007話 何この魔境


 さて。水路がある通路の先に進もう。独房廊下から水路脇に出て、また左右に分かれている。検証の時に左に行って、行き止まりなの確認してるから右に行こう。


 水路の向こう側にも通路があって、頼りない木の橋で向こうに行けるらしいけど、まずはこっちからだ。崩れそうでちょっとイヤだったし。濁った水に落ちるのはもっとイヤ。


 この水路脇、若干曲がってるらしい。途中にいた看守をシバいて進むと、独房廊下から出たときには見えなかった光が目に入った。ちょっと明るい。


 そこまで行ってみると、まるで渓谷のような巨大空間の中腹に出た。

自然にできたものと違うのは、壁が石や木、鉄など人工物で作ってあること。水路もここで途切れていて、水が下に流れ落ちている。あちこちの色んな所に橋があって、渡れるようになっていた。


 試しに下を覗き込んでみる。

 ……うわなんかいる。


 建物渓谷の底にいたのは、渓谷の横幅いっぱいの大きさを誇る、頭でっかちのワニのような生き物だった。ショベルカーのバケットのような爪が並んだ手で、ズリズリと無理やり体を動かしている。体を覆う鱗はどう見ても岩にしか見えない。


 つい、しばらく呆然とそいつを眺めてしまっていた。通った跡を見ると、大量の瓦礫が真っ赤に染まっていた。


 ……いや、あれ血だ。あいつ、自分の腹が瓦礫に擦れて出血してる。量が多くて川になってる。グロい。


 自分の体を持ち上げられないぐらい動きが鈍ければ、なんとか倒せるんじゃないかとも思うけど……このハンマーと《復讐者》の攻撃力でも、あの鱗を破壊できるとは思えない。よく見ると甲羅みたいな模様があるようにも思える。ゲーム内の亀は硬いって決まってるし、今手を出すべきじゃなさそう。

 遭遇しないように立ち回る必要があるギミックボスみたいな感じかな。


 そう言えばなんでここ明るいんだろう。空が見えるの?


 ……眩しい。見上げてみても、ただ眩しいだけで何も分からなかった。


 さて、次の道は、と。渓谷沿いに、また左右に。左の先は螺旋階段。右はそのまま通路。途中で吊り橋があって、向こう岸に渡ることができそう。


 ……右に行こう。でも吊り橋は無視で。絶対何か……。

 と思った瞬間、黒板引っ掻いたような声と共に、手のないドラゴン……いわゆるワイバーンが渓谷を縦断し飛び去って行った。ちらっと見えたけど、なんか目が大量についてた気がする。

 それを追って、首が三つある天使のようなのが三匹飛んで行った。


 ……あれ、あいつこっち見て……うわっ!


 三つ首天使が翳した手から、魔法の弾みたいなのが飛んできた。慌てて通路の中に逃げ込む。


 背後から衝撃。


 私が眼下を見下ろしていた通路の端が砕け、抉り取られていた。

 ……何この魔境。


 この中で探しものかぁ。大変そう。


 でも今ので死ななかった。

 コガラシが引っかかってたら煽ろう。


 ひとまず、渓谷沿いは危険ってことが分かった。反対側の水路から、内部を探索しに行こう。

 水路に戻って、橋を渡って脇道を行く。いくつか通路があったけど、今度は左に行ってみよう。右ばっかり行っても面白くないし。


 時々そこらに死体が転がっていて、武器を持っているものもあった。大半がもう使い物にならなさそうなものを持ってたけど、中には実用できるものもある。


 私は重い武器が好きだから、拾いはしなかったけど。このボロのハンマーが壊れたら考えよう。


 螺旋階段を降り、暗い通路を進む。建物内にある橋を渡る。眼下には鎖で繋がれた、人間の腕が寄り集まってできた得体の知れない化け物。腕の怪物と呼ぼう。


 その先を行くと牢屋の中に出た。なんで? 外はまた牢獄が並ぶ通路と看守。ちょっと数が多い。一斉にこっち来やがったし。


 全部倒したら、そのうちの一匹が斧を落とした。手斧かぁ。うーん……。まあサブ武器に持っておくか。ベルトに挟んでおこう。


 ついでにレベルが3になった。やった。

 ちなみに、牢獄の中には大量の囚人がいた。一つの牢にはち切れそうなほど詰め込まれている。鍵はかかってたし、ここは鉄格子も錆びたりしてなかった。大して強くない敵だけど、これが一斉に来るとなると対処しきれなさそう。


