第18節 -調査開始-

 9月3日 午前7時30分

 支部のミーティングルームでは昨日の朝と同じメンバーによる簡単なミーティングが行われていた。

「以上がこれまでに判明した新たな情報と本日の調査任務内容だ。」内容の説明を終えたハワードが言う。

「大聖堂跡地とナン・マドール遺跡の現地調査か。」ジョシュアが頷く。

「はい。新しく得られた情報も参考に現地の再調査を行います。皆さんにとっては初めての現地調査となりますし、我々の視点から今まで見るべきところではないと考え見逃していた部分があるかもしれません。アメルハウザー准尉から報告のあった仮説を元にした事象の再分析は支部の解析班と私が担当します。」リアムが言う。続けてハワードが話した。

「私は艦隊を指揮しながら周辺海域の調査にあたる。当時の気象状況に気になるところもあるからな。諸君らマークתに大聖堂跡地とナン・マドール遺跡それぞれの調査をお願いしたい。」

「了解した。それで、二手に分かれての調査となるわけだがメンバーの割り振りは俺の裁量で構わないな?」調査指揮における裁量範囲の確認をジョシュアが行う。

「構わん。その方が私が決めるより事がうまく運ぶだろう。」

「では俺とルーカスがナン・マドール遺跡、玲那斗とフロリアン、そしてイベリスが大聖堂跡地で行こう。」

 マークתのメンバーが快い返事をする。初めての現地調査に硬く緊張の面持ちを浮かべたイベリスも二度頷いた。彼女の様子を見た玲那斗が言う。

「大丈夫、俺とフロリアンが先導しながら何をしたらいいか指示するよ。」

「頑張ります。」

 玲那斗の言葉を聞いて尚、不安そうな表情をイベリスはしている。

 真面目な彼女のことだ。自分が失敗して皆の足を引っ張ったらどうしようなどと悪い方向に考えているに違いない。

 玲那斗は自分やフロリアンの初めての調査の時のことを思い出しながらその様子を微笑ましくも感じていた。

「最初は手伝いをするっていう気持ちで良いんだ。リラックスして行こう。力むと実力が発揮できなくなってしまうからね。」

 その言葉を聞いたイベリスは幾分か表情を和らげながら再度頷いた。

「調査の方向は決まったな。朝食後に各自持ち場へ向かってもらうことになるが、最後に諸君らに別件で報告しておくことがある。」

「別件?」難しい顔をして言うハワードを見たジョシュアが聞き返す。

「あぁ。報告内容は2つ。まずひとつは昨日も薬物密売の容疑で何名かの市民が警察によって逮捕された。密売現場における現行犯逮捕だそうだ。例のグレイによる被害は鳴りを潜めてはいるが、その他の薬物に関しては現状も取引が盛んに行われている。調査の際に不審な人物や動きを見かけた場合は即座に中央司令まで一報を入れて欲しい。それと、これが別件における本題となるが昨晩コロニア市内の裏通りで警察官2人が何者かに襲われ暴行される事件が発生した。犯人はまだ捕まっておらず、特定も出来ていないそうだ。」

「何だって?」

「現場には血痕が付着したものを含めて多数の鉄パイプが散乱していることから集団での犯行だと見られている。殴打された警官は銃を手にしたまま倒れていたそうだ。」

 ハワードによる報告でその場の空気が張り詰める。

「銃を抜くほどに追い詰められる状況だった…ということでしょうか。」フロリアンが言う。

「そう考えるほかない。集団に囲まれる状況になればそうせざるを得ないだろうな。何でも、その警官2人は “不審な動きをする人物が周囲をうろついている” という通報で出動したらしい。」不安そうな溜め息交じりにハワードが答える。

「無差別な犯行か、それとも何か狙いがある犯行か…どちらにせよ、そういうことが身近で起きたならば俺達も十分警戒した方が良いだろうな。警察からの情報提供に感謝しなければ。」ジョシュアが考えをまとめながら言う。

