第2話 次の作戦は?

『次の作戦』とは言ったものの、2人は完全に煮詰まっていた。


「あーダメだ。何にも思いつかないや。」



アルドは頭を掻きながらダルニスをチラリ。


(…気が散るなぁ)


「————なあダルニス、そのネコ耳、そろそろ外さないか?」


「ん?」


ダルニスは、一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐにハッとした表情に変わる。


「あっ、そうかそうか!気付かなくてすまない!」


ダルニスはネコ耳カチューシャを外し、アルドに手渡した。


「でも、そうならそうと早く言ってくれればいいのに。」


ダルニスはニヤつきながらアルドの方を見た。

まじまじと見つめるダルニスに、アルドは意味が分からず困惑している。



「おいおい、今さら恥ずかしがっても仕方ないじゃないか。お前も着けてみたかったんだろ?早く着けてみろよ。」


「え?え!違う違う!そういうわけじゃないんだ!」


アルドは顔を真っ赤にして否定したが、ダルニスは「またまた〜」といった調子である。


「いいからいいから。」


ダルニスは立ち上がると、半ば強引に、ネコ耳カチューシャをアルドの頭に装着した。

一歩下がって視線を上下に動かしながらアルドの姿を見るダルニス。


「ぉほぉぉぉ、イイねぇ。なかなかじゃないか。」


アルドの方も、そう言われるとまんざらでもないようだ。


「そ、そうか?」


アルドは立ち上がり、カチューシャの位置を両手で整えると、顔の前で横向きにピースサインを作り、ウインクして見せる。

その瞬間家のドアが開いた。



振り返ると、そこには言葉を失って立ち尽くす村長とフィーネの姿があった。


「………」「………」


アルドの顔中から汗が吹き出す。


「じ、じいちゃん!ち、違うんだ、これは…。フィーネも、な?わかるだろ?」



村長とフィーネは、瞳を潤ませながらも優しい笑顔を作る。


「のぅアルドや…。好きなように生きてええんじゃ。好きなように…。」


「おにいちゃん、悩んでることがあったらいつでも相談に乗るからね…。」


(逆にそういう優しさが一番ツラいんだって…。)


「そうだぞアルド。悔しいけど結構似合ってるぜ。自信持てよ。」


(おいダルニス。頼むからこれ以上話をややこしくしないでくれ。)


結局アルドは、『アルドが少し変わった趣味に目覚めてしまった』という2人の誤解を解くために、ダルニスが今朝家に来たところから話をする羽目になった。




「———なんじゃい、そんなことかい。」


「なーんだ。おにいちゃんが、おネエちゃんになったと思ってドキドキしちゃった。」


アルドは苦笑いを浮かべる。


「ははっ…。分かってもらえて嬉しいよ…。ところで————。」


アルドは、村長が先刻から大事そうに抱えている赤ちゃんが気になっていた。


「じいちゃん、その子どうしたんだ?」


家のドアが開いたときから、村長が赤ちゃんを優しく揺すってあやす様子は目に入っていたが、ここまで聞くタイミングが無かったのである。


「ああ、この子はルビィちゃんと言ってな、預かったんじゃ。ほれ、ちょっと前に村に引っ越して来た夫婦がおるじゃろ?なんでも遠出する用事があるっちゅうことでのぉ…。まぁ明日には帰ってくるそうじゃがな。」


アルドは驚きを隠せない。


「え?大丈夫なのか?じいちゃんに赤ちゃんの世話なんて……。」


村長は笑った。


「何を言うとる。フィーネを赤子の頃から育てたのは誰じゃと思うとるんじゃ?————よーしよし、ルビィちゃ〜ん。べろべろばぁ。」


確かにその通り。アルドとフィーネが村長に拾われたとき、フィーネはまだ赤子であった。

村長には、それを一人前に育て上げたという実績があるのだ。

ルビィちゃんを抱きかかえる仕草に違和感がないところを見ても問題は無さそうだ。



「心配しなくても大丈夫だよ。わたしも手伝うし。」


フィーネがそう言うと、アルドは納得してうなずいた。

ダルニスはネコ耳を着けて、ルビィちゃんの前で「いないいないばぁ」とやっている。ルビィちゃんは「きゃっきゃっ」と笑った。




「———ところでおにいちゃんたち、ネコさんの方はいいの?」


不意に訊ねるフィーネに、アルドが答える。


「そうだった。すっかり忘れてたよ。ありがとうフィーネ。———なんとかしてロドリゲスを手懐けないとなぁ。」


ルビィちゃんに夢中だったダルニスも、ようやく本題を思い出したようだ。


「まぁそれもそうなんだが、いい方法が浮かばんぞ。どうする?」


すると、村長は窓の方を指差した。


「そういうことじゃったら、表に行商人が来とったから行ってみるといい。何か役に立つものが見つかるかも知れんぞ?」


このままここにいてもいいアイデアは思いつかないだろう、そう考えたアルドとダルニスは、村長の提案通り行商人のところへ行ってみることにした。




アルドとダルニスが家の表に出ると、村の東側に、まばらではあるが人だかりが出来ていた。


「あれか?行ってみようぜ、ダルニス……って、あれ?」


ダルニスがいない。

ほんの一瞬前まで隣にいたはずなのだが……。

アルドが視線を戻すと、ダルニスの姿はすでに人だかりの中にあった。


(はやっ!ダルニスのこんな動きは、戦ってるときでも見たことないぞ。いったい何だっていうんだ?)


アルドは遅れて人だかりの場所へ行くと、ダルニスの素早い動きに合点がいった。

露店を構えているのは、黒髪ロングの尻尾モフモフお姉さんだ。


(行商人ってホオズキだったのか…。)



ホオズキはアルドの姿に気付くと、客に対応しながら、「お客さん捌けるまでちょっと待ってて」とジェスチャーで合図した。


(ああ分かった。ここで待ってるよ。)

アルドもジェスチャーで返す。


ダルニスは落ち着かない様子でホオズキを眺めている。



客の数が落ち着いた頃、ダルニスはホオズキに話しかけようとしたのだが……、ホオズキはアルドの方へ駆け寄った。


「———びっくりやわぁ。アルドはん、こんなところでどないしたん?もしかして、うちに会いにきてくれたん?」


ホオズキはアルドの腕を捕まえると、肘で小突きながら笑顔を向ける。


「いや、そういうわけじゃないんだけど……。たまたまだよ。」


アルドは頬を掻く。


「もー…、アルドはんのいけずぅ。」


ホオズキはわざとらしくむくれて見せた。



そんな2人の様子を見ていたダルニスは、当然に割って入る。


「ちょちょちょちょちょ、なになになに??もしかしてアルド、この素敵なお姉さんと知り合いなのか!?」


「ああ、実はそうなんだ——。」


答えるアルドの言葉を、ダルニスは聞いていない。

すでにその視線はホオズキに釘付けだ。


「あ、あの、俺ダルニスって言います。アルドとはその…、昔からの友人で。」


照れながら慌ただしく自己紹介するダルニスに、ホオズキはニッコリと笑いかける。


「うちはな、ホオズキって言うん。よろしぅな、ダルニスはん。」


「そっかぁ、…ホオズキさんっていうのかぁ…。」


幸せそうに目を細めるダルニス。頭上にぽわぽわとお花が咲いているように見えるほどだ。

だがその花は、すぐさまアルドによって刈り取られる。


「———そうだ。ホオズキ、この間の魚料理すごく美味かったよ。今度また食べさせてくれよ。」


アルドの話は、もちろんホオズキが営む小料理屋でのことだが、ダルニスはそういう事情を知らない。


「えっ!?2人って手料理とか食べちゃう仲なのか!?」


ちょっと面白いかも、と思ったホオズキはここぞとばかりにアルドの腕に抱きつく。


「うんうん、そうなんよぉ。うちとアルドはんはなぁ、とぉーっても仲良しなん。」


ダルニスは悔しさをにじませる。


「くうぅぅ…、アルドめ、いつも女の子に囲まれてるくせに、ホオズキさんまで。なんてうらやま……い、いや何でもないっ!」



「なーんてねっ♪ふふっ、面白いお人やねぇ、ダルニスはん。」


ダルニスのキョトンとした顔を見て、ホオズキはまた笑った。


「やれやれ…。」


アルドは「お手上げだ」と言わんばかりにうなだれる。




「それで———、なんやうちに用があったんと違うん?」


訊ねるホオズキにアルドが答える。


「ああそうなんだ。ネコを懐かせるのに使えそうなものを探してるんだ。」


「ネコ?」


ホオズキは自分の持ってきた商品のリストを思い浮かべる。


「うーん、ネコ…ネコ…ネコ…。」


ホオズキの様子を眺めながら、ダルニスはまたも頭の上にお花を咲かせている。



「ちょっと待っててなぁ。えーっと…。」


(ガサガサ…)

ホオズキは露店の奥の箱から小さな壺を取り出した。


「あったわぁ。なんやスゴい『マタタビの粉』らしいんやけど…。」


ホオズキは壺をアルドに手渡す。


壺には蓋が付いており、しっかりと封がしてある。

『ニャンニャンパラダイス』と書いたラベルも貼られてあった。


よく見ると、注意書きが書いてある。

アルドはそれを読んだ。


「なになに?どんなネコでもイチコロ…。※効果がマジパナい…ので…、取り扱い注意…。———ふむ。」


(これ大丈夫なのか?)

アルドは顔を上げ、視線でホオズキに訊ねる。


「大丈夫。心配いらへんよぉ。今なら特別価格!5,000,000Gitにしといたるよ〜。」


アルドは眉を潜める。


「随分高いな。そんな高額な買い物、すぐには決められないよ。———そう言えばホオズキ、この間ダルニスに変な整髪料を高く売りつけただろ。」


ホオズキは少し驚いた表情を見せたあと、ダルニスをまじまじと見つめる。


「あのときのお客さん、ダルニスはんやったんかぁ。」


やはりホオズキには心当たりがあるようだ。

ホオズキはダルニスに近づき、手を握る。


「うち、なーんもウソは言ってへんよなぁ?だってダルニスはんの髪、めっちゃツヤツヤになってるやん。」


確かにツヤツヤではある。

ダルニスは直立不動のまま、高速でうなずいている。

ホオズキはダルニスの周りをぐるりと一周。ゆっくりと歩きながら、その姿をじっくりと見る。


「ダルニスはんって、見れば見るほど男前やなぁ。うちなぁ、これ買うてくれたら、めーっちゃうれしいわぁ。」

「買いまーす!」


鼻の穴を膨らませて即答するダルニスに、アルドは呆れ顔だ。


「…おいダルニス、高い物は考えてから買えってさっき言っただろ。それにそんな大金どこから出てくるんだ?」


ダルニスはゆっくりと首の向きを変える。


「………」


(…こっち見んな。ないよ、そんな大金。)



「———ふふっ。」


ホオズキは、アルドとダルニスのやりとりを見て笑った。


「冗談や。買い手が付かんからなぁ、捨てよう思うてたんよ。やから、タダで持ってってええよ。それにしてもアルドはんとダルニスはんってホントに仲がええんやなぁ。ちょっと妬いてまうわぁ。」


アルドは笑顔を見せる。


「ああ、一番古い親友だからな!———それより本当にタダでいいのか?助かるけどさ…。」


「遠慮せんといてぇな。それに…。」


ホオズキはアルドの耳元で囁く。


「———それに、『タダより高い物はない』って言うやん?」


一瞬アルドは背筋に寒気を感じだが、気にしないことにした。



「ありがとうホオズキ。」


お礼を言ってその場をあとにするアルド。


なかなか動こうとしないダルニスを引きずっていくのは骨が折れた。




ともあれ、2人は池の前に到着すると、すぐにロドリゲスを探し始める。幸いすぐに眠っているロドリゲスを見つけることができた。


「よし、早速試してみるか。効果がスゴいみたいだから慎重にいこう。」


アルドはホオズキにもらった壺を取り出し、蓋を外す。

ん?外れない。


力を入れて引っ張ってみる。


「んぎぎぎぎぎ……。」


歯を食いしばって力を込めるが蓋が外れない。



見かねたダルニスは「貸してみろ」と手で合図する。

今度はダルニスが力を入れて蓋を外す。


「ふぅん゛ん゛ん゛ん゛ん゛…。」


ダメだ。外れない。


「おいアルド、ちょっとこっち持っててくれ。」


次は2人ががりで引っ張る作戦だ。

ダルニスは、アルドに壺を持たせ、蓋を引っ張ってみる。


「ぐぬぬぬぬぬぬ…。」

「い゛い゛い゛い゛…。」


すると、


—————スポンッ—————


外れたのはいいのだが…。



「あっ…。」「あっ…。」


やっちまった…、と2人は同時に声を漏らす。

蓋が外れた拍子に中身が全部飛び出し、ダルニスはマタタビの粉末を大量に浴びてしまった。


「…うわぁ、大丈夫かダルニス?粉まみれじゃないか。」


ダルニスは尻餅をついたまま、頭や服についたマタタビを手で払っている。


「参ったな。せっかくホオズキさんがくれたものなのに、無駄にしちまったよ。」


顔を上げたダルニスは、アルドの顔が青くなっていることに気づいた。


「ん?どうしたアルド。」


アルドは声に出さずに口をパクパクさせながら指差す。


(うしろ!うしろ!)


もしや…、そう思いながらダルニスが振り返ると、案の定、ロドリゲスが嬉しそうにこっちを見ていた。


ダルニスは首の向きを戻す。


「なあアルド、俺たち親友だよな…?」


ダルニスはアルドの手を掴んだ。


「ははっ…、そうだな。でも俺、男同士で手をつなぐような趣味はないからさ。」


アルドは空いている方の手で、ダルニスの指を一本一本丁寧に解いた。


「おいアルド、なに後退りしてるんだ?」


アルドはダルニスに笑顔を向ける。


「ダルニス!健闘を祈る!」


アルドはそう叫びながら、風のように走り去った。


直後、ロドリゲスがダルニスに襲いかかる。


「に゛ゃぁぁぁぁあん!!」


「———うわぁぁっ!」


ダルニスはとっさに目をつむった。



「………」



「………」



「……あれ?」


ダルニスは恐る恐る目を開ける。

見るとロドリゲスはダルニスの脚に頭をこすり付け、ゴロゴロと鳴らしている。


遠くの物陰からその様子を見ていたアルドは、危険がないことを確認して戻ってきた。


「いやぁ、さすがダルニスだ!なんだかよく分からないけど上手くいったみたいだな。」


「調子のいいヤツめ。———だが見ろ。ロドリゲスもこうなればかわいいもんだ。よーしよし。このまま連れて行こう。」


ダルニスはロドリゲスの頭や背中、顎の下を撫でくりまわしている。


「じゃあ行くか!」


ダルニスが立ち上がろうとしたとき、物音が聞こえた。


(…ドドドドドド)


「なんの音だ?」


アルドは辺りを見回す。

音は近づいてくる。


(ドドドドドドドド)


「アルド!あれはなんだ!?」


ダルニスが指差した方向には砂煙が舞っている。

アルドは目を凝らした。


(にゃー!にゃー!にゃー!にゃー!)


「———うわっ!ネコだ!何匹いるんだ?こっちに向かってくるぞ!」


大陸中のネコが集まったのではないかと思われるほどの数である。

ネコの群れは2人に迫る。…厳密にはマタタビまみれのダルニスに迫る。


(にゃー!にゃー!にゃー!にゃー!)


逃げる間も無く、無数のネコがダルニスに群がった。

肩に乗ったり、脚に擦り寄ったり、挙句の果てに膝の上で寝転がり、ネコたちは思い思いの方法でマタタビを楽しんでいる。


「おいアルド!助けてくれ!うはっ、くすぐったい。」


ダルニスはネコの海で溺れている。


「ダメだダルニス。足の踏み場がないぞ。———残念だけど、こうなったらマタタビの効果が切れるまで待つしかないな。」


アルドは、ネコまみれのダルニスをそのまま見守ることにした。




————しばらくあと。


「…ダルニス、無事か?」


マタタビに飽きたネコたちが去り、体中足跡だらけになったダルニスは座り込んでいた。


「……なるほど、『ニャンニャンパラダイス』ね。余程のネコ好きならまだしも、一般人にとっては地獄だな…。」


ダルニスはゆっくり立ち上がると、乱れに乱れた髪をかき上げ、手櫛で整えた。



「ロドリゲスは?」


アルドは周りを見回す。


「———見失ったか…。」



肩を落としたくなる場面ではあるが、ダルニスはまだ諦めの表情を見せない。


「まぁ今回は失敗だったが、次は成功させよう。アルド、次の作戦を考えるぞ!」


その姿勢に、アルドは素直に感心した。


「すごいなダルニスは。普通ならとっくに心が折れてると思うぞ。」


ダルニスは笑う。


「諦めるのなんかいつでも出来るだろ?だから諦めるのは最後でいい。」


アルドにも笑顔がこぼれた。


「なんかそれカッコいいな。俺もそんな風に言えるようになりたいよ。」


「何言ってんだ。」


ダルニスは拳で軽くアルドの胸を小突く。


「逆だ、逆。簡単に諦めないお前を見てて、俺もそうしようって思うようになったんだ。」


アルドはキョトンとしている。

ダルニスは続ける。


「———どんな窮地に立たされても諦めない、そういうお前の行動が世界を救ったんだ。…アルド、お前はスゴいよ。お前の背中を見て、たくさんの仲間がついて来た。だから俺も負けないくらい諦めの悪い男になろうと思ったのさ。」


アルドは頬を掻いた。


「ダルニス…。照れるからそういうこと言うの、今度から禁止な。それに俺はダルニスの方がスゴいと思うぞ。カッコいいしな。」


「いやいやアルドの方がカッコいいって。」


「いーや、ダルニスの方がカッコいいな。」


「よせよ。お前の方が……」


「——お前の方が……」



2人はお互いに褒め合うという謎の儀式をしばらく続け、2人揃ってだんだん顔を赤くしていった。

このやりとりが割と不毛であることに気づく頃、ようやくダルニスは話を戻す。


「…ふぅ、顔が熱いぜ。———それでアルド、次の作戦はどうする?何か案はあるか?」


アルドは腕を組んだ。


「そうだなぁ、結構いろんなこと試したからな。もう普通の手じゃどうにもならないだろうな。…うーん、こんなのは反則だと思うんだけど、未来の技術に頼るのはどうだろう。」


