2.波瀾の自己紹介タイム




「……はい。ということで、これで全員揃ったわけだが」



 俺の左隣にチェルシー。

 その正面に煉獄寺。

 さらにその隣……俺の真向かいに芽縷、という配置で、俺たちはテーブルを囲むようにソファに座った。


 テレビ画面からは、曲の合間に流れる音楽情報番組が賑やかに流れており、俺たちの横顔をチカチカと照らしている。

 カラオケ店なのに歌うこともせず、ただ顔を突き合わせるだけなんて、なんともシュールな光景だが……

 他の人間に会話を聞かれることなく長居できる場所といったら、カラオケ店くらいしか思いつかなかったのだ。



「今日、このメンバーに集まってもらったのは他でもない。君たちに、互いの素性を知ってもらうためだ」



 そう切り出した俺の言葉に、芽縷だけが笑みを浮かべるが、チェルシーと煉獄寺は露骨に「?」な顔をする。



「まず、確認だが……チェルシー。君は、この二人がどういう人物なのか、知らないよな?」



 急な質問に、チェルシーは少し驚いた様子で、



「えと……クラスメイトの烏丸芽縷さんと、煉獄寺薄華さん、ですよね?」

「……煉獄寺も、チェルシーと芽縷について詳しく知らない、で正しいか?」



 話を振られた煉獄寺はビクッと震えてから、声をひそめて、



「……北欧から来たエルフっぽい転入生と、私なんかとは一生関わり合いのなさそうな陽キャ女子、という認識だけど」



 って、キョドってるわりには率直な物言いだな。

 そして最後に、



「で、芽縷だけがこの二人の素性をよく知っている……で、いいんだな?」



 俺に尋ねられ、芽縷は「うん」と頷き、



「何せ入学初日から、咲真クンに盗聴器を仕掛けていたからね。お二人とのやりとりは、全部把握しているよ♪」

『なっ……?!』



 その発言に、俺だけじゃなくチェルシーや煉獄寺までもが戦慄する。コイツ……不法侵入だけでは飽き足らず、そんなことまでしていたとは……!



「い、今すぐ外せ! さもなくばタイムパトロールに突き出すぞ!!」

「にゃは。安心してよ、昨日キミの身体に触れた時にブツは回収済みだから」

『かっ……身体に触れた……?!』



 と、今度はチェルシーと煉獄寺が声を上げる。だぁああもう、ややこしい言い方を!



「とにかく! 君らは……特にチェルシーと煉獄寺は、どんな目的を持って俺という人間に近づいて来ているのか、お互いに知らないわけだな? まずはそこからだ。というわけで、チェルシー!」

「はっ、はいっ!」



 肩を震わせる彼女に、俺は真剣な眼差しを向け、言う。



「……君の本当の出身地と、こちらに来た目的を、正直に話してくれ」



 それに少し戸惑うような表情をするが……

 俺の視線から何かを感じ取ったのか、一つ頷き、



「……わたくしは、こちらとは異なる世界……ファミルキーゼという国の、王女です。邪悪なる魔王・ヴィルルガルムを永久に葬るため……その力を持つという子を産むため、強大な魔力を持つ咲真さんの元へやって参りました」



 凛とした声で、目の前の二人に向け、そう言った。

 煉獄寺が、驚いたように目を見開く。



「……煉獄寺。君も、俺に近づいた目的を、あらためて話してくれ」



 今、チェルシーから告げられた言葉に動揺しているのか、彼女はしばらく俯いてから、



「……わ、私は…………魔王・ヴィルルガルムの、生まれ変わり。前世で"光の勇者"に滅ぼされ、二度とファミルキーゼに復活することができなくなったため、こちらの世界に転生してきた……」

「え…………今、なんて……?!」



 チェルシーが勢いよく立ち上がり、身構える。

 まぁ、こうなることは想定済みだ。



「チェルシー、落ち着け。今のこいつに魔王の力はないらしい。そうだよな?」



 続きを促すように煉獄寺に投げかけると、彼女は静かに頷き、



「……"光の勇者"に、魂と魔力を分離させられた。今の私に残っているのは魂だけ。半身である魔力は……落留くんが持っている。魔王の魂と魔力、どちらも合わせ持つ子どもを産むため、落留くんに近づいた」



 そう、淡々と言葉を紡いだ。

 チェルシーは「そんな……」と呟き、ソファに腰を落とす。

 悪いな、チェルシー。けど、これは君にとっても有益な話なはずだから、もう少しだけ聞いていてくれ。



「……んで、最後。芽縷は何者かと言うと……」



 はぁ、とため息混じりに言うと、彼女は自ら進んで手を上げて、



「はいはーいっ! あたしは、咲真クンと薄華ちゃんの孫の孫の孫だよーっ☆ 世界をシメる魔王一族の子孫で、未来からやってきたんだ♪ だけど後継者であるあたしが魔力を持たずに生まれちゃったから、このままじゃ一族の支配権も世界の秩序もやばーい! ってカンジで、魔力を持つ後継者を産むため、咲真クンの子種をもらいに未来からやってきましたーっ♡」



 って、だから言い方! 年頃の娘が子種とか言うな!!

