走る少年

 朧気おぼろげにしか覚えていなくても、彼女の綺麗な夜空にも負けない黒髪、蒼く澄んだ瞳。

(...この人と僕は夢で会ったことがある)

 少なくとも僕はそう思って立ち止まったけれど、相手方も立ち止まって僕の足から顔までこれでもかと見ている。

 まぁ急に横で止まられたら不信になるよな。

 ここで止まってしまったからには、なにか喋った方がいいのかなと思い、


「あ、あの~」

「な、何かしら」


 急に話しかけられて少し驚いた顔もこれまたギャップがあって......


「ね、ねぇ君?」

「あ、はい。すいません急に話しかけてしまってこんな早い時間に登校してる生徒がいるなんて珍しくて気になったもので」


 夢の中で出会ったなんて言っても、「変質者」「ストーカー」なとなど不名誉な事を言われかねないのでとりあえずその事は伏せておく。


「...そうね。私早起きだから、しかも学校久しぶりだから」

「久しぶり...なんですか?」

「色々あってね。ところで君って...」

「はい、何でしょう?」

「変質者か、ストーカー?」


 あっれれー、何でそこで危惧したワードが出ちゃった?

 普通の会話の流れを組めたと思った矢先のダム崩壊。

 僕の困惑した姿を見て、彼女はさらに問い詰めてくる。


「だって私を見つけるなり、スピード上げて近づいてくるし、勝手に顔を見てくると思えば止まって視姦してくるし」

「あれ?そう聞くとマジで変質者、ストーカーって呼ばれても仕方ないような気が」


「早起きは三文の徳」とは、よく言ったものだ。

 正しくは、「早起きは30分で死」ことわざ辞典は早急に直すように。

 ここで、齢16歳にして社会的死に直面している僕がするべき事は1つだけ。


「誠に...申し訳御座いませんでしたぁぁぁぁ」


 日本文化の象徴 土・下・座

 周りに他の人気がないことも幸いし、僕も躊躇なくその場で頭を地面に擦り付ける。


「いや、やめて分かったから...半分冗談だし。その光景の方が変質者に見えるから。はっきり言ってキモい」


 最後の言葉はいらなかった気がするけど、とりあえず分かってもらえたようだ。

 土下座最強!!


「それじゃ」


 満足げに安堵している僕を矢先に「もう関わりたくないのでサヨウナラ」と背中で語る美少女。

 その背中を見ながら後ろを歩く僕。


スタスタッ

 スタスタッ

ドッドッドッ

 ドッドッドッ

 気づけば、2人とも全力疾走していた。

 そして、校門前で2人とも限界に達し、足が止まる。


「あんた...ハァ...やっぱりストーカーじゃない」

「制服見て...ハァ...分かるでしょ。僕も...ハァ...ここの生徒なんで...す」

「だからって...走ってまで...ハァ...ついてくること...ないでしょ」

「目の前で走られたら、走りたくなりません?」

「急に元気に意味わからない事言わないでもらえる?キモい」


 だから最後の言葉は余計なんだけどまぁいいや


「せっかく最後まで走りきった仲ですし、自己紹介でもします?」


 我ながら文脈の才がないコミュ病。わりと真面目に変質者。


「どうも、初めまして変質ストーカーさん。私はしがない高校2年生です。今日はお日柄もいいので警察までお散歩などどうですか」

「うわー、ここまで心に傷を追ってなにも情報がない挨拶初めて。分かったの僕の先輩ってことぐらいです」

「私とした事が、危ない人に情報を与えてしまったわ」

「......初めまして、僕は浜崎月道はまざきつきみち高校1年生です。高校2年生って情報だけで人物絞り込めるほどの変質ストーカーではないので安心してください」

浜崎月道はまざきつきみち...貴方が?」


 なぜかは知らないけど先ほどまでの汚物を見ているような眼差しが少し和らいだ。


「でも...どうして貴方がここに?」

「さっきも言いましたが僕も同じ高校に通っているからですけど?」

「そういう意味では...ないんですけど」


 これからは、先輩と呼称することにするが、その先輩は、僕が自己紹介してからガラッと態度が変わった。

 自分が先輩なのに、唐突に敬語になり、たくさん質問してくる。


「あの...浜崎さんはここがどういう場所か知ってますか」

「校門前です」

「いや、だから、そういう意味ではなくてですね。あぁーめんどくさい!!性に合わないこの喋り方」


 急に壊れた。女の子って不思議だね。


「だからーなんで貴方が私のの中にいるの」

「うん、うん......今なんて?」

「なんで私、天善海美てんぜんうみの中にいるのかって、きーいーてーるーのー!」

「大丈夫ですか?病院行きます?必要なら救急車呼びます?」

「もしかして貴方......気づいて」

「はい?えっ!?ちょっ...なんで...いきなり」

 また...泣いている。

 夢でもそこだけははっきり覚えてる。

 彼女の泣きながら微笑んでいる姿だけは、鮮明に。

 やっぱり、この先輩は僕が夢で出会ったあの人に間違いない。そう確信した。


「先輩...泣いてるところ悪いんですけど僕たちってどこかで会ったことありますか?」

「!?......ごめんなさい」


 僕が聞いた事が止めを刺したように先輩の涙腺は崩れ落ち、僕に謝罪して先輩はどこかに逃げ去ってしまった。

 今度は、追いかけなかった。

 追いかけられなかった。

 さっき名前を知ったばかりの僕が追いかけて何が出来るというのか。

 何もない。しがない高校2年生でコミュ病の浜崎月道はまざきつきみちに......出来ることなんて。

 そう、考えた所で一発全身全霊で自分の顔を


「...そうじゃない。泣かせたのは僕だ」


 先輩は何も話してくれなかったけど、僕と先輩の間には何かある。

 それだけは分かる。更に僕に分からないその関係性が先輩を傷つけているのなら...


「ここで追いかけないと男じゃないよな。浜崎月道はまざきつきみち


 後で思い出すと恥ずかしくて死にたくなるような気持ちを胸に僕は、青春ラブコメの主人公になりきり、先輩を追いかけた。
















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