第9話 謎の転校生A


 二年四組のみんなは、神斉先生の発言を受けて、にわかにざわつき始めます。

 それぞれ席に着いたまま腰をひねり肩をひねり。

 ずばっと、顔を見合わせました。

 いくつかの相談グループが生まれています。


「転校生?転校生っていうことは―――あの転校のこと?」


「え、何か聞いてる……? 誰かが来るとかそういう話」


「いやー、なにもないと思うけれど……」


 クラスメイトは各々、いぶかしむ。

 疑いの声色……。

 その転校以外はないでしょう、しかし……。驚きです。


「えー先生、それ本当~~?」


 それまで謎の生物出現という物騒なニュースに気を取られていたみんなは、着席しながらも、興奮を抑えきれないような表情。

 大げさなジェスチャーを組み合わせ、わちゃわちゃと、フェスティバルテンションになります。

 主に飴乃あめのちゃんが隣の席で「わちゃわちゃ」と言っていました。

 いやいや、実際言わなくていいですから。


「わちゃわちゃ!」


「楽しみー」


「どんな子なんだろうねー」


「いやいやいや、二年生になったばかりの今?」


「今でもいいじゃん」


「どうする?なんか、そのう―――すごいのだったら」


「オイオイオイ、期待するなよなー?」


 やれやれ、とこれ見よがしに両手のひらを天井に見せるジェスチャーを取るのが邦帆くにほくん。

 転校生といったってなんだかものすごい男子または女子が来るとは限らない。

 どこにでもいそうな普通の人が来る。

 そんなことを得意然と語っています。


 

 身振り手振りがウザいと顰蹙ひんしゅくを買いがちな彼ではありますが、私はそういった面白い動きを楽しむ心情がありました。

 日本人は動作が少なすぎて可哀想だなあ、なんて思います。


「え……?さいかアンタ外人ガイジンだったの」


 初耳なんだけれどそんな属性あった?と、アメちゃん。


「いやいや……違うけどさ」


 私は驚くと結構身体に出るタイプというか身体で驚いちゃうというか、そういったリアクションを披露しがちです。

 ……というか『顰蹙』って漢字、すごく難しいですね。

 中学生ではとても書きそうにない漢字ベストテンって感じです。



「マジで可愛い子きたらどうする?なーどうだよ沼浅ぬまさよぉ」


「ちょっとー積野せきのくーんナニイッテンノー」


「考え方、考え方キモいですー」


「そうよそうよ!すごくこう……安挫玲あんざれい似の子とか……そうじゃない?」


柏能かしわのさん」


「そんな奴が何で来るんだよ。 このクソ田舎に」


「ああっ……アンタそれ……言いやがったわね!」


「いや、それよりも変化球だな! なんか超すごい要素が……あるタイプかも。運動とかバリバリなタイプ来るぞ」


 クラスのみんなが好き勝手に思い付きを言い放ち。言い放題。

 騒がしいこと山のごとしです。

 楽しそうですね。


「おやおや、ずいぶんハードルが上がっていますぞー?」


 手の甲を頬に当てて、半笑いのアメちゃん。

 なんだかおちょくるような言い方です。

 明らかにこの状況を楽しんでいます。

 クラスのみんな、すっかりと盛り上がってしまって……ハードルですか、それはたしかに一理あるなと思ってしまいました。

 


 二年四組、このクラスの人数は二十三人もいます。

 その全員で一人を直視することは、考えただけで恐ろしいことです。

 人の目って怖い。

 私は怖いと思った、耐えられない。

 転校生は立場上、大変です。

 生放送のテレビに出るくらいの勇気ですよねえ。

 画面の真ん中に陣取るのは怖い。



 チャイムが校内に響き渡り、みんなが移動―――席に着きます。

 その時です、アメちゃんが見つめているのに気づき。

 えっ……なあに?


「転校してくる子、が、なんていうかさ」


「なあに」


「いい子で、仲良くなれるといいね」


「……うん」


 アメちゃんの目を見つめます。

 そう、この子が隣の席にいてくれてよかったな、友達になってよかったなあと思います。


「怖い怪談ハナシ、聞いてくれるといいね」


「それは……」


 やめてほしい、本当に。

 けれど同じくらい気の弱い子だったら助かります。

 私に降りかかる怪談攻撃を、他の人にも食らってほしいです。

 いやなんだか、なんというか---私が逃げるためにね?



 ★★★





「じゃあ、入っていいわよ」


「は~~~いぃ」


 廊下から一人、女子生徒が入って来ました。

 ゆっくりと歩いてくる……ツインテールがくるんと丸い。

 くりっとアーモンド形の瞳と、やや膨らみすぎな頬がもちもちとしています。


 

「『蟹場かにばりずむ』です!仲良くしてね~ぇ!」

 

 間延びした、舌がのろく絡まっているようなしゃべり方。

 ぺこり。

 転校生がお辞儀をしました。

 


 二年四組の教室に、ざわめきが広がります。

 クラスの反応は上々というか、先ほどまでの反応が嘘のようで、物騒なニュースのことを忘れてしまいました。

 歓声は上げずとも、それに近いなにかが沸く―――クラスのどこそこから聞こえてきます。テンションがみるみる上がっていくクラスメイト達。

 


「うっひゃああ、ちっちゃーい」

 

 女子陣から黄色い声が飛ぶ。

 歓声が飛ぶように売れています―――そんな感じ。

 確かに身長は小さかったです。

 私よりも小さく見えます。百四十センチにも満たないかな?