「いえ、これらの情報は全て大統領府からのものです。警察からこの件に関しての報告は何も受けていません。」

「何?」てっきり警察からの情報提供だと思っていたジョシュアは怪訝な顔をして言った。リアムの答えを聞いた玲那斗が言う。

「伝えるべきことを伝えていない節がある…昨日大統領がおっしゃっていたのはこういったことでしょうか。」

「警察が我々には現段階で伝える必要がないと判断した可能性もあるんじゃないか?そのうちテレビで流れるだろうからな。」玲那斗の横でルーカスが意見を言った。

「だが、報告を受けた大統領府からの連絡が無ければ何も知らない我々は、何の事前情報も準備も無く無防備で危険に晒されていたかもしれないということになる。」納得がいかないジョシュアが不満を口にする。

「お前の言う通りだ。この件については警察に対して一言申し入れを行うつもりでいる。聞き入れられるかどうかは別としても、言うべきことは言っておかないとな。」ハワードが同意を示して言った。

「故に調査任務に向かう諸君らには二種の自衛用スタンガンの携行を認める。今回の件に関与しているかは別としてマルティムの件もある。どうしても身に危険が及んだ時は躊躇せず使用しなさい。大統領府から報告を受けた際に非常時における使用許可はとってある。」

 機構が自衛用に所有するスタンガンは手に持って対象に直接接触させ高電圧を流すハンディタイプのもの、そしてワイヤー針を射出し命中した対象に高電圧を流し動きを制する銃型のタイプが存在する。

 今回はこの二種類の携行が許可されることになった。

「出来れば使用するような場面には遭遇したくないものだな。」

「私もそう願っている。」ジョシュアの呟きにハワードが答えた。その後、ミーティングを締めくくる言葉を続ける。

「では、行動を開始しよう。」

 こうして朝のミーティングは終了を迎えた。


                 * * *


「ロザリア様、お耳に入れたいことが…」

 ステンドグラスを通した朝の陽ざしが差し込む教会の中、何やら緊迫した面持ちでアシスタシアがロザリアに声を掛ける。

「どうしたのですか?朝からそのように慌てて。」

「はい。昨夜、コロニア市内で警官二人が襲撃される事件が起きたという知らせが “警察より” 入りました。周囲に十分注意してほしいと。」

「それだけならメディアが既に報道していること。何か…もう一つか二つありますわね?」ロザリアがアシスタシアに問う。

「はい。襲われた警官からの証言では、よたよた歩きのやせ細った人間に集団で襲われたとのことでしたが、彼が言うには “ソレは人間のようでいて人間に見えなかった” と。それと、現場に残された鉄パイプからは指紋はおろか、 “人間が掴んで使用したという痕跡も発見されなかった” とのことです。」

「そう。報告ありがとう、アシスタシア。朝のお祈りをしてきなさい。」

「はい。」報告を聞いたロザリアに促され、アシスタシアはその場を離れる。

 彼女が離れるのを確認したロザリアは独り言を言う。

「やはり、この地にももう1人…あの時と同じ。」

 ロザリアの顔にはいつものような穏やかな微笑みも無邪気な少女のような笑顔も無い。

 その目は、自身が敵として認識した者を射貫く際にするような眼差しでもあった。

「5年前はついぞ叶うことがありませんでしたけれど、今度こそ直接話をする必要がありそうですわね。…どういった手段を使ってでも。」

 真剣な眼差しをしたロザリアは後ろを振り返り、扉の方へと視線を据えた。


                 * * *


 朝食を済ませた玲那斗とフロリアン、イベリスの3人は調査資材を詰めた4人乗りの小さな車に乗ってポーンペイ大聖堂跡地へと向かっていた。

 支部からはおよそ2キロメートル離れた位置にあるその場所は、海岸通り沿いの道路を走っていった先にある。

 フロリアンの運転する車が走り始めてから5分もしない内に目的地へと辿り着いた。

 到着した3人は、誰の邪魔にもならない適当な場所に車を停車すると早速車外へと降り立つ。

「ここが第一、第二、第三の奇跡が起きた場所か。」周囲を見渡しながら玲那斗が言う。

「はい。すぐ近く見える4階建ての建物がアヤメちゃんが通っている学校だそうです。そして、ヴァチカンの2人が拠点にしている教会が道路を挟んで向かい側の建物ですね。」フロリアンが言う。

