第三五話 脆い存在


「「「えぇっ……!?」」」


 ハスナ、シルル、シェリーの上擦った声が重なる。


 俺が勇者パーティーの一人、ルシェラから受け取った手紙の内容を話したあと、約束の日に会いに行くと告げたからだ。それまで空き部屋だったのに急に賑やかになったから隣の住人もさぞかし驚いてるだろう。さすがに壁ドンまではされなかったが。


「うが……ハワード、行くのはやめたほうがいいと思うです。絶対に裏があるです」


「ひぐっ。あたしもそう思うの! 不穏な臭いは今のところしないけど、そんなに先のことまではわからないから心配っ」


「それがしも不安で不安で……。ハワード様、いくら神の手があるといえど、勇者パーティーの狡猾さを甘くみてはなりませぬ……」


「……」


 俺は自分の考えを変えるつもりはないが、みんながここまで必死に訴えるのもわかる気がする。ルシェラに何かあったときのためにと勇者パーティーが近くに潜伏してるのはわかりきってるわけだからな。


「もしものこともあるかもしれないって心配してくれる気持ちはわかるが……こっちが手を出さない限り向こうが仕掛けてくることはないはずだ」


「「「……」」」


「大丈夫だって。やつらは確認したいんだよ。俺が神の手を以前のように使えるのか、あるいはそうでないのか……。使えるとわかればしばらく策を練るために隠れるだろうし、まだまともにできないとわかれば、おそらく迷宮術士の作ったダンジョンを俺に挑ませておいて、コアと戦ってる最中に俺もろとも倒して攻略する腹積もりだろう」


「うがあ……もっと悪い人間がいかにも考えそうなことです」


「めっちゃ腹が立つのー! ひぐっ」


「うぬぅ、勇者パーティーというのは最早名ばかりの悪辣な集団ということか……」


「……ただ、俺としてはそういう策をやってくれるほうがやりやすい。無駄に警戒されて行方不明になられても困るだろ?」


「「「確かに……」」」


 みんなもそこは納得してくれたみたいだ。とにかくやつらを誘き出さないことには何も始まらないわけだからな。


「勇者パーティーにはとにかく苦しんでもらいたいし、怪我をしたように見せかけてやつらの作戦に乗ってやるつもりなんだ」


「しかし……ハワード様、演技だと見抜かれてしまう恐れも……」


「シェリー、そこはちゃんと手を打つつもりだ」


「でもハワード、


「え……?」


「くんくんっ……ひぐっ。ハワードさんの纏う雰囲気からちょっとだけど不吉な臭いがするのー」


「おいおい……」


 ハスナとシルルは冗談を言ってるのかと思ったが、至って真面目な顔だ。


「確かに、ハワード様のお顔の色が酷く優れないかと……」


「……」


 シェリーまで……。俺はまさかと思って、部屋の片隅にある割れた鏡台で確認してみたところ、自分でも信じられないほど青ざめていた。


 これは……酷いな。俺は都合が酷く悪くなると顔が青白くなって右の頬が僅かに引き攣る癖があり、陰鬱な空気を纏ってしまうこともルシェラに知られてるし、ハスナたちの指摘がなかったら危ういところだった。


 これじゃ演技以前の問題で、こっちに何か裏があるんじゃないかと怪しまれるのは間違いないな……。


 さて、早速心敷の準備だ。メンタルの部分を一つだけ鍛えて『+1』にしておこう。ついでに演技力も、わざとらしくない自然な範囲ってことで『+2』まで上げるか。


 カンカンカンッ……よし、これで充分……だと思ったんだが、が足りないように感じた。一体なんだろう……?


「うがっ、ハワード、私もついていくです」


「ひぐっ、ハワードさん、あたしも行くのー」


「ハワード様、それがしも是非お供を……」


「みんな……」


 ハスナ、シルル、シェリーの言葉で、俺は心がじんわりと温かくなるのを感じるとともに、こうも自分が脆弱な存在であるかを思い知らされることになった。足りないと思ったのはきっとこれだ。気が付かないうちに仲間の存在が俺と一体化していて、血のように心の中まで循環していたのだ……。


「……わ、わかった、俺もお前たちが近くにいてくれたら心強いからな。ただし、潜伏するのが前提で、それも気配の数値を折ってからにしてほしい」


「「「了解っ!」」」


 みんなの元気な返事を聞いたとき、俺は心の隙間が埋まっていくような感覚を覚えた。これならきっと大丈夫だ。


 久々にルシェラの前に立ったときどういう感情が芽生えるかはまだわからないが、何が起きてもびくともしないと思えるくらい、今の俺には余裕があった。

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