 廊下の右にはまた階段。その先は、さっきの腕の怪物が繋がれている部屋に降りる梯子と、落ちたら死にそうな謎の穴。


 反対側を進むと、ファンタジックな城のホールみたいなとこに出た。

 どういうことなの。

 繋がりがおかしい。まああの渓谷の壁見た時点でちょっと思ってたけど。ホールの奥には小部屋があって、なんか目的のものっぽい石碑のような何かが見える。


 でも、まあ簡単に行けそうにはない。門番がいる。


 ホールの中心には顔全面が目玉の、長剣を持った長身の人型。よく見ると、剣は左腕と癒着していた。それっぽく右手で構えている。うーん、なんて呼ぼう。目玉剣士でいいか。


 目玉剣士はこっちに気づくと、今までの囚人や看守と同じように、ゆっくり近づいてきた。

 今までの雑魚より強そう。


 さて。


 先手必勝だ。私はハンマーを掲げて走り出した。


 ぶっ潰れろ!!


 全力の一撃。バックステップで躱される。離れ際、肉薄を防ぐよう振るわれる剣。ごう、と空気が引き裂かれる。


 そんな程度で怯むか!

 剣に当たらないギリギリのタイミングで、勢いを殺さず連撃。


 ステータスにものを言わせて、一撃必殺火力の連打を叩き込む。

 タイルごとカーペットがめくれ上がる。


 目玉剣士は私の攻撃を避け、的確に隙を狙ってくる。


 当たったらタダでは済まない。HP全損の危険すらある。


 いいね。こういう敵が欲しかった!


 左腕と癒着した長剣。取り回しは絶望的に悪いはず。なのに隙をあまり見せない動きをしてくる。そのうちのいくつかは急所狙い。


 そこそこ強い。いいAI入れてる!


 何より、攻撃にパターンがない。決められたモーションなんて一つもなさそうな即応の反撃。最善行動ではないにせよ、かなり厄介だ。


 なら、これでどう!


 上段からの叩きつけ。空振って地面にハンマーの頭がめり込む。


 当然のように、頭へ長剣が振ってくる。


 思わず笑みが浮かぶ。


 ひっかかった。


 隙があるように見せるのはわざと。

 大振りの連打だけど、どれも本気では打ち込んでない。


 即応できる余裕を残す。

 そして、その余裕で反撃をねじ込む!

 私の常套手段。『私の朧流』だ。


 いかに、わざと隙を見せていることを悟られないよう、誘い込むか。


 そして隙の大きい長柄武器をいかに使うか。


 どうしても生まれる隙を限りなく減らし、わざと残した隙を『詰めきれなかった箇所』と認識させる!


 対人戦じゃ初見の敵は絶対に引っかかる。

 『長柄武器の隙を消しきれるわけがない』のが普通だから。


 でも、私は朧流武術と、極振りレベルの攻撃力≒無理を通せる腕力でそれを覆す!

 手加減した威力でも、並の火力型の威力が出るからこその偽装!


 狙うは頭。


 目玉だけの頭だ。弱点に決まってる!


 左斜め前に出て、振り下ろしを避ける。


 そして埋まったハンマーを力任せに振り上げる!


 会心のタイミング。

 さぁ死ねッ!!


 それなりに自身を持って会心の一撃と言えるような振りだった。


 でも、ハンマーは思いっきり空を切る。

 目玉剣士が、パッと眼前から消失した。


 え? 消えた?