 大聖堂跡地の広い敷地の半分は石垣に囲まれ、残りはフェンスに囲まれている。

 3人が立つ場所から少し離れた位置に旧聖堂と思われる高い石造りの建築物が聳える。

 通称、ドイツ鐘楼といわれる建物の名残だ。頂上に十字架が設置されていることから、その建物が旧大聖堂の名残とみて間違いないだろう。

 年月による風化で各所は痛んでおり、聖堂への入り口だったと思われるアーチ状の建造物には石の隙間から植物が広範囲に侵食してきている。

「資料によれば、彼女が奇跡を起こす際にいたとされる場所はあの石段の上だな。」

 玲那斗が差す方向には3メートルほどの高さの石造りの物体があり、すぐ傍に枯れ果てた泉があった。

 フロリアンはヘルメスを通じてプロヴィデンスに収められている詳細な地形データと、奇跡があった当日の人の動きや状況再現データを呼び出して表示する。

「そのようです。そして第二の奇跡、第三の奇跡では石段の目の前でグレイに侵された男性を含む人々が奇跡の回復を遂げています。集まった人々の数を示す値も回を重ねるごとに増えていっていますね。」

 玲那斗とフロリアンは今までに集められた情報を現地に照らし合わせながら順番に確認を進めていく。その隣でイベリスが周囲を見回して呟いた。

「なんだか、あまり落ち着く場所ではないわね。」

「何か感じることがあるのか?」玲那斗が尋ねる。

「感覚的なものよ。こうした教会があるような場所と言うのはおおよそ静けさと神聖さ、そして厳かさが共にあるような空気を感じるものなのだけれど…この場所は凄くピリピリしているというのかしら。ざわついた空気を感じるの。フロリアン、貴方は何か感じない?」

 こうした場面において常に誰よりも先に感覚的な異変を感知するであろうフロリアンへイベリスは意見を求めた。

「そうですね。今まで西洋の教会や聖堂、アジアの神社や仏堂など神秘的な場所はたくさん訪れましたが確かにイベリスの言う通り、そういった場所の空気感とここは異なると思います。ただ、それは既に荒廃してしまった場所だからこそという気がしていました。」

「2人ともありがとう。異なる空気感が存在するということも頭に留めつつ調査を進めることにしよう。そういった些細なことだと感じられる要因が実は一番重要だったりするからな。」2人の話を聞いた玲那斗が言った。

 その後は泉や石段、旧聖堂の建物など調べる対象の的を絞りながら3人は調査を進めていった。


                 * * *


 午前10時頃。支部を出発してから1時間少々。ジョシュアの運転する車は支部から約40キロメートル離れたテムウェン島、ナン・マドール遺跡へと到着していた。

「ここがナン・マドール遺跡。やはり資料で見るよりも広大ですね。どこから調査の手を入れて良いのか迷います。」車から降り立ったルーカスが言う。

 少し離れた場所では団体観光に訪れたであろう海外観光客の姿がまばらではあるが見て取れる。

 彼らの様子を目で追いつつ、これからどこを中心に調査を行うかについてジョシュアが言う。

「調査は対象範囲を絞って行おう。目標はやはり、あの少女が宙に浮かんでいたという場所になる。」

「はい。真っ先に対象とすべきポイントです。それに、この場所は世界遺産であると同時に危機遺産でもありますし、広範囲に渡ってはむやみに手を付けられません。」

「大方はモーガン中尉の率いる調査隊が調べ尽くしているだろうしな。では始めるか。」

 簡単な相談と意思確認を終えた2人はヘルメスのマップデータを表示し、過去にこの地を調査した際のデータや奇跡当日の状況シミュレーションをマップに重ね合わせた。

「対象ポイントの特定完了しました。トリニティを使いますか?」ルーカスが言う。


 全事象統合観測自立式ドローン【トリニティ】

 機構が有する環境調査ドローンである。

 陸・海・空の3方における全環境自立行動能力を持ち、映像・音声・温度などあらゆるデータ採集を可能としている。

 収集したデータを即座に統合分析処理基幹システムであるプロヴィデンスへ送信し、データベースに加えることで現地状況の確認や変化、今後の予測まで含めた高速な分析処理を可能とする機構の調査において欠かせないプロヴィデンスに次ぐ第二の要となる機材だ。


 ルーカスは念の為に今回の調査でもトリニティを使用するか確認したが、ジョシュアはすぐに否定した。

「いや、以前の調査でその辺りは完璧に近いほどにデータを収集しているはずだ。今回は必要無いだろう。気になるポイントがあれば都度ヘルメスで記録してプロヴィデンスへ転送しよう。トリニティによる大規模データ収集より、ヘルメスによるピンポイント情報収集の方が今回の場合は適している。」

