第44節 -突入開始-

 首都パリキール直下、国家非常用地下区画ポイントB1区域。

 その最深にある部屋でアルフレッドとベルンハルトはいつもと変わらぬ様子で酒と煙草を愉しんでいた。

 時は10月13日。今日はいよいよ最後となる【第六の奇跡】が行われる日だ。

 しかし、だからといって2人にとって何が変わるわけでもない。何も出来ることは無い。故にただこうして “いつもと変わらない日常” というものを過ごしている。

 何も変わらない日々は人が思うよりもずっと尊いものだと2人はどこかで聞いたことがある。今ならその感覚も少しは理解できるような気がしていた。


 アルフレッドはグラスに注いだウィスキーをゆらゆらと揺らしてからゆっくりと喉に流し込んだ。

 ローマ皇帝の名に紐づけられたクリスタルボトルに収められたそのウィスキーは1本で6千万円以上の価値があると言われている逸品だ。

 部屋の中には他にも数々の高級名酒が並んでいるが、このボトルを超える酒は他にはない。

 そんなウィスキーを惜しげも無く飲み下しながらアルフレッドは上機嫌にベルンハルトに言う。

「なぁ、雷ってのは地下にも落ちるもんなのか?」

「俺は利口じゃねぇから知らねーけど、普通は落ちねぇだろ。」アルフレッドの問い掛けに笑いながらベルンハルトは答えた。

「けどよ、 “神様の威光” ってやつにかかりゃ落ちるのかもしれねぇな。」お気に入りのブランデーを傾けながらベルンハルトは付け加えた。

「さて、雷がここに落ちてくるのかどうかはさておき。その前にきっと人がやってくるな。お前は警察と大統領、どっちが先にここに来ると思う?」

「なんだ、この後に及んで賭けでもしようってのか?」にやりと笑いながら言うアルフレッドに同じように笑いながらベルンハルトは言った。

「確か奇跡は正午に起きるという話だったな。それまでの間に、大統領が事件に関わっているという証言が欲しい警察が血眼で俺達のところに来るのが先か、又は大統領自らが俺達を消しにやってくるか。そうだな、賭けをしてみよう。先に選ばせてやる。お前が勝ったら組織丸ごとくれてやる。今日からお前がボスだ。良い話だろう?」アルフレッドの提案に大笑いしながらベルンハルトは言う。

「尻拭いじゃねぇか?それ。今日で組織ごと綺麗さっぱり無くなるかもしれねぇってのに。それに組織っても2人しか残ってねぇじゃねぇか。」

「他にくれてやるものがないんだ、我慢しろ。」

「ふはははは!今日のボスは最高に頭がいっちまってるな。いいぜ、報酬無しでその賭けに乗った。俺は警察が先にここを訪れるに賭ける。」ベルンハルトはアルフレッドの提案に乗り、警察が先に突入をかけることに賭けた。

「そうか。なら俺は大統領が先に訪れるに賭けよう。」

「これは賭けと言えるのか?大統領はそもそもこの部屋の場所すら知らないんだぜ?まず辿り着けねぇって時点で破綻してるぜ?」

「組織の居場所は教えない。それも公約だったからな。だからこそ今日という日に至る直前までこの場所が外部に露呈することも無かった。漏れる情報そのものが無かったんだからな?だが奴は既に知っているさ。俺達と大統領が醜く殺り合うのを見て楽しみたい誰かさんが教えただろうからな。」

「ちっ、あの女か。あれ以後姿を見せなくなったが、いよいよもって俺達は捨てられたってことだな。」

「まさかお前、あのガキに拾われたとでも思っていたのか?捨てられるも何も、最初から俺達のことなんざあのガキの眼中にはねぇよ。ただ欧州で掴まれて放り投げられたに過ぎない。投げられて落ちた先がここだった。それだけの話だろ。」捨てられたというベルンハルトの言葉を聞いて珍しく怪訝そうな表情を浮かべたアルフレッドは言った。

「それもそうか。そうだったな。」

「今となってはどっちでも構わねぇことだ。それより、先に突っ込んでくるのが警察だろうが大統領閣下だろうがいずれにせよ鈍った体の慣らし程度には遊ばせてくれるだろうさ。俺はともかく、お前の方が遊びたいだろうしな?」

