テレシア・ハイドルトン②

 王国の郊外に位置するゴブリンの巣を二つの部隊に分かれて捜索する。

 それが、今回の任務の内容であり、俺はテレシアとは別の部隊だ。

 まぁ、彼女と一緒の部隊だと、戦果を彼女に盗られてしまうため、俺にとって好都合とも言える。

 ……記念すべき、初陣なのだ。

 やはり、俺も何らかの爪痕を残したい。


「なんか静かっすねぇ」


「ゴブリンは意外と知能が高いからねぇ。恐らく、俺たちの襲撃に感づいて罠を張ったりして待ち伏せているんだろうなぁ」


 隊員の一人と隊長の会話を無言で聞く。

 俺の部隊の人数は4名。

 その内、これが初出撃となる騎士は俺を含めて3名であり、この部隊の隊長以外のメンバーは初の任務となるのだが……。

 何というか、隊長はのほほんとしているし、俺以外の新人は緊張で震えているし……色々と不安でならない。

 本当にこんな状態で、任務を遂行する事が出来るのだろうか。


 ……そんな事を考えながら、哨戒を続ける。

 ゴブリンの位置情報はおおよその位置しか分かっていない。

 そのため、現地組の俺たちが骨を折って探さなければならないのが少々面倒だ。


「おっ、ゴブリンの巣らしき物を発見したぞぉ!」


 そして、その時は訪れる。

 作戦中だというのに、かなりゆるっとした雰囲気の隊長が歓喜の声を上げた。

 この時点で作戦開始から3時間ほど経過しており、テレシアの部隊は現在交戦中だ。

 つまり、援軍は期待できず、否応なしに俺たち4人で戦闘に臨む事になる。

 初の実戦。初の戦闘。

 訓練とは違って、負けたら死ぬ……。

 そう考えると、操縦桿を握る手に力が籠る。


「陣形を崩すなよ。これよ"ッ」


 ……突然、隊長の機体がゴブリンの巣から飛び出した巨大な食虫花の姿をした魔物に飲み込まれた。


「……え?」


 驚く俺たちなど露知らず。

 魔物は隊長の機体を噛み砕き始める。

 まるで、煎餅を咀嚼するような……バリッボリッという音が周囲に響き渡った。

 余りに急展開すぎて、理解が追いつかない。


「う、うわあああぁああ!!」


「こ、殺されるぅううううぅ!!!」


 俺よりも状況をいち早く飲み込んだ新米の騎士二人が、蜘蛛の子を散らすように逃げ始める。

 ……おかしい。ありえない。

 こんな魔物がいるなんて書いていない。

 今回の任務はゴブリン討伐だったはずなのに。

 なのに、なんだあれは。

 あの植物型の魔物は巣に住んでいたゴブリン共を捕食した上で、俺たちが来るのを待ち伏せていたとでもいうのか?


 ……いや、落ち着け。冷静になれ、俺。


 今更、そんな事を考えたって意味はない。

 相手の実力が完全に未知数である今の状況で。

 自分に出来る最善の行動をしなければ。

 まず、救援信号を送る。

 わざわざ、俺が送らなくても逃げた2人が応援部隊を呼んでくれるとは思うが。


 次に、あの魔物から逃げるのは?

 だめだ。

 隊長を襲った時の魔物の姿を鑑みると、奴の移動速度は俺の機体の全速力より速いことが推測できる。

 その上、あつらえ向きに備え付けられたツタによって捕縛される未来しか見えないので、逃げるのは現実的ではない。


 奴と戦うのは?

