4.これより神聖なるヲタ活を開始する




 ──翌日以降も、俺はなにかとチェルシーの面倒を見ることとなった。


 ゴミ出しのルールがわからないと言うので、登校前に彼女のアパートを訪れたり。

 放課後にはファストフード店に立ち寄り、この国の常識をあれこれ教えるなどした。


 彼女は飲み込みが早く、且つ非常に素直なので、俺が教えることをよく理解してくれた。

 おかげでボロを出すことも次第に減り、クラス内に女子の友だちもできたようである。



 よかった。

 こちらの世界でなんとか生活していけそうだな。


 と、少しばかりの達成感を味わいながら帰り着く寮の自室。

 今日は金曜。明日あさっては、休日である。


 さて。宿題は明日やるとして。

 今日はゆっくりスマホゲーのイベントでも消化するか……


 と、ベッドに寝転びスマホを覗き込むと、



「……お」



 芽縷からラインヌだ。そういえば今週はほとんど話せなかったな。

 メッセージアプリを立ち上げ、トーク画面を確認する。と、



『やっほー☆ 今週もおつかれ! ねぇねぇ、前に言ってた部活の見学、一緒に行こうよ! 次の日曜日とかどう? バスケ部が体験入部させてくれるんだって』



 そうだ、体験入部。約束していたんだった。もう何部に入るか決めた奴もいる頃か。



『おー、そうだな。遅くなって悪い。日曜日、空いてるよ。行ってみるか』

『わーいありがとう! 楽しみ♪』

『時間は?』

『朝九時に体育館集合だって。いつもと同じくらいの電車に乗っていこっか。って、今週は全然咲真クンと一緒に登校できなかったけどねっ』



 という文面の後に、頬を膨らませて怒るネコのスタンプが送られてくる。


 ……え? まさか、怒ってる?

 なんで? チェルシーの家に行くため、芽縷と登校できない日は事前に連絡を入れていた。すっぽかしたことはないはずだが……

 ど、どうしよう。なんて謝れば……いや、何に対して謝ればいいんだ?


 などと、返信できないまま困惑していると、



『なんてね。ちょっとヤキモチ妬いてみた。不慣れなミストラディウスさんを助けてあげて、咲真クンは本当に優しいね』



 再び送られてきた芽縷からのメッセージに、俺はさらに動揺する。


 や、ヤキモチ……?!

 芽縷がチェルシーに、ってこと……?

 それって……つまり…………



『それじゃあ、日曜日。いつもの時間に寮の前集合ね。寝坊しないでよ!』



 自惚れた俺の考えにストップをかけるように、芽縷はラインヌのやり取りを切り上げた。

 諸々に対し何と返すべきなのかわからず、俺はとりあえず『OK!』というスタンプだけを送っておく。ほんと、情けない野郎だよ俺は。


 にしても、ヤキモチか……本気かな。

 いや、芽縷みたいな生まれながらのキラキラ系女子が、俺に対してそんな感情抱くはずがない。きっと冗談だ。からかわれただけだ。


 そう自分に言い聞かせて、俺は再びスマホゲームを開こうとする……

 と、またラインヌのメッセージが届く。

 今度の送り主は……



「……煉獄寺?」



 それこそ今週一度も会話することがなかった彼女から、『や。起きてる?』という短い文面が送られてきた。



『まだ晩飯前だろ、さすがに起きてるわ。どした?』

『実はおぬしにまた取ってほしいプライズがあっての』

『突然の「のじゃロリ」口調。いいよ。いつ行く?』

『明日はどうじゃ?』

『おお、急だな。特に予定もないし、行くか』

『……急ではない』



 ……ん?

 明らかにテンションが変わった返答に首を傾げると、すぐに追加でメッセージが入る。



『放課後、落留くん来ないかなって、駅前のゲーセンで毎日待機してた』



 なっ……そ、そんな……



『全裸で』



 それは嘘だろ!!

 まじかよ……特に約束していたわけではないが、なんだか悪いことをしたな。



『それは申し訳なかった。てか、連絡くれればよかったのに』

『あのエルフみたいな転入生と仲良くしているみたいだから、水を差すのも悪いと思って』



 みたいなっていうか、正真正銘エルフなんだけどな。

 つか、俺がチェルシーといることを知っていたのか……見ていないようで意外と見ているんだな、こいつ。



『幼馴染みだからな。慣れるまでいろいろと教えてやっているだけだ』

『べっ、別にあんたが誰と仲良くしようが、私には関係ないんだからね!』

『今度はツンデレキャラかよ! とにかく、変な気を遣わせたのなら悪かった。明日はとことん付き合ってやるから、全裸待機させた罪はそれでチャラにしてくれ』

『うむ、苦しゅうない』



 それから待ち合わせ場所や集合時間を決めて、煉獄寺とのやりとりを終えた。


 おお……なんだか急に土日の予定が埋まったぞ。

 明日は煉獄寺とゲーセン、明後日は芽縷と体験入部か。

 なんて充実した週末。

 しかし、そうなると問題なのは……



「……宿題、今の内にやっておかなきゃじゃん」



 そのことに気がついた俺は、開きかけていたスマホゲームの画面を閉じ、おとなしく勉強机へと向かった。休日を心置きなく楽しむためだ、仕方ない。



 教科書を取り出そうと、通学用の鞄を漁る……と、一冊のノートが目に入る。

 放課後、チェルシーにいろいろ教える時に使っているノートだ。


 ……そういえば、彼女はこの週末、一人で過ごしているのだろうか。

 平日は俺にあれこれ聞けるからいいが……休日、知っている人間に会えないとなると不安なのではないだろうか。

 来たばかりの世界で、たった一人きりで休日を過ごすなんて……



「……寂しいんじゃないか?」



 ……明日か明後日、立ち寄れるようなら、彼女の家を訪ねてみようか。

 などと一瞬考えるが……それはさすがにやりすぎか?