 アルフレッドの言葉にベルンハルトはにやりと笑って見せた。鍛え上げられた重量級の筋肉は荒事をする為にあるようなものだ。

「景気付けだ。お前もこれを飲めよ。」アルフレッドは残り僅かになった手元のボトルを投げ渡して言う

「高ぇ酒は喉が詰まっていけねぇんだがな。」

「おいおい。俺の酒が飲めねぇのか?」投げられたボトルを受け取ったベルンハルトのぼやきにアルフレッドは笑いながら言う。

「そういうの、世間じゃパワーハラスメントって言うらしいぜ?」喉が詰まるといいながらもボトルに直接口を付けて喉に流し込みながらベルンハルトは言った。

 ひ弱な大統領や警官が銃火器をもって突入して来ようと先に返り討ちにしてやる。

 ベルンハルトは内心でこれから数時間後には訪れるであろうその瞬間をイメージしながら入口扉を見つめて “誰か” が入室して来るのを心待ちにした。


                 * * *


 午前10時。

 現在、ウォルターが指揮を執る警察部隊は2班に分かれ、大統領府周辺に展開する部隊チームαと地下区画進入口に展開する部隊チームβがそれぞれの役割を果たす為に突入の準備を着々と進行中である。

 多数の国民がナン・マドール遺跡への移動を行う中、各地区を警護する警備部隊に偽装したマルティム首領捕縛部隊であるチームβは首都パリキールの旧政府合同庁舎跡付近にある独立記念モニュメント周辺への展開を密かに完了させていた。

「コード:シルゥ。チームβより作戦本体へ伝達。パリキール直下、国家非常用地下区画への進入口に異常無し。周辺状況に異常無し。これより自律走行型ドローン全機の進入を随時開始します。」

「目標、ポイントB1区域。探査必要時間は20分と推定。内部の安全確認及びルート確立と共に進行を開始する。」

『チームαより分隊に通達。状況を確認した。計画を継続されたし。』

 所属警官による状況のやり取りが続く。

 チームβ側では地下への突入を見据えてドローンによる内部探索の開始がスタートした。地下内部の状況を確認後に訓練を受けた警官特殊部隊が突入する見込みだ。

 電子機器による探査や通信は奇跡の開始と同時に全て使用不可能に陥ることが想定される為、ここから先は時間との戦いである。

 何年にも渡りこの国を苦しめてきた薬物密売組織の瓦解作戦がいよいよ始まりを迎えた。


 一方、大統領府周辺に展開する部隊チームαの中にウォルターの姿があった。

 政府中央機関を警護するという建前で周辺施設への侵入に成功した本隊は、まもなく大統領の身柄を拘束するべく動き出す。

「周囲警戒を怠るな。」

 ウォルターは周辺に怪しい動きをする人物が現れる可能性も考慮しながら指示を出す。

 チームβが地下区画ポイントB1の探査を完了し、特殊部隊の突入を開始すると同時に本体も動き出す手筈だ。

 現在の所は大統領府に主だったる動きはない。周囲はとても静かなものである。

 というのも、今日という日に向けた国民感情の高まりを受け、国全土において特別休日となっている為に大統領府で普段働いている職員もこの場にはいない。おそらくは全員がナン・マドール遺跡へ向かったのだろう。

