第6話 八月 八日


今日がティッシュ配りとして生きる第一日だ。駅の前でネールサロンつきの八枚入りのティッシュを配る。ただそれだけ。

八枚とはかなりケチケチしている。

駅に行く前、自分の事を部長と呼ぶ上司からティッシュの入った箱を貰った。そこにいる知らない仕事仲間もその箱を貰った。

あの可愛い子もいる。

駅に繋がる道に適当に配置されて仕事は始まる。

俺は眼鏡をつけたのっぽと一緒に中央通りを任されたけど、互いに相手がただの男だという事への不満を剥き出しにしていた。

箱を道の横に置いて「お願いしまーす」と言い出す。

ティッシュを配って三分が経過したところでこれは退屈だという事に気付いた。

俺に興味のない歩行者にティッシュを渡そうとし、受け取ってもらおうが振られようが同じく「ありがとうございます」と言う。

部長が自転車乗りにも渡せとみんなに叩き込んでいたけど、自転車乗ってる人が受け取るとは思えない。

のっぽの方を見てみると、優等生のようにティッシュをテキパキと通り過ぎる人達に笑顔で渡している。白くて眩しい歯が真上の太陽の威勢でティッシュ、いや、プレゼントをみんなに、サンタクロースのように配っている。

俺は覚った、こいつはサイコパスだと。

このままだと箱が空にならないので、半端な気持ちで俺も手を差し出す。

朝のラッシュも終わり、人の通りが一分に一人のペースに落ちたらのっぽに聞いてみた。

「お前よくあれほど張り切れるなあ、俺なんてつまんなくて帰ろうとも思っちゃったよ」

冗談も交えて世間話を始めようとした。なのにのっぽは笑えない眼でこっちを見る。

「そういう態度は嫌でも押し殺した方がいいよ。俺達は見られてんだから」

「見られてるって、誰に?」

「お前知らないのか?カラスだよ。ティッシュ配りで出世する奴はカラスという仕事を始めるんだ」

「ティッシュ配りに出世なんてあるのか?」

「ちゃんと配ってないと後悔するよ」

そう言ってのっぽは箱からティッシュをまた手に取り、道を歩いてくるお爺さんに渡す準備をした。



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