 これも、だめだ。

 残念ながら、対ゴブリン用の装備では、あのサイズの魔物を単独で討伐する事は不可能。

 ツタによって、接近することすらままならないし、攻めるための手札や手数が足りない。

 何よりも、武器の火力が全然足りない。


 恐らく、今の俺にできることは救援部隊が来るまで必死に耐え凌ぐこと。

 だが、魔導騎兵の燃料には限りがあるし、地の利は植物型の魔物の方にある。

 いつまでも膠着状態が保てるとは到底思えない……なんて事を考えている間にも、魔物はツタを鞭のように振るって攻撃を仕掛けてくる。

 俺はツタをブレードで切り落としたり、何とか回避したりして、ギリギリのところで持ち堪えていた。

 正直、かなりキツイ。

 いつ死んでもおかしくないし、俺が生き残る可能性は皆無であると、断言して良い。


 けれども。

 俺は不思議とワクワクしていた。

 本当に気が狂っていると自分でも思う。

 だが、胸の高まりをどう足掻いても抑える事ができない。

 俺を産み育ててくれた母親。

 救国の英雄として戦死した偉大な親父。

 二人には申し訳ないが、ここで死んだとしても俺は悔いなんてないだろう。

 そう思えるほどには、気分が高揚している。

 要するに、俺は楽しんでいるのだ。

 命を賭けた戦いを。

 こんなにも猟奇的な一面が自分にあったとは。

 テレシアに知られてしまったら、汚物を見るような目で見られる事、間違いない。


「それも、生き残れたら……の話ではあるけどな」


 ツタによって、機体の右腕が弾き飛ばされる。

 危険を知らせる音が煩くて、耳障りだ。

 そもそも、今の段階で動いている事自体が奇跡であると言うのに。

 だが……もう、限界だ。

 燃料も無ければ、損傷も酷い。

 あと数分持てば良いところだろう。

 ならば。


「最期はカッコよく。華々しく散ってやろうじゃねーか」


 結局、親父みたいには成れなかったし。

 最後の最後で、知りたくなかった自分の一面を知ってしまうし。

 本当に、散々だ。

 でも、人生というのは、案外そんなモノなのかもしれない。

 そんな事を考えながら、俺は両手でブレードを構えて、植物型の魔物に特攻を試みる……ことはなかった。


 その前に、植物型の魔物がそのまま力なく地面に倒れ伏した。

 ……彗星のように現れた魔道騎兵によって、全身を一刀両断されたのだ。


「あ……え?」


 突然の出来事に言葉を失う。

 すると、真っ二つに分かれた魔物の死体から謎の体液が血飛沫のように吹き出した。

 その様子を唖然としながら見ていると、俺の機体の画面にとある少女の姿が映し出される。


「本当に情けない面構えをしてますね。散々息巻いていた数時間前の貴方に見せてあげたいくらいです」


 普通では考えられない速度で俺の救援にやって来たのは……毒舌女のテレシアだった。

 救援信号を出してから、まだ数十分しか経過してないのに。

 こんなにも早く俺を助けに来れたのは、何故なのだろうか?

 ……いや、それよりも。

 テレシアはあのサイズの魔物をたった一人で討伐したばかりだと言うのに、至って涼しい顔で俺に憎まれ口を叩いている。


「貴方は命を助けられた礼すら素直に言えないほど恩知らずな……」


「テレシアが来てくれなかったら絶対に死んでた。本当に、本当に……ありがとう」


 色々と思うところはあるが。

 まずは直球にお礼を伝える。

 俺の、命の恩人に対して。


「……ふふっ。どういたしまして」


 不器用で不恰好な俺の礼の言葉を、想定よりも素直に受け取った彼女はとても優しく微笑んだ。

 ……こんな風に笑えるのか、と失礼ながらに思った。

 彼女とは数年来の付き合いがあるが、笑顔を見るのは初めてかもしれない。

 少し……いや、かなり感動しているが。

 それ以上に。

 溢れんばかりの才能を間近で再確認した事で。

 羨望に似てるようで違う、形容し難い感情を胸に抱いた。


「俺も強くなりてぇな……」


 今のままではダメだ。

 もっと、俺は強くならなければならない。

 親父を超えるためにも。

 そして、何よりも。

 ……自分が知らない自分。

 戦いを楽しむ自分の存在を、もっと知るためにも。

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