 これは警察にとっては好都合であった。職員が多数勤務する中で大統領の身柄を拘束するともなれば、その場における混乱が必要以上に大きくなると見込まれるからだ。

 執務室で奇跡の行方を見守ると公言した大統領を除けばこの場にいるのは自分達のみ。

 余計な混乱を招くことなく確実にここで終わらせる。仕留めるべき時が来た。

 マルティムも、大統領も。この国の未来は今日という日を区切りとして新たなる段階へと進まなければならない。

 この時の為に息を潜めてきた。この時の為に全てを尽くしてきた。この時の為に。


 ミクロネシア連邦 第13代大統領 ジョージ・キリオン。

 国家の未来を誰よりも真剣に考え、誰よりも熱く語り、誰よりも憂いていた人物。

 そして自身にとっての旧来から親交の深かったかけがえのない友人でもある。

 ウォルターはこれまでのことを思い返しながらチームβからの報告を待った。


                 * * *


 セキュリティシステムが捉える外部の状況を眺めながらジョージは思案した。

 大統領府の周辺に展開している警察の部隊。建前では主要機関の警護に当たる為としているが、本来の目的は間違いなく自分の身柄拘束にある。

 薬物密売捜査における作戦指揮を執るウォルターがこの場にいることからもそれは確定的だと感じられた。


 時間がない。行動するなら今を置いて他にはない。


 ジョージはこの1週間の間に練った計画を実行に移すことを心に決めた。

 大統領専用デスクの引出しに掛けられたロックを解除し、護身用に設置されている銃を取り出しスーツの懐へ忍ばせる。

 これから警察の目を掻い潜りながら地下区画への移動を始める。ポイントB1と呼ばれるポイントへ彼らよりも先回りをして先にマルティムの2人を亡き者にする予定だ。

 国を挙げての休日となったことで、館内には職員は存在しない。誰にも目撃されずに大統領府を抜け出すことは困難ではないだろう。

 だが、その為には克服すべき課題が一つだけある。ただ一人だけ今日という日に職務に励んでいる人物の目に留まらないようにすること、それが第一の関門となっていた。

 以前、秘書官であるウィリアムに休日だと告げた時、彼は自分と共にこの場で奇跡の行方を見守ると言って聞かなかった。職員の中で彼だけが自分の傍を離れようとしなかったのだ。

 当時はこのような計画を企てて実行に移すなど考えてはいなかったので素直に了承したが、今考えれば命令をしてでも彼を休ませるべきだったと後悔している。

 自身のことを誰よりも気にかけ、心配して支えてくれる人物が最大の障害になろうなどとはあの時には夢にも思わなかった。

 それとも、そんな彼ですら今の自分に疑惑の目を向けているのだろうか。

 悔恨の念を今さら抱いたところで何が変わるわけでもない。

 とにかく時間がない。行動しなければならない時が来た。


 ジョージは大統領執務室のモニターからウィリアムの現在地を探る。

 セキュリティシステムのデータでは彼の登録IDの現在地は秘書官室と表示された。

 今なら彼の目には留まらない。

 ジョージはセキュリティシステムに自分のIDが執務室から移動しないように細工を施すとモニターの電源を切り大統領執務室を後にした。

 大統領のみが通行を許される専用通路から国家非常事態の時に向けて建設された地下通路への入り口へ抜ける。

 当時の建設図面などにも一切記載がされておらず、大統領である者しか存在を知り得ない秘密の通路だ。

 まさか災害などによってではなく、犯罪によって自身の身に危機が迫っている時に使用することになろうとは。自分にとっては非常事態であることに違いは無いが、なんとも間抜けな話である。

 地下通路へと入ったジョージは手元のスマートデバイスから予め用意した地下マップを起動し真っすぐにB1区画へと向かった。

 その目に国家の大統領としての責務の光ではなく、マルティムの首領への殺意の炎のみを宿しながら。


                 * * *


 同時刻。ハワードの率いる調査艦隊4隻は支部の港から太平洋上の作戦ポイントに向けて移動を開始した。おおよそ11時頃には目的ポイントへ到達する計算だ。

 そのほかの艦隊はより遠方の海域にて待機する必要がある為既に出港し当該ポイントへ航行中である。

 メタトロンの艦橋で状況を確認しつつ、ナン・マドール遺跡とペイニオットで準備を進めるマークתと逐次通信を交わす。

 現在までのところ計画には何の支障も無く全てが思惑通りにことが運んでいる。

 だが、こういった状況においてこそ警戒を強めるべきであると過去の経験からハワードは学んでいた。

 何もかもが順調に進んでいる内は発見できない “見落とし” があるかもしれないからだ。

 リナリア上陸計画における航海もそうだった。あの時も島に近付くその瞬間までは航海自体は順調そのもので、僅か数秒の内に全ての状況が覆る事態が起きた。

 警戒を強め、注意し過ぎることで悪影響が出ることは無い。むしろ、何も起きておらず周囲に目を配ることが出来る今だからこそ気を配るべきことだろう。

「周囲監視、警戒を厳とせよ。僅かな異変も見逃すな。追随艦にも伝えろ。」

「承知いたしました。」

 ハワードの指示に副官が返事をし、通信員はすぐに追随艦への警戒態勢厳の指示を送る。


 数か月の間追いかけて来た一件がついに今日で終わりを迎える。マークתは、イベリスは無事に奇跡を止めることが出来るだろうか。ハワードは頭の中で他所の状況についても思考を巡らせた。