 その身長を、丸くまとめたツインテールで何とかして高く見せようとしているような、そんな印象を受けました。

 髪留めはオレンジ色です。


「おぉ」


「何アレぇ」


 みんな、ずいぶん可愛いのがやってきたなと思っているようです。

 あと、彼女の笑顔。

 明るい雰囲気に私もなんだかうれしくなります。

 それになんだか緊張します。



 アメちゃんが転校生をめっちゃ見ています。

 うわあ、転校生、注目浴びちゃって、大丈夫かなあ見ているこちらがブルーになってきた。

 自分の顔色、変色している気がする―――うつむこう。

 私は無理だな、私は植物で言うなら、オオバコみたいな人間だから。

 日が当たる場所には咲きたくないデス。




「さあさあ―――、転校して間もない蟹場かにばさんだけれど、みなさん何か。質問はあるかしら?」


 神斉かんざい先生の声で一斉に質問ラッシュです。

 

「はいはーい! 蟹場かにばさんはっ、趣味とかないんでーすかあ!」


 アメちゃんがびしっと手を上げます。机が鳴ります、すごい速攻ですね。


「シュミ~?」


 首をかしげる。

 目が大きいのは体が小さいからか、小学生に見えなくもないです。

 ものすごい美人の出現というよりは、学校に子犬が紛れ込んできたくらいの雰囲気といいますか。

 謎の一致を見せるクラスのみんな。


「好きなこととか」


「食べること!」


「部活は?りずむちゃん」


「部活~?考えてる最中だよ」


「えーと、じゃあ勉強とかどうですか、うまくいってますか」


「やるよ~!国語とかは得意かも。でも、ううん、ニガテだなぁ。お菓子食べるほうが好き~」


 少し笑いが漏れる。


「食べるキャラなんだ。食べるの好き?」


「そりゃあそうだよ~。えへへ~実はね、クッキー焼いたり~!」


「えええ!」


 作れるんだ、お菓子!

 わいわい騒がれると、少し恥ずかしそうに体を揺らす彼女。

 ツインテールがくるんと巻いて、ドーナツのような円型になっているのが見えました。

 それいいな。


「さっそく注目、集めまくりじゃないの、蟹場りずむ……いったい何者なんだ……!」


 アメちゃんは、じろじろ見ながら楽しそうです。

 ―――というわけで挨拶もほどほどに、


「じゃああっちの席についてくれるかな?」


「は~い!」


 私の隣の席につくちいさな転校生。

 アメちゃんとは逆サイドでした。


「よろしくね~」


 近くで見るとやっぱり花咲くような笑顔。

 私は安心します、可愛い子で良かった。

 見た目すべてを決めはしませんが。

 怖そうな不良のヒトとかじゃあないなら、大歓迎です。

 たとえば男子が来たとしても、どこか同性っぽさがあると、話しかけれるかも。


「昨日とか、作ったの?」


「え~?なんのお話ぃ?」


「お菓子!すごいじゃんヤベーじゃんケーキ作りとかすんの? 昨日も、作ったの?」


「昨日~?ああ………昨日はちょっとね~?一生懸命にぃ」


「?」


 何かぼそぼそ聞こえましたが、聞き返そうとしても。

 蟹場ちゃんは天井を見上げて呟きます。


「昨日はちょっと他のことやってた~」


 そうなんだ。

 私とアメちゃんは、ただ微笑みました。

 まあ転校生はいろいろとやることとか準備とかありそうだなあと、そんなことだけは想像できました。

 私たち凡人とは違いますよね。

 授業が始まります、いつも通りの日常。




 ★★★





 闇の中で、魔怪獣たちは顔を見合わせる。

 それぞれの、その視線に余裕はなく、張り詰めた空気である。

 これからの侵攻のための状況確認が続いている。


「ええ、お伝えしました。先日のグジュライメ隊の失態だけでなく、また新たな隊が人間の反撃を受けていると」


 昨晩、また一つの隊が被害を受けた。

 というより、全滅をしたのだと確認が取れた。


「どういった相手だ、その敵は何十人の部隊なのだ」


「そ、それが……」


 正直に情報を伝えて良いものか、迷ったが、結局その隊員は伝えた。

 ありのままの目撃情報を。

 レッベルテウスは目を見開いて聞き返す。


「ひ、ひとり……? オレンジ色の女?」


 いったい何者なんだ……。レッベルテウスはふらつきを感じつつ、天井を仰いだ。



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