第24話 少女の細工は流々と
「先輩方、すみません。お待たせしてしまって」
「いやなに。待ったというほどでもないし、集合時間にもピッタリだ。仮に遅刻していたとしても、神崎家の男たる僕の懐は大海原のように広いからね! 気にすることはないさ!」
あの真白がわざわざ集合時間ピッタリに来たのは計画の内だったので元より気にするつもりもないのだが……仮に本当に遅刻しても、この人はこんな感じで許しちゃうんだろうなぁ。キャラは多少(甘めに見積もって)ウザいところがあるものの、それが逆にムードメーカーとしての役割を果たしているのかもしれないな。
いずれは実家の会社を継ぐのかもしれないが……その時は、良いリーダーになれそうだ。
「……そ、そーだね! 気にすることはないよ! あはは」
「ははは! 僕と同じく心の広い民原さんもこう言ってるんだ、本当に気にすることはないぞ!」
対して、民原先輩の表情は微妙に固い。なんだろう。この、痛いところを突かれましたと言わんばかりの顔は。
「では後輩も無事に揃ったことだし、入場するとしよう!」
神崎先輩はまるで我が家だと言わんばかりの堂々とした足取りで入口まで進んでいく。
凄いな。遊園地を我が物顔で歩けるランキングがあったとしたら余裕で上位に食い込めそう。
その後に俺たちもついていく形で歩いていくが、俺はどうも民原先輩のことが気になった。
「……あの、民原先輩。どうしました?」
「え? あ、いやー……」
「もしかして、さっきの集合時間の話ですか」
どうやら図星だったらしく、露骨に目を逸らした。
「……一応、俺らは先輩を助けるためにいるんで。何かあるなら相談に乗りますよ」
厳密には先輩たちを助けるため、だけど。
「うーん。そうだね……そうだったよね……」
先輩は前を歩いていく神崎先輩の背中を窺いながら、声を潜める。
「さっきさ……神崎くん、あたしのことを心が広いって言ったでしょ? でもさ……本当はあたし、ぜんぜんそんなことないんだ」
「そうなんですか?」
ここでそんなことありませんよ、とか言えればよかったのだが。
俺は先輩と関わったこともあまりないし、断言できるほど交流が深くはない。
一応、京介から事前にいくつかの情報は貰っているが、それだけだ。直に接して人となりを把握したわけでもないしな。
「うん……どっちかっていうと、狭い方だと思う。部活でもさ、たった一分でも遅刻する後輩がいたら許せないって思っちゃうし、時間ギリギリに行動してる後輩にも、よく注意したりするんだよね。お小言が多いっていうか……あ、灰露くんたちが集合時間ピッタリに来たことは別に気にしてないよ。これはホント」
「それはどうも。……というか、まあ。それぐらい普通じゃないですか? それに部活動でしょう? 集団行動なんですから時間を守らないと他の人にも迷惑がかかるってことを考えると、民原先輩はしっかりしてると思いますよ」
「神崎くんならさ。後輩がちょっとぐらい遅刻したって……さっきみたいに笑って許しちゃうんだよ。本当に心が広いのは、彼の方。あたしは違う。」
罪悪感を滲ませて俯く民原先輩。
「気にすることはありません」
そこに声をかけてきたのは、真白だった。
「仮に民原先輩の心が本当に狭いのだとしても、今から心の広い人になればいいだけです。今は嘘だとしても、今から神崎先輩の印象通りに変われば嘘にはなりません」
「……そうだね。うん。変わればいいんだよね」
真白の言葉に、民原先輩は自分の頬をぴしゃりと叩く。
「頑張るって決めたんだもん。あたしは今から、心の広い女になる!」
決意する先輩を、真白はにこやかに見守っている。
俺は胸の奥に妙な違和感を抱いたものの、今はそれを無視して二人の背中を眺めていた。
☆
休日ということもあり、遊園地は閉園の心配をする必要はなさそうなぐらいには賑わっていた。園内のアトラクションはそれぞれ稼働を始めており、人々の休日を楽しい思い出で彩っている。
「……で、どうするんだ。お前のことだから、この後の行動予定も決めてるんだろ?」
「よく分かりましたね」
「そりゃあれだけ一緒にいればな」
伊達に彼氏役を務めてはいない。
「神崎先輩が絶叫系アトラクションを苦手としていることは事前にリサーチ済みなので、今回は比較的楽な乗り物系で攻めていく予定です」
「いきなり目玉アトラクションを封殺されるとは……この遊園地も不本意だろうよ」
ジェットコースターはこの遊園地の目玉であると同時に、遠くからわざわざ乗りに来る人がいるぐらいには有名なものらしい。まあ、そんな俺がスマホで軽く調べた程度の事前情報は真白も知っているだろうし、知った上で今回の計画を立てたのだろうが。
「仕方がありません。民原先輩が神崎先輩に幻滅するような事態だけは阻止しなければいけませんし。なので今日は、絶叫系は封印です」
「ふーん……民原先輩は絶叫系が好きそうだけど」
園内に張り巡らされたレールと、その上を超スピードで走り去っていくジェットコースターを、民原先輩はキラキラとした目で眺めている。
民原先輩は絶叫系が好きという情報も京介から聞いていたのだが、それに間違いはなかったようだ。
「これも今日という日を完璧に成功させるためです。民原先輩には事前に了承をとってあります」
「了承ねぇ……細工は流々、あとは仕上げを御覧じろって感じだな」
俺が真白を話していると、民原先輩はアトラクションの一つを指さした。
「ね、ねぇ。アレに乗ろうよ」
「ほぅ。メリーゴーランドか」
先輩の指した先にあったのはメリーゴーランド。
鉄の支えを受けて走る白馬や馬車が並ぶ円形の舞台だ。
「僕は構わないけど……意外だね。てっきり民原さんはもっと絶叫系とかが好みかと……」
「えっ!? あ、いやー……そ、そんなことないよ。あたし、そういうのはどっちかっていうと苦手っていうか……」
「そうだったのかい? あまり声を大にして言うことでもないが、僕も絶叫系は苦手でね。メリーゴーランドみたいな平穏な乗り物の方が好きなんだ。よかった。気が合うなぁ」
「そ、そうだねー。気が合うよねっ! あたしたちっ!」
というやり取りをする二人を眺めつつ、俺は声だけで真白に話しかける。
「アレもお前の仕込みか?」
「はい。演技はやや不安定ですが、神崎先輩に気が合うことを示せたのは大きいですね」
「演技に関しちゃ、お前の鉄壁完璧仮面と比べるのは酷だろ」
それを差し引いても、民原先輩は嘘をつくのが得意ではなさそうだが。
……後輩に対して時間に関する注意してしまうのも、そうした真っすぐで真面目なところがあるからだろうな。
「誰が鉄壁完璧仮面ですか。せめてもう少し可愛らしい呼び名をください」
「怒るところそこかよ」
苦笑しつつ、俺たちも先輩たちに合わせてメリーゴーランドの馬車に乗り込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます