第6話 穏やかな日々

 行くあてのないアダムはあれから、少女イヴの下で共同生活をすることになった。アダム同様孤独に生きるイヴも、だれかと一緒にいたいと思っていたのかもしれない。イヴとの生活は、アダムにとって楽しいものであった。薪割りや水汲みなどの力仕事はアダムが担当し、家事などはイヴが担当した。サタンから独りになっても生活できるよう訓練されていたアダムはごく自然に生きるために自給自足の生活をし、夜になると二人でベッドに入った。寝物語はいつも、アダムがサタンから聴いた、〝地球〟という星の物語だった。


「地球では、世界は神様が創ったものだと信じられているんだ。そして人間は、ぼくたちヒューマノイドとよく似た生き物なんだって。その人間も神様によって創られた。……最初の人間の名前はアダム」


「あなたと同じ名前ね」


「うん。サタンは、名前が一緒なのにはきっと意味があるって言ってた」


「そうかもしれないね。それで、続きは?」


「うん。神様はアダムが独りでいるのはよくないからと、女を創った。その最初の女性の名前は……イヴ」


「あら、わたし? それって本当なの?」


「本当だよ。地球最初の女性の名前はイヴっていうんだ」


「面白い偶然ね」


「偶然じゃないかもよ? サタンはよく、すべては必然で成り立っている、とも言ってた」


「必然……」


 それなら、わたしたちが出逢ったのも運命なのかしら。そう思った瞬間、イヴは頬が熱くなるのを感じ、慌ててアダムに背中を向けた。


「イヴ?」


「なんでもない! 今日はもう寝る! おやすみなさい!」


「おやすみ、イヴ」



◇◇◇



 雨の日には二人でお茶をしながら、地球とエデンの違いについても話した。


「でも、人間を神様が創ったなら、人間は生まれてこなければよかったなんて考えないのかしら?」


「ううん。サタンが言うには、人間もぼくたちと同じように、生まれてこなければよかったって考えることがあるみたい。でもそんな苦しみの中で立ち止まっても、神様がおぶって歩いてくれるんだって」


 そういってアダムは、サタンから教わった詩を披露した。



 ある夜、男は砂浜を神様と共に歩く夢を見た。


 砂浜には男と神様の2つの足跡があったが、男が本当に辛いときには、足跡は1つしかなかった。だから男は神様に尋ねた。


「どうして、私の一番辛いときに、あなたを一番必要としたときに、あなたは私を見捨てたのですか?」


 神様は優しく微笑んで答えた。


「私はあなたを見捨てたりしない。足跡が1つしかないのは、私があなたを背負って歩いていたからだよ」



 この詩をサタンが優しい声で聴かせてくれたことを思い出し、アダムは少しだけ目が潤むのを感じた。今はもうあの声を聴くこともできないし、温かな抱擁も、心を癒すキスもしてもらえないのだ。この世界では、生まれてこないことが最善とされているけれど、もしサタンが生まれていなかったとすると、自分がサタンからもらったたくさんのものが無かったことになる。それはとても悲しいことではないか。アダムがそんなことを考えていると、黙って詩を聴いていたイヴが口を開いた。


「すてきな詩ね。ねえアダム。もし私が辛くて歩けなくなったら、あなたがわたしを背負って歩いてくれる?


 アダムは少しだけ考えたあと、しっかりとうなずいた。


「ありがとう。アダム」


 そういって微笑んだイヴの笑顔を、アダムは一生忘れなかった。

 

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