 最後の最後に特大の爆弾を放り込まれ、目が点になるチェルシーと煉獄寺。うん、そりゃそうなるわな。



「はい。じゃあまとめると……チェルシーは、異世界転移してきたエルフの女王。煉獄寺は、異世界転生してきた元魔王。芽縷は、タイムリープしてきた孫娘。と……そういうことだ」



 ……いや、何が『そういうことだ』だよ。何なんだこの、昨今のアニメの流行シチュで固めたような状況は。自分で言ってみても今だに意味がわからない。

 ただ、確かなのは……



「そして……全員、俺の魔力を自分の子どもに授けたくて、近づいてきた」



 ということである。



『………………』



 三人の少女たちは、互いの顔を伺うように見合わせる。

 そして、



「……煉獄寺さんは、本当に、ヴィルルガルムの生まれ変わりなのですか……?」



 最初に沈黙を破ったのは、チェルシーだった。

 震える声でそう尋ねられ、煉獄寺は一度目を伏せると……

 徐ろに、自分のワイシャツのボタンを開け始め、



「……あちらの世界の者なら、これを見ればわかるはず」



 と、俺にした時のように、胸の谷間に隠されたウロボロスの紋様を見せつけた。


 チェルシーは目を見開き、自身の口元を手で覆う。

 彼女にとって、これは何よりの証明になるだろう。

 両親の仇であり、長きに渡って民を苦しめてきた魔王の生まれ変わりが、目の前にいる……どんな感情を抱くかは、想像に難くない。

 しかし、繰り返すがこれはチェルシーにとって何も悪い話ではないのだ。何故なら……



「うわっ。体育の着替えの時から思ってたけど……薄華ちゃんてホントおっぱいおっきいよね! 隠れ巨乳!!」



 そうそう。おっぱいは世界を救う……じゃなくて! おい芽縷テメェ!!

 俺がツッコミを入れる前に、煉獄寺が訝しげな表情で芽縷を見返し、



「……ていうか、あなた……私と落留くんの子孫って……設定に無理がありすぎるんですけど……」



 胸元をしまいながら、そう呟く。

 芽縷は「うーん」と腕組をして、



「でもぉ、ウチの家系図データ覗いたら咲真クンと薄華ちゃんの名前がたしかにあったんだよねー。閲覧制限かかっていたから全員の名前見れたわけじゃなかったけど……ま、こうして同時代に揃っているんだから、お二人が子どもこさえたって考えるのが普通でしょ? ほら、血縁関係の鑑定書もあるし」



 そう言って、鞄から例の鑑定書を取り出して見せる。

 なんとなく推測混じりな物言いに、俺は少し身を乗り出して、



「それって、俺たちの未来を見てくればわかることなんじゃないのか? タイムリープできるんだから、それも可能だろう」

「それがさぁ、この年代より先には何故かんだよね。ここよりも前に飛ぶことはできるんだけど……だから、咲真クンが実際は誰と子どもをもうけたのかは見に行けない。けど、魔王の一族はたしかに存在して、あたしの時代まで続いている。だから、魔王の魂を持つ薄華ちゃんと結ばれたって考えるのが自然でしょ?」



 などと、明るい口調で言ってのける。



「この年代から先を、見に行けない……? 何故なんだ?」

「わかんない。もしかすると……今、この時が、未来を決める分岐点なのかもよ? あたしは、数あるルートの中からたまたま生まれた結果の一つ……みたいな?」



 ニヤリと笑う芽縷の返答に、俺は背中に冷たいものが伝うのを感じる。


 なんだよそれ……

 それじゃあ、選択次第では……

 芽縷は…………


 と、恐ろしい仮説が浮かびかけるが、斜め前方で煉獄寺がぶるぶると震え出し、



「……あなたが子孫だなんて、認めない。だって……」



 バッ、と立ち上がり、芽縷をビシィッ! と指さして、



「……陰キャと陰キャの子孫が、こんなウェイ系陽キャ女子になるはずがないもの……!!」



 珍しく少しだけ、語気を強めて言い放った。うん、たしかにそうだが、ナチュラルに俺のこともディスってるからな、それ!

 芽縷はといえばまったく怯む様子もなく、きゅるんっと口元にこぶしを当て、



「えー。そんなこと言わないでよ、おばあちゃん♡」

「……お、おばあちゃん……?! ならば私も、あなたのことはセワ●くんて呼ばせてもらう……!!」

「落ち着け、煉獄寺! ●ワシくんはの●太の孫の孫だ! 二世代少ない!!」

「あ、あのー……」



 立ち上がり声を荒らげる俺の横で、チェルシーが遠慮がちに手を上げる。



「結局のところ……咲真さんは何故、わたくしたちを引き合わせたのですか……?」



 控えめな声で発せられたその質問に、芽縷と煉獄寺も「たしかに」と言わんばかりの視線を俺に向ける。


 俺はゆっくりとソファに座り直し、一つ咳払いをしてから、



「……君たちをここに呼んだのは、何も仲違いをさせたかったからじゃない。理由は……二つ、確認したいことがあるからだ」



 そう言って、右手の指を立ててみせた。


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