第3話 記憶の中の


「母さん母さん、今日の昼ごはんは何?」

「母さん母さん、明日川へ連れて行ってよ!」

俺と兄さんは普段と変わらぬ生活を送っていた。他愛もない会話、当たり前の様な生活。


突然だった。


「ウィル、ファル。あなた達はこの森を離れなさい。」

まだ5歳の兄弟に母はそう言った。母は真剣な顔をして兄弟の方を掴み両目のキュウルを震わせた。何かと闘う前はいつもその眼を震わせる、兄弟は察するが何も言わない。母は殺しをする、兄弟のだめに。母アルテイナの住む森はよく人がやってくる。剣や盾や見たことのない杖を持った人。母は容赦なしに魔法を放ち惨殺する。小さい僕たちを守っているんだ、なんて優しい母親なんだ。

俺は俺が生まれてからの母親しか知らない。なぜあいつ等はこちらに攻撃をしてくるのか。あいつ等は悪いやつなんだ。


「母さんがいつもの様に悪い奴らを殺してよ」

兄さんは小さな手で拳を作り強気で母さんに言った。だが母さんは少し悲しそうな面持ちで微笑むだけ。

「あなた達のお父さんが捕まってしまったの、助けなければいけない。」

父さんとは一度も会った事がない、もう死んだのかと思っていた。俺たちをに会いにこない父さんを母さんは愛しているの?助けなくていいよ、父さんはもう俺たちを忘れたんだ。

「あなた達のお父さんは、あなた達を愛している。けれど会ってはいけないの。会ってしまえば、愛しくて離れられなくなってしまう。お父さんは魔女じゃないの、ここには来れない。」

間違えない、母さんは父さんを本当に愛していた。

いつも遊んでいた広場を今は3人で無言のまま突っ切っていく。暖かい木漏れ日なんてものは感じられない。自分たちが歩いている道に咲いていた花も無意識のうちに踏み潰していた。


まだ幼い俺たちでもわかる、もう取り返しのつかない事が起こりそうな予感がした。


魔女の森の出口を前に、母さんは兄さんと俺に自分の血を練り込んだ短剣と眼帯を渡し、俺たちに顔をもっと近付けてこう言った。

「この血に勝ちなさい、この眼をいつかあなた達の力で世界の為に使うのです。例えどんなに辛い事があっても、決して負けてはなりません。母さんはあなた達を信じています。お父さんとお母さんはあなた達を愛しています。またどこかで会いましょう」


どこかで会いましょう?死なないよね。


俺たちは深く考えずにわかったと言って、後を振り向かず走って森を抜けた。

抱き合いもせずに。


森を抜けてから何日も野宿をし、やがてカムイ王国にたどり着いた。全身泥だらけで服も破れており、見るからに物乞いの様だった。小さい体で検問を抜けるのは簡単。言いつけ通り眼帯をしっかりつけて中に侵入。ジロジロ見られる事が度々あったが気にしない、腹が減って死にそうだ、疲れていてヘトヘトだ、気が張り詰めていて今にも爆発しそうだ。

よく眠れたことはない、兄さんの足音意外のものを聴けばすぐに飛び起きる。モンスターだったら兄さんが目の力を駆使して攻撃し逃げる時間を作ってくれる。俺たちは幼すぎる、戦い方なんて知らない。昔に物陰から見ていた母さんと悪い奴らの戦闘をイメージしながら戦ってみるだけ。


『讃えよっ』

大きな城にたどり着いた時、それは聞こえた。


『ルークス家、カルマン・ルークス大剣士が三大魔女キュウルの子孫であるアルテイナを討伐した。多くの冒険者を犠牲にしてきた凶悪なアルテイナは関係のあった一人の男性ヒューマンと共に死んだ。我が王国の平和は確信した』


『おおおおぉぉぉぉぉぉ!』

歓声の声。なんてものは俺たちには聞こえない。凶悪?討伐?平和が確信した?これはなんの茶番だ。俺らの母さんを凶悪呼ばわり?幸せに暮らしていただけなのに。

俺の頭は真っ白だ。時間が止まる、息が止まる、空気の流れが止まる。吹いている風が感じ取れない。平和が確信されたかの様な夕焼けが綺麗な空の下、俺たちは立ち尽くし地面を見ることしかできなかった。


ふと兄さんに目をやると、兄さんの眼球は震えていた。怒りだ。殺意だ。

壇上にいたカルマンとその隣にいた女、そして彼らの子供の姉妹の顔、目玉に焼き入れる様に見た。姉妹は俺たちと歳が近い様だ、その目つきと髪色、彼らの目は純粋な正義に真っ直ぐな目をしている。初めて見た、こんなにも淀みの無い真っ直ぐな眼差し。母が殺されているのに、吸いいるように見てしまった。


「復讐だ、ウィル」

俺の視線を引っ張り戻すように兄さんは宣言する。

「兄さん・・・ダメだ。」

「あいつ等は母さんと父さんを殺したんだ!凶悪って言ったんだぞ。絶対に殺してやる。」

兄さんは涙を堪えている。俺には涙を見せたくない様だった。

俺も奴らを殺してやりたい。だが、


『この血に勝ちなさい、この眼をいつかあなた達の力で世界の為に使うのです。例えどんなに辛い事があっても、決して負けてはなりません。母さんはあなた達を信じています。』


母さんの言葉が脳裏に浮かぶ。母さんは自分が死ぬとわかった上で言っていたのだと気づいた。母さんの死を無駄にできない。

「兄さん、母さんの言葉を思い出すんだ。母さんは復讐なんてものは望んでいない!みんなの話を聞いただろ。母さんは凶悪な魔女の子孫だったんだ、俺たちがモンスターを殺す様に・・・」

「母さんはモンスターなんかではない!」

兄さんは俺の言葉を遮る様に言った。

すれ違った人々の会話を聞くには、三代魔女とは世界をも揺るがす恐怖の魔女らしい。何国も潰したとか、伝説の英雄がいなかったら今の暮らしはないとか。その血筋のものは何人死のうが徹底して討伐しなくてはいけない。

何十人もの人の口からそんな事を聞き、もう何を信じたらいいのか分からなくなった。


運命なのか。これは神からの試練なのか。


「正義だ・・兄さん。俺たちは正義の為に生きるんだ、認めてもらおうよ、母さんみたいにならないように。」

「バコンっ」

兄さんの拳が飛んでくる。


俺たち兄弟の運命が分かれようとしていた。

「ウィル、兄さんはいつかあいつを殺す。母さんが望んでいなくてもだ。だが今は考えない事にする、まずは強くなり力をつける。それからだ」


ルークス家・・・忘れない。

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