 いや違う!! 後ろ!!


「うぐっ……!」


 痛っつ……!


 がら空きの背中を斬られた。じんと走る痛み。


 HPの残りが分からないのが辛い! メニューを開いてる暇なんかない!

 でもさっき囚人の攻撃を食らった時よりも痛かった。ダメージは絶対多いはず!


 多分もう一撃食らったらアウト。


 体勢を立て直す。

 ぎょろりと目を動かしこちらを凝視する目玉剣士。


 今のは何? 透明化……いや、一瞬で後ろに回り込まれた。

 ……そうか、瞬間移動……と言うより、短距離転移!


 序盤のモンスターが持ってていい能力じゃない!!


「アハハ……!」


 ああ、笑っちゃう!


 最序盤から短距離転移! この先どうなるんだろう! 楽しみだ!


 ハンマーを振り回す。

 右、左。しゃがんで躱す。立ち上がりざまのかち上げ!


 上手いこといくつかはクリーンヒットした。あからさまな隙を作ってみたりしたけど、普通に攻撃してくるだけで瞬間移動は使わない。


 クールタイムがあるのか、それとも頭を狙った時のカウンター?


 どっちでもいい!!

 予備動作があれば対応できる!


 目玉剣士の大振りの一撃を躱す。剣が地面に叩きつけられる。

 絶好のチャンス!


 さっきと同じように、もう一回全力のフルスイングを叩きつけてやる!


 さぁ、転移しろ!!

 このままじゃ目玉が砕けるぞ!!


 ……見えた。予備動作!


 こちらを見ていた目玉が私の背後を向く。

 そして、ほんの少し……本当に少しだけ、瞳孔が光った。


「馬鹿の二つ覚えッ!!」


 ハンマーを振った勢いのまま振り向く。

 私を背後から奇襲する形に転移するなら、頭の位置はそこッ!!


 砕け散れッ!!


 パゴォン!と、軽快と表現するには気味が悪い音が響き、全力の一撃が目玉を破裂させた。

 グロい。


 目玉剣士は剣を振りかぶった姿勢のまま崩れ落ち、ポリゴンの破片になった。


《レベル上昇:3→5》


 よっしゃ! やった。経験値おいしい。

 ……お、剣落とした。


 相変わらずメニューに装備の欄はない。……せっかくだから持って行きたいけど、ハンマーとこれ同時に持っていくのめんどくさい。インベントリないし。


 両手で使うような武器を二刀流で扱うのはちょっと無理。ステータス上げればいけるかもしれないけど。このゲームのステータス、STR(ストレングス)表記じゃなくて物理攻撃力表記だから実際に筋力が強いのかどうなのか正直わかんない。


 片方しか使わないのに両方持つのは重いし邪魔になる。


 うーん、どうしよう。


 とりあえず、ホールの奥の小部屋に見える、なんか目的の『碑石』っぽいものを見に行こう。


 腰ほどの高さ、電信柱ほどの太さの円柱。天辺には、赤紫に光る宝石が埋まっている。

 やっぱり目的物じゃ?


 そう思って触ってみると、赤紫の宝石が光を帯び、その光を放出し……弾け飛んだ。


 光の破片は数秒間宙を漂い、私の体に飛び込んできた。

 お決まりのシステムメッセージが出てくる。


《クエスト進行:最初の試練》


《アンロック:アニマシステム》


 あれ? まだ一個目なのに?

 10個全部見つけたら開放される、じゃないんだ。


================

●《最初の試練》


 副目標

◇魂珠の碑石を見つけ、アニマを開放する。(1/10)

================


 つまり……一つでも見つけたらある程度開放。全部で10個あるよ。ってことか。


 宝石を失った碑石に目を戻すと、ちょうど碑石そのものが薄れ、消えていくところだった。跡にはもう何もない。一回きりなんだろうか。


 とりあえず……祭壇に戻ろう。

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