ダルニスは眉間にシワを寄せ、あごをさする。


「…未来の技術だと?」


「ああ、800年後の未来に行けば、動物を手懐ける道具のひとつやふたつあるに違いない。今からエルジオンに行ってみないか?」


「ほほぅ、それってお前がよく話してる未来の街だよな。前から行ってみたいとは思ってたんだ。なるほど、ついに俺もエルジオンデビューというわけか。よしっ、行こう!」


ダルニスは力強くうなずいた。



「あっ…と、その前に着替えて来るよ。顔や髪も洗いたい。」


ダルニスは、マタタビやらネコの足跡やらで汚れた服を広げて見せる。


「確かに、そのままの格好でエルジオンの街中を歩き回るわけにはいかないな。分かった。着替えて来いよ。俺も一度家に帰って支度して来るからさ。」



2人はその場で別れ、それぞれ家に帰った。





「———ただいま。」


アルドが家に入ると、フィーネがルビィちゃんを抱きかかえて右往左往している。焦っていることがすぐに分かった。


「フィーネ、なに慌ててるんだ?」


「あ!おにいちゃん、大変なの!おじいちゃんが腰痛めちゃったみたいで……。」


見ると、村長は弱々しく椅子に座りテーブルにもたれかかっていた。


「え!?じいちゃん、大丈夫なのか!?」


アルドは村長に駆け寄り腰をさする。


「あいたたたた……。」


村長は動けそうにない。随分とひどく腰を痛めたらしい。



「フィーネ、何かあったのか?」


「うん、それがね…。おにいちゃんたちが出かけたあと、わたしとおじいちゃんも出かけたの。ルビィちゃんといっしょにお散歩しようと思って。そしたらおじいちゃん張り切っちゃって……。




———————回想———————


ルビィちゃんを抱きかかえて、ヌアル平原を散歩する村長。


「ルビィちゃ〜ん、べろべろばぁ。」


「きゃっきゃっ」


フィーネはその横を歩いている。


「ふふっ、ルビィちゃん、おじいちゃんの顔見て笑ってるね。ルビィちゃーん、おじいちゃんのこと好きですかー?」


「あーぅあー!」


ルビィちゃんは嬉しそうに声を上げ、その小さな手をパチパチと叩いて見せた。

気を良くした村長は『べろべろばぁ』や『いないいないばぁ』を加熱させていく。


「いないいない……………ばああぁぁ!!」


「きゃっ、あーぅ!」


ルビィちゃんは大喜びだ。


「ほーぉ。それじゃこういうのはどうじゃ?———はぁぁぁぁぁ、アルティメットぉぉぉ!!!」


村長は『月影の森』目がけてビームを発射する。


「きゃっ!あぅあぅあー!きゃっきゃっ!」


ルビィちゃんはさっきよりも大きな声で笑った。


「そうかそうか、気に入ったか。それじゃ、………よいしょー!…ふぅぅぅぅ、アルティメットぉぉぉ!!!」


「きゃっきゃっ!」


「アルティメット、アルティメット、アールティメッッットぉぉぉ!!!」


村長はルビィちゃんの笑顔見たさにビームを乱射する。

そして……。


「アルティメ———」(グキッ!)


「———あ……腰が………。」


………——————————




————っていうことがあって、おじいちゃん腰を痛めちゃったの。」


アルドはため息をつく。


「はぁ……。なあじいちゃん、もういい歳なんだからさぁ、無茶するなよな。」


「なーに言うとるんじゃぁ?こんなもんしばらく寝れば治るわい。まだまだ若いモンなんぞに負けてはおれんわ。」



とは言え、現状動くこともままならない村長。


「あいたたた…。アルド、フィーネ、すまんが明日までルビィちゃんの面倒をみてくれんかの?」


アルドは困り顔でボリボリと頭を掻く。


「んーーー…。参ったなぁ。これからダルニスとエルジオンに行く約束なんだけど…。ルビィちゃんのこともほっとけないよなぁ。」


フィーネは慣れない手付きでルビィちゃんをあやしているが、その不安はルビィちゃんにも伝わってしまうようだ。


「ぅ…、ぅ…ぐすっ…ぅわあああぁぁあぁ。」


ついには泣き出してしまった。


「えーっと…よしよーし、ルビィちゃーん。よしよーし。うわぁ、おにいちゃんどうしよう、泣き止まないよぉ…。」


アルドも急いで加勢する。

アルドの方は少し赤ん坊の扱いに心得があった。

というのも、幼い頃、目の前にいる自分の妹をあやすことが幾度となくあったためである。


「ルビィちゃーん、いないいな〜い……ばぁ!」


「ぅぅ…、ぁあー、きゃっ。」


なんとか泣き止ませることが出来た。

アルドは額を腕で拭う。


「———ふぅ。こりゃいよいよフィーネだけに任せるわけにはいかなくなったな。……どうしよう。」


アルドは、自分の人差し指を握って離さないルビィちゃんを見つめながら、思考を巡らす。

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