「了解しました。では直接ポイントに向かいましょう。」

 2人は全体調査よりも細かい情報精査の側面に焦点を当てて調査を進める方針を固め、目標となるアヤメが8月13日にいたとされる場所へと歩き出した。

「しかし隊長、良かったんですか?」歩き始めて間もなくルーカスが言う。

「何がだ?」

「人員配分です。個人的な意見を申し上げれば、こちらの調査にイベリスを呼んだ方が感覚的なものも含めて新しい発見があるかもしれないと思っていました。彼女なら自分達には感じられない違和感のようなものも読み取れるのではないかと。そしてもう一方の対象が聖堂跡地であれば、その知識に詳しい隊長がそちらに回られた方が良かったのではないかとも。」

「つまり玲那斗とイベリス、そして俺が逆の方が効率的だったのではないかという意味だな?」

「そうです。いつもであればそうなさったのではないかと思って。何か理由があるのですか?」ルーカスは朝から疑問に思っていたことを尋ねてみる。

「大聖堂跡のすぐ近くにカトリック学校があっただろう?あそこに対象の少女が通っていることは把握しているな?」

 歩きだして間もなく現れた遺跡の間に流れる水路を越え、足元の悪い石段を越えながら会話する。

「っと、はい。ヴァチカンのいけ好かない2人が付近にいることも。」

「ははは。ルーカスはあの2人が苦手か?」

「見た目は好みです。正直、男なら誰だって憧れるような容姿でしょう。性格があぁでなければ休日にでも身分を伏せて口説きに行ってますよ。しかし如何せん…」

「科学の申し子のようなお前さんからしたら、神の狂信者のようにも見える彼女達との相性は確かに最悪だろうな。残念なことだ。」

 ルーカスの言いたいことを悟ったジョシュアは彼が言い切るよりも先に答えた。

「話を戻そう。イベリスに向こうへ行かせたのはアヤメとの遭遇を考慮してのことだ。警察や政府による警備が付いている以上、あの子に関してだけはまともに調査を進めて自然に会話できるような機会が訪れるとも思えない。そうした機会が訪れる唯一の可能性に賭けてるんだよ。それが万一実現した時、一番話をした方がいい適切な人物は迷うこと無くイベリスだ。だから向こうへ行ってもらった。少女が玲那斗達を避ければ話は別だがな。」

「なるほど。ギャンブルですか。」ルーカスが笑いながら言う。

「言い方が悪いな。っと、だが違いない。俺達は可能性を信じることが仕事だからな。それとお前さんをこちらに回したのは例の “あの2人” から遠ざけた方が良いだろうという俺の判断だ。爆弾の導火線に火を近付けるような真似はしない。」

「私情と職務は別物ですよ。それに今の自分は火ではなくきっと導火線を湿らせる水です。仮に調査中に彼女達と遭遇したとしても相手にしなければ良いのですから。」

「それは私情ではないのか?だが、もし仮に俺達と彼女らが遭遇したとしたら総大司教様は真っ先にルーカスに話しかけてきそうだが。」

「なぜそうお思いに?」

「昨日、彼女はやけにお前さんにだけ突っかかっていただろう?たとえ半分演技であったとしても、こちらが先に突っかかったというのもあるのかもしれんが、心を読んで会話するというような相手がそこまで感情をなぞった話し方をするものかと思っただけだ。」

「やめてください。次に出会った時にいらない意識をしてしまいそうです。それを読み取られたら面倒くさい。」

「そういうはっきりした所はルーカスの長所だな。」

「科学において、仮説を実証した結果に “グレー” はないんです。1か0か。白か黒か。私はこういう言い方は好きではないですが成功か失敗か。それだけですから。」

 軽口を互いに叩きつつ、足元の悪い場所を越えて二人はついにアヤメがあの日にいたという場所へと辿り着いた。

「さて、到着だ。ヘルメスのシミュレーションを元に気になるポイントを徹底的に調べるぞ。」

「了解しました。」ジョシュアの掛け声にルーカスが応える。

 ナン・マドール遺跡における情報の精査を含む再調査が始まった。

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