第一章2話 脳内に響く声は天使か悪魔か

士道の視界に広がるのは、なだらかな傾斜がついた草原と樹木。。真後ろにはに今やがれきの山と化した施設。草原を下ったところの樹木から果実にありつける可能性は高い。


後は水分があれば取りあえずの危機は去る。多少冷たい風が吹き士道の顔にかかるが幸いな事にあの科学者に着せられたボディースーツは不思議と暑くも寒くもなく、当時流行ったリラクゼーションウェアの様に着ているだけで疲労感が取れるようだ。



「全くこのスーツは感謝だわ。いや、生きている事にも感謝した方がいいのか?って言うかアイツは実験体扱いしてたし別に良いか。」

アイツ、とは彼に治療と称して実験体にした科学者である。


しかし現状を確認出来る範囲で、人の気配が全くない。復活早々に無人島生活が始まった様なものだ。動物が生息している気配も周囲にはない。風が吹き、植物があり、土が乾いていないと言うことは昆虫、微生物の類は生息しているだろう。ここを下って何処かに行けば人に会えるのだろうか?


取りあえず現状を確認するのが先だと士道はそして近未来的デザインのリュックを開けようとする。リュックを取ったときには慌てて気づかなかったがリュックから1本の棒の様なものが飛び出ている。まずはそれを引き抜いてみた。


引き抜いたそれは一見して刀を思わせるものだった。刀身約80cm弱、若干の反り。鞘と鍔、柄があるが鞘は黒塗りというより黒色の金属で出来ており鞘の側面にはバッテリー残量メーターや、小さな多色のランプがついて明滅したり点灯、消灯している。鍔も装飾こそ純和風だが見たこともない金属でできておりセンサーの様なものがついている。柄は鍔の直ぐ下に複数のボタンがついている。これは「刀の形をした何か別のもの」だ。


取りあえずこれは後回しにして、リュックの中身を確認した。まず錠剤が200位入った瓶、コンソメスープの素のようなブロックが箱に同じく200位入っている。後は黒く光を反射しない素材のフード付マント。あとは先ほどの刀のような何かをそのままナイフ形状にしたものと。美容師が着けるようなウエストポーチ、最後は濾過、いや高度な浄化装置が着いた水筒が入っていた。


士道にはこのリュックの中身で未来をサバイバルしろと思わされた。

だが彼は現状にに絶望したかと言えば、案外楽しんでいた。まず身体が意思通りに動く、走れる、跳べる、酸素吸入器なしで呼吸が出来る。身体にまとわりついていた薬液用チューブも無い。そして、彼を人格否定し、事あるごとに歩み寄って宥める必要がある面倒この上ない名ばかりの家族もいない。



娘の事だけは別で心配してみたが、『あの子は俺なんかよりよっぽどタフで幸せに生きる天才だから大丈夫』と妙な安心をした。ふと、自分のことを『私』ではなく『俺』と意識していることに気づいた。解放されたからだろうか?それともこの素晴らしく若い肉体のおかげか。 俺と呼ぶ自分を意識すると何だか昔に戻ったみたい自由になれた気がした。


それにしてもだ、このサバイバル状況と見慣れないグッズ。どう見ても思い出してしまう。気づくと独り言を始めていた。


「あー、ベッドでよく読んだ無人島生活ってやつ?憧れてたんだよなー。何の因果か叶っちまったよ。取りあえずこの傾斜の下の木まで行って実がなってるか確認だな。うん。」

そう言いながら軽くなった身体に感動しながら一歩一歩跳ねるように進んでいく。


一時間程度歩いただろうか。草原の終わりを見てがく然とした。

「が、崖じゃないか。危なっ。下には川が流れているけどこの高さは襲われた時に一か八か飛び込むレベルの高さだ、これ。」

向こう岸までは優に10mはあり、飛び越える事は勿論、下に降りる選択肢も秒で削除し、取りあえず目的の木々を確認した。


「お、ラッキー!果実らしきもの発見でーす!」

実際間近で見るとその森には高さ5m位の梨の木があり果実がなっている。士道は困った。

「うん。取れない。ハシゴとか、、ある訳ないよな」

一番低い枝になっているものでも3m程度の高さだ。

「木登りとか子供の時以来してないし。面倒くさいけどやるしかないのか、、」

ため息をついて地面を見ると落ち葉と共に小石を見つけた。


「枝に当てて落とせるかな?」


士道は左手で小石を掴み、軽くオーバースローで投げてみた結果、驚愕した。腕がひゅんとしなったかと思えば、軽く投げたはずの小石がまるで野球選手の豪速球の様な勢いで枝に向かって飛んでいき、そのまま石に当たった部分は飛び散り、果実付きの枝がそのまま落下したのだ。


「は?何これ!?あり得ないでしょ。俺ってただのオッサンだったはずよ?」

カプセル治療時に18歳程度まで回復している身体はオッサンのそれと違うのだがそれにしても、である。


「しかも狙いも正確すぎるわ。今なら的にむかってボールを投げるアレに出たら100万円とれるな。」

士道が昔見たTV番組のことだろう。


突然脳内に声が聞こえる

『....マスター?...マスター?』

士道は驚き周りを見渡すも当然誰もいない。

『マスター、聞こえますか?』

「え?頭に響いてる、、、何これ怖い。幻聴?違う確かに響いてる」


士道は動揺する。が、霊の類は信じない人間だ。原因は何なのか。

『マスター?聞こえてるのですね、良かった。安心しました。私はあなたの体内のバイオナノマシンです。覚えていませんか?』


士道は思い出した。あの科学者の言葉を脳内再生した。

『確かにナノマシン治療とか言ってやがったなアイツ。。。』

『そうです!そうです!覚えてましたね。良かった。あ、あと今みたいに声に出さなくても念じるだけで意思は読み取れるので。オッケーですよー。』


それでも、慣れない士道は口に出してしまう。

「うわ、よくよく考えたらナノマシンって滅茶苦茶ちっちゃい機械だろ?身体の中に機械入れるとか、アイツマジヤバイ。てかさ、このナノマシン?軽い感じの女の喋り方してる。ナノマシンって女なの?身体の中に女がいるって俺の性別は?男だよね?」


士道は情けなくも思わず自分の身体を眺め胸に膨らみがないことを確認してその後自分の下腹部を見て安心した。


『うわー、マスターって残念なオツムの人なんですかぁ?そんなわけ無いじゃないですか!私はいわゆる始原のナノマシン。完成品としては第一号かつ最高級の集団ですね。『始原』ってのもあの科学者さんががそう呼んでました!


あと数は取りあえず物凄く一杯マスターの中にいます♪一応意思統一して話しかけてるんですよぉ?あ、私の人格は科学者さんがこんな性格のAIにしたみたいです。茶目っ気あって良くないですか?あ、あとマスターが女性への変身願望あるなら作り替えてあげますよぉ。私達って高性能ですから!』


「いらんわ!ってかこいつさりげなく俺のことバカにしてる?」

士道はむかっとしたものの思ったほど腹も立たず、自分も成長したなーと思っていると『マスターってやっぱり残念な人ですねぇ。。。私が感情をある程度制御してあげてるんですよぉ?』


士道が泣きたくなったのだか必死で堪えた。男の子である。

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