 昔から邪悪な姉たちに『女の子には優しくしろ』と口煩く言われ続けてきたせいか、どうにも親切とお節介の線引きが難しい。


 ……まぁいい。それは明日考えるとして。

 兎にも角にも、今は目の前の宿題を片付けよう。

 女子に纏わる悩みよりも、答えのある宿題の方が、よっぽど早く解決するだろうから。




 * * * *




 ──翌日。


 俺は煉獄寺との待ち合わせ場所に、約束の時間よりも少しだけ早く着いていた。

 先日、チェルシーを連れて訪れたターミナル駅だ。若者向けの服屋やカフェはもちろん、デートにもってこいの水族館やプラネタリウムなんかもある、巨大な繁華街。


 その一角に、アニメショップや同人誌を扱う書店、プライズが充実したゲームセンターなどが立ち並ぶ『オタクロード』と呼ばれる通りがあるのだ。本日の我々の目的地は、そこである。



 そう。これは、決してデートではない。

 神聖なるオタ活だ。



 ……と、自分自身に言い聞かせてしまうくらいには、今になって意識し始めてしまっているわけだが。



 え。でも実際これって、はたから見たらデートなのか?

 そんなこと言ったら、こないだチェルシーと二人で展望台に行ったのもそうなってしまうが……


 いや、大事なのは当人たちの気持ちだ。

 チェルシーとは観光、煉獄寺とはオタ活。

 断じてデートではない。よし。



 と、心を落ち着かせた矢先、



「……落留くん。お待たせ」



 横から、雑踏に掻き消されそうなほど小さな声が聞こえる。

 全く気配を感じなかったので、少々驚きながらそちらを見ると……


 私服姿の煉獄寺が、ちょこんっと立っていた。

 うさぎのワッペンが付いた、トレーナー地の黒いワンピース。

 同じく、黒のニーハイソックス。ピンクのスニーカー。

 いつものおさげ頭にアニメキャラのバッジがついたキャップを被っている。

 斜めにかけたショルダーバッグにもバッジやキャラもののキーホルダーがいくつもぶら下がっていた。


 ……率直な感想を言おう。可愛い。


 ファッションのことはあまり詳しくないが、この服装は、煉獄寺にとてもよく似合っていた。

 って、やばい……『デート』を意識しないようにって思っていたのに……

 これは想像以上に、『ただの可愛い女の子』だぞ。


 などと、美少女力がより強化された礼装にただただ石化していると、



「……へんじがない。ただのしかばねのようだ」

「いや生きてるわ。おはよ。そのアクキーいいな。アニくじの景品か?」



 ここで素直に服装を褒められる奴がモテるんだろうな。非モテな俺は、オタク目線な話題で動揺を誤魔化した。

 その問いかけに、彼女は自分の鞄のキーホルダーを見下ろして、



「……これは、ニャンジャタウンのタイアップイベントでもらったやつ」



 愛らしい見た目に反して、相変わらずぼそぼそと喋る。こいつ、ラインヌだと割と饒舌なんだけどな……不思議だ。



「それじゃあ行きますか。ゲーセンいくつか回って、景品いろいろ見てみよう」

「……うん。よろしく、師匠」

「って、いつから師匠に」



 という茶番を繰り広げつつ、俺たちは『オタクロード』へと向かう。


 ゲーセンは何軒かあるが、店によってプライズのラインナップや置き方が違う。

 最も費用対効果の高い店を見極めること。これがクレーンゲーム攻略の鉄則だ。



「……落留くん、本当にその道のプロみたい」

「まぁ、中二まではそればっかりやっていたからな……あまり自慢できることじゃないが」

「……何事も、極めるまでやり込めるのは、ある種の才能」

「ありがとう。そう言ってくれると、中学までの俺が報われるわ」

「……そうこうしている内に、最初の狩り場に着いたみたいですぜ」



 何故か悪役の下っぱみたいな口調になる彼女の言葉に正面を見ると、そこには一際大きなゲームセンターが聳え立っていた。

 全国に系列店を構える、巨大チェーン店だ。


 俺は一度、右肩をぐるりと回すと、



「──さて。箱に囚われた嫁たちを、助けに行くとしますか」

「……お供いたしやすぜ、師匠」



 って、駄目だ。こいつといると俺まで厨二っぽい言動になるな。

 でも……確かに。


 こんな風にワクワクするの、中二以来かもしれなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る