2.急転直下の号令
それは、なんとなく聞き覚えのある声だった。
咄嗟に風呂の出入り口に目を向けると……案の定、
「ばっ、ばぁや?! どうしてここに……!!」
そう。チェルシーんとこのばーさんが、血相を変えて現れたのだ。
どうやってここに来たのかはわからないが、慌てた様子でゼェゼェと荒い息をしている。
「たっ、大変ですぞ! 魔王が……ヴィルルガルムが復活しましたのじゃ! ファミルキーゼの中枢を破壊しようと、暴れ回っております!!」
「え……?!」
「それは、本当なのですか?!」
息を飲む俺たち。チェルシーはざばざばと湯を掻き分け詰め寄る。
ばーさんは頷き、
「あの紋様……間違いなくヴィルルガルムですじゃ! しかも、よりによって……巨大なドラゴンの姿に生まれ変わりよった……!!」
「ド、ドラゴン?! つーか、前回倒したのは十年前なんだろ? そんな短期間で復活するモンなのかよ?!」
「通常なら五十年から百年に一度の頻度なんじゃが……伝承では、十年足らずで復活した異例の年もあったとされている。今回もその、異例中の異例なのかもしれん」
な、なんたる急展開……まさかこんなに早く魔王が復活するとは。
それじゃあ、あのチェルシーの住まう世界が……ファミルキーゼが、今この瞬間も破壊されているってことか……?
「それって超やばいじゃん! なんとかしなきゃだよ!」
「……チェルシー、どうする?」
芽縷と煉獄寺に問われ……チェルシーは、俯く。
「で、でも……わたくしなんかの力では、とても魔王を倒すことなど……ましてや、まだ咲真さんとの子をもうけていないのですから、永久に葬ることもできないですし……」
こちらに向けた背中が、小さく震えている。
当然だ、怖いに決まってる。
いくら魔王と戦う宿命を背負った王族とはいえ、あまりにも急すぎる。
その重圧たるや……想像するだけで、俺まで震えてきそうだ。
だが……今のチェルシーの言葉には、些か思うところもあった。
震えるチェルシーに、芽縷と煉獄寺も表情を曇らせ、
「そっか……魔王を倒すために、子どもを作ろうとしていたんだもんね」
「……たしかに、"光の勇者"でないと、魔王の永久追放は叶わない」
などと、打つ手なしといった口ぶりで、揃いも揃って下を向くので………
……俺は、もう我慢の限界だった。
「………何言ってんだよ」
低い声音で呟き、ザバッと立ち上がる。
「子どもがいないから、何もできないって……? ほんと、いい加減にしろよお前ら。どいつもこいつも……すべて自分の子どもに背負わせようとしやがって」
そして、芽縷、煉獄寺、チェルシーに、それぞれ鋭い視線を向けて。
「まだ生まれてすらいない存在に頼るなよ! だからお前らとは子作りなんかしねーって言ってんだ! そんな不幸な運命、我が子に背負わせる親がどこにいる?!」
三人が、はっとした表情をする。
高ぶる気持ちに声を震わせ、俺は続ける。
「まずは今、自分たちからだろうが! ここには誰がいる? 魔王封じの血を引く姫君と、魂を受け継ぐ魔王の生まれ変わりと、未来の技術を携えた魔王の子孫と」
バンっ! と、俺は自分の胸を強く叩いて、
「最強の魔力を持つ、俺がいるだろうが! こんだけのメンツが揃ってんだ、作ってもいねー子どもに頼る前に、今! 俺たちにできることが!! あるはずだろうがぁあっ!!!」
声を張り上げ、思うがままに叫んだ。
そして……泣きそうな顔したチェルシーに向かって、
「……行こう、チェルシー。一緒に行って、魔王を倒そう。お前を一人で戦わせたりはしない」
静かに、そう伝えた。
彼女は、くしゃっと顔を歪ませて、ぽろぽろと涙を流した。
その横で、芽縷と煉獄寺が互いに顔を見合わせ、笑う。
「……たしかに、あたしたち、何でもかんでも子どもに任せようとしてたかも」
「……うん。落留くんの言う通り、今いる私たちで、何とかしなきゃいけない」
そして、二人はチェルシーをぎゅっと抱きしめ、
「大丈夫、チェルちゃん。あたしたちがいるよ。一緒に戦おう!」
「……何せ、魔王を殺らなきゃ私たちは生まれない。完膚なきまでに、前世を倒す……!」
「薄華ちん、言い方」
そう言って、笑う。
チェルシーの表情から、不安や緊張が少しずつ消えていった。
「……芽縷さん、薄華さん。そして……咲真さん。本当に、ありがとうございます。わたくし、今できることを全力でやって、必ずや民を護ってみせます!」
彼女は涙をぐいっと拭うと、柔らかな笑みを浮かべる。
「やっぱり咲真さんは、最高にかっこいいです。今のお言葉、胸がぎゅうっとなりました。ですが…………」
そこまで言ってから……何故か顔をみるみる内に赤く染めて、
「あの………そろそろ前を、隠していただいてもよろしいでしょうか……?」
なんて、手で顔を覆いながら、遠慮がちに言う。
前、って…………?
と、そこで。俺は初めて気がつく。
………素っ裸で湯の中から立ち上がり、偉そうに啖呵切っていたということに。
「……ぅ、うわぁぁああああっ!!」
ざぶんっ! と、股間を隠しながら湯に浸かる。
すると芽縷と煉獄寺が、口元に手を当てニヤニヤしながら、
「大丈夫だよ、咲真クン。すっごくいいセリフだったから。フルチンだったけど」
「……うん。かっこよかったよ。ぶらぶらしていたけど」
「だぁぁあああああやめろ! 死ぬ! 恥ずかしすぎて死ねる!! いや、もういっそ殺してくれ!! そうだ……魔王に殺してもらおう!!」
「咲真さん?! 縁起でもないこと言わないでください!!」
チェルシーは風呂から上がると、ばーさんの横に立ち、
「わたくしが向かうからには、誰一人として死なせはしません! 絶対に、魔王を倒してみせます! 行きましょう、みなさん!」
そこに、恐怖に震える姫君はもういなかった。
その力強い声に、ばーさんは、
「姫さま……今の姫さまならば、神託の子がなくとも魔王を葬れるやもしれない。ささ、すぐに参りましょう! まずは皆、身支度を整えて!」
『おーっ!』
「ってバカ! ここでタオルを取るな!!」
と、バタバタと風呂を出て、大急ぎで着替えを済ませてから……
「──転移魔法! リフタ:アッシェンブル!」
チェルシー持参の魔法陣入りミニ絨毯が、強い光を放つ。
俺は意を決して、三度目となる異世界へと、足を踏み入れた──
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