 計画では第一段階として間もなく警察の地下突入部隊がポイントB1での探索を完了させて突入を開始し、大統領府に展開する部隊も館内への突入を開始する頃合いだ。

 ハワードが時計に視線を落としたその時、通信員から伝達が入る。

「少佐、首都パリキールへ展開する警察の部隊より入電です。地下区画の探査を完了。これよりチームα及びβにてプロジェクト・シルゥ第一段階を実行に移すと。」

「了解した。健闘を祈ると返電しておいてくれ。」通信員の報告にハワードが答える。

 予定より若干早い突入開始だが事態は動き出した。これから先は何が起きてもおかしくはない、全てが一発勝負だ。

 外部監視と非常対応を担う自分達に役回りが来ないように祈る。その時はつまり “何かが失敗した” ことを意味するからだ。

 太平洋において晩夏の台風が起こした危険な波のうねりが一瞬で船を飲み込み海に引きずり込むような出来事が起きる可能性は否定できない。

 ハワードは穏やかな海を見つめつつも、一瞬たりとも油断できない状況だということを改めて深く心に刻み込んだ。


                 * * *


 国家非常用地下区画ポイントB1区域の探査を完了したチームβの特殊部隊が一斉に地下通路への侵攻を開始した頃、その区域の最奥に位置する部屋で獲物を待ち構えていたアルフレッドとベルンハルトは “最初の客人” を迎え入れていた。


「なぁボス。この場合、さっきの賭けはどうなるんだ?」楽しそうな表情を浮かべたベルンハルトがアルフレッドへ問う。

「大統領でもなく警察でもない。まさか機構のおもちゃが最初にここまで来るとは。予想っていうもんは存外に当たらないもんだな。やってきたのは機構のおもちゃだが、それをここに送ったのは警察の連中だ。てめぇの勝ちで良いぜ?」部屋に設置されたセキュリティモニターへ蔑みの目線を向けながらアルフレッドは答えた。

 その言葉にベルンハルトが応じる。

「こんなことならやっぱ報酬を決めておくべきだったなぁ?今さら遅ぇか。まぁいい。さぁ、楽しい遊びの時間だ。相手が人間でないなら遠慮することも無ぇよな?機械相手で面白みには欠けるが派手にぶっ壊しても問題ねぇだろう。」

 息まくベルンハルトを見やりながら、手に持ったグラスに残る酒の最後の一口を飲み干してアルフレッドは命令を下した。

「殺れ。」

 アルフレッドの言葉が終わるよりも先にベルンハルトは部屋の入口扉を開放して付近まで迫った機構の自立式ドローンへ猛進すると強烈なタックルを見舞った。

 感知が遅れ、回避運動が間に合わなかった鋼鉄の塊はいとも簡単に通路の壁に弾き飛ばされ激突する。重量およそ100キロのドローンは鈍い音を立てて地面に転がると、僅かに体勢を立て直そうとしている様子を見せたがすぐに動かなくなった。

 ベルンハルトが通路に視線を送るとそこにはもう1機のドローンが丁度走行してきていたところだった。

 にやりとした笑みを浮かべてドローンに接近する。警戒信号を出しながらドローンが後退を始めようとしたが、ベルンハルトによって阻止された。

「取っ手付きか!掴みやすくて、丁度良いな!!!」

 ドローンの上部のくぼみに手を差し込み軽々とドローンを持ち上げる。通路の先にさらにもう1機のドローンを視界に捉えたベルンハルトは勢いを付けながら持ち上げたドローンを通路の先のドローンへと放り投げた。

 綺麗な放物線を描いてドローンは通路の先に飛んでいく。飛翔物体の接近を感知したもう1機のドローンは回避行動をしかけたがこれも間に合わなかった。後退を始めたその瞬間に通路から放り投げられたドローンが地下全体に響き渡るような轟音を立てて直撃した。

 重く鈍い音が地下に響き渡る。電気系統が故障したのか、ドローンからはパリパリとした火花が噴き出ている。そして間もなくバッテリーへと引火た機体は軽度の爆発を起こし、鉄塊と破片を撒き散らしながら2機とも完全に沈黙した。

