日、コンチネンタル聖王国全域で、奇妙な現象が観測された。1年中温暖な気候に恵まれているはずの聖王国に、寒い日にしか降らない『雪』が降り積もったのだ。しかも、伝承に伝わる冷たく白い『雪』とは全く異なり、その『雪』は仄かに光り輝き、しかも人肌のような温かさに満ち溢れていた。

 人々は大いに喜び、女神エクスティア、そしてからの授け者だと彼女たちを大いに誉めそやした。女神を祭るエクス教側も、国民の日々の信仰の賜物、ヒトアの真心、そしてヒュマス国王の善政が生み出した奇跡だと大々的に宣伝し、王国中はこの温かく不思議な『雪』でお祭り騒ぎとなった。突然の自然現象に怪訝そうな顔をしたり不安な感情を抱く国民も少なからずいたが、大多数は降り積もる『雪』を大いに楽しみ続けた。

 そして、光に包まれた温かな『雪』は、1日中聖王国全体に降り積もり、翌日にはあっという間に姿を消した。



 そう、その日からだった。

 温暖かつ実り豊かだったはずのコンチネンタル聖王国から、その『実り』が少しづつ姿を消し始めたのは……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る