1-3 同室と節度ある自慰行為

ツバサは青い結晶体を拾う。多分これをどこかで換金なりするのだろう。

そして光る球体にも手を伸ばすが、それを掴むことは出来なかった。


「? なんだ? 触れない……?」


「それ……」


振り返ると、少女の身体が淡く青い光に包まれていた。

そして少女は引き寄せられるように光る球体にそっと触れた。


瞬間、辺りを青白い光が迸る。

というか、少女を中心とした青白い光の柱が立ち上っているようだった。


「これは……!?」


腕で目を覆い、ツバサは呻く。

光は一瞬だった。

辺りが元に戻ると、光の球体は消えていた。


「何だったんだ? 今のは……なあ」


「――ルリ」


「え?」


「思い出した。私の名前。ルリ」


少女がどこか呆然としたように呟く。


「記憶が戻ったのか?」


「みたい。でも、全部じゃない。名前と、昨日の事は思い出した」


えらく限定的だな。だが、少しでも戻って良かった。

そう思っていると、遠くの方で今度は橙色の光の柱が立ち上った。

先程の青白い光と酷似している。その光もすぐに消失した。


……。


ルリが光の球体に触れる。光の柱が出現する。ルリの記憶が少し戻る。そして別の光の柱が出現する。


「これって……」


何となく察する。


「あれか? 俺がルリとぶつかってルリの記憶が光の玉になって世界に飛び散ったとかそういうあれか? で、今の光の柱が次の光の玉の在り処とかそういうパターンか?」


「そうなの?」


きょとんとした顔でルリが聞いてくる。

そういえばさらっと呼び捨てにしてしまったが、ルリもツバサと呼び捨てにしてくるし、まあ良いのだろう。


「いや、確証はもちろんないんだけど、そんな気がする……」


「そう。でも、私もそんな気がするかも。それと……」


「それと?」


「……何か、とても大事な事を、忘れてしまっている……。そういう、気持ちを思い出した。私は、どうしても……記憶を取り戻さなきゃならない。これは……何? 胸が、苦しい。締め付けられてる、みたい」


ルリはそう言うと、軽く胸を押さえる。

表情の乏しい少女が、初めて感情が見える顔をした。

それが酷く悲痛な表情というのは、とても皮肉な事に思えた。


「じゃあ、今の柱のところに行ってみるか?」


「うん、そうする。じゃ」


ルリは表情から感情を消してそう言うと、とことこと歩き出してしまう。


「ちょ、ちょっと待て。俺も行くって!」


「なんで?」


「イヤ、ルリが記憶なくしたのは俺のせいだし、記憶を取り戻すの……手伝わせてくれないか?」


勿論、打算もある。この少女は強く、自分は弱い。

だが、それ以上に……さっき見せたルリの表情。

まるで自分まで同じくらいに辛い気持ちになるようなあの顔が、どうしても記憶に貼りついて離れない。忘れられない。


「俺も一部だけど、記憶をなくしてる。ルリの記憶の球体?みたいに俺の記憶もどっかに同じようにあるのかもしれないし、もしかしたらルリの記憶の球体と一緒にあるのかも……って思ってな」


これはあまり期待のしていない可能性の話だ。

正直に「さっきの顔を見せられたらほっとけるはずないだろ」なんて恥ずかしくて言える訳がないので咄嗟にひねり出した建前だ。


「そう。ツバサも、記憶を取り戻したい?」


「まあ、できればだけどな。それに、俺も旅はしているが、特に目的とかはないんだ。なら、しばらくはそれを目的にしてもいいかなって」


旅云々は嘘だが、さっきこの世界に来たばかりを言うわけにもいかないのでとりあえずそういう設定にしておく事にした。これなら色々と都合がいいはずだ。


「……わかった。じゃあ、その」


ルリは一瞬言葉に詰まるが、


「……これからよろしく、ツバサ」


少しだけ緩んだような無表情で、そう言った。




その日の夜の事だった。

しばらく進んだ先にあった町の宿に泊まる事になったツバサは、所持金の関係で同室になってルリから恐るべきことを言われる事となった。


「今晩の事だけど、自慰行為をしたいなら、私に構わず行為に励んでいい。でも、少し気まずいから、可能ならお手洗いでの行為をお願いしたい」


少々、ここに至るまでの経緯を補足する。

ドラゴンを倒したあと、光の柱が見えた方向には町があるとルリが言い、ひとまずそこに寄る事になった。

道中、モンスターに出会う事もなく町に着く事ができたが、辺りは既に薄暗くなっていた。

さらに、光の柱はその町からさらに進んだ先にある――本人曰く、「位置は何となくわかる気がする」――と言うので、今日はここで一泊する事になった次第だ。

ツバサはもちろん所持金はゼロであったが、ルリには手持ちがあり、申し訳ないが本日はそれに頼る事にした。

しかし宿屋二部屋分の料金には届かなかったので、あえなく二人一部屋となり、二人で同じ部屋に腰を落ち着けたところで先の爆弾発言だ。


「自慰行為をしたいなら、私に構わず行為に励んでいい。でも、少し気まずいから、可能ならお手洗いで行為をお願いしたい」


なんつー事言うんだこの女は。記憶と一緒に羞恥心まで失ってんのか?


「すまん、今なんて?」


聞き間違いに期待するツバサ。


「自慰行為をしたいなら……」


期待は砕かれた。


「っ……! しねえよ! いきなりなんつー事聞いてくるんだ!」


「しないの…?」


至って真面目に、若干怪訝そうな顔を向けてくるルリ。

瞳はどこまでも澄んだ色をしている。


「男性は、毎日自慰行為に励むものだと思っていた」


澄んだ瞳で何てこと言ってんのこいつ。

その綺麗な瞳に謝れ。

自慰行為については……まあ人によっては毎日励んでいるかもしれないけど、そういう話ではない。

無慈悲にもルリは続ける。


「私は毎日はしないけど。それと、今日はツバサがいるので行うつもりはないから、安心して欲しい」


「当たり前だろ! 何考えてんだ! ていうか、そんな話を気軽に異性にするもんじゃないだろうが!」


「ごめんなさい。なにせ記憶がないので」


「ごめん…それはマジでごめんって…」


「冗談」


「このやろう!」


こいつ…割とこのカード切ってくるのか……!?

今後が非常に不安になるツバサ。

とはいえ、自分が原因なので何も言い返せない。

話を逸らそう。


「しかし、すまなかったな。俺に手持ちがないばかりに、男と同室になってしまって」


「それはいい。こちらも、記