「攻撃してこねぇ相手じゃこの程度のもんか。ただの準備運動にしかならねぇ。」

 ベルンハルトは久しぶりの破壊と運動に爽快感を感じつつも抵抗を示しもしなかった機械に物足りなさも覚えた。

「突入して来るとしたら特殊部隊か。さっさと来い。返り討ちにしてやる。」

 舌なめずりをしながら通路の先をじっと見据えたが、通路の先からいきなり銃撃される可能性を考えると一度部屋へと退くことに決め、その場を後にした。


                 * * *


「自走式ドローン3機の信号途絶。マルティムのヘカトニオンにより破壊された模様。最後に送信された映像を出します。」

 地上に展開している突入部隊チームβの通信員がつい先程地下で探査活動をしているドローンから送られてきた映像を表示した。

 熊のような大きな男がドローンにタックルを見舞い、その後もう1機のドローンを軽々と持ち上げ通路先のドローンをさらに破壊する様子が残されている。

 ノイズだらけの映像に噴き出る火花が僅かに見えたのを最後として信号は途絶した。

「残る1機をすぐに後退させろ。各ドローンが撃破された箇所が奴らの本拠地のすぐ傍で間違いない。特殊部隊を集結させて一斉に叩け!」

「了解しました。チームβ司令より部隊指揮官へ伝達。指定座標に向かいマルティム首領を直ちに押さえろ。繰り返す、指定座標に向かいマルティム首領を直ちに押さえろ。」

 チームβの司令部で指揮を執る警官の指示は通信員を通じて地下へ突入した特殊部隊へすぐに伝令される。同時にドローンが破壊されたポイントの座標データも送られた。

 送り込んだ人数は2人の目標に対して50人。道中を封鎖しながらポイントB1の最奥地にある部屋へ真っすぐに進行中だ。

 ポイント到達までの所要推定時間はおよそ10分。

 警察特殊部隊とマルティムによる決戦の火ぶたがついに切って落とされた。


                 * * *


「チームβより地下探査の終了と特殊部隊の突入開始の報を入電しました。」

 ついにこの時が来た。チームαの指揮を執るウォルターの元に通信員から報告が入る。

「直ちに大統領府へ突入し、大統領の身柄を拘束せよ。」

 ウォルターが指示を下す。その声に連動して警官隊が一斉に周囲の警戒態勢の構えから転身して大統領府へと詰めかける。

 緊急事態の時のみ使用できるセキュリティカードを用いてゲートを突破し、警官隊は続々と大統領府に包囲網を敷きつつ館内へ進行を行う。

 これで長年に渡る静かなる抗争への終止符が打たれることとなる。ウォルターの中には確信があった。数年に渡る自分達の戦いがこれで終わりを告げる。

 しかし、その思いは警官隊が突入を開始して数分で打ち砕かれることになる。突入部隊から予期せぬ報せが入ったのだ。

『突入部隊より司令へ。館内に大統領の姿はありません!繰り返します。大統領の姿はありません!』


 何だって?


 ウォルターは報告の意味が一瞬理解できなかった。

 消えた?蒸発したとでも言うのだろうか。警察は早朝から大統領府の監視を行っており、午前7時頃に大統領本人が入館する姿を捉えて以降に退館したという事実は無い。

 館内からどこか別の場所に消え去ったとしか思えない。どこに?

 その時ウォルターの中にある予感が浮かんでくることとなる。まさか…

 ウォルターの中で膨れ上がる “ある予感” に対して心臓が早鐘を打つ中、手元のスマートデバイスが何者かからのメッセージ受信を知らせた。

 すぐにデバイスに到着したメッセージの送り主をウォルターは確認する。

 その送り主の名前を見てウォルターはさらに衝撃を受けることとなる。差出人の名は大統領秘書官【ウィリアム・アンソン】であった。

 恐る恐るメッセージの内容を確認する。

 ウィリアムから送られてきたメッセージにはC2区域のあるポイントを示すマップデータにある一言が添えられていた。


【探し人は来たる】


 内容を確認したウォルターはすぐ近くにいた自身の側近に告げる。

「大尉、私は緊急で別ポイントに向かわなければならない。以後、この場の指揮は君の手に委ねる。誰も私には同行しなくて良い。周辺の警戒を厳に保ったまま大統領府内の捜索を継続するように。」

「はっ!承知いたしました。」

 ウォルターはそう言い残すと足早に大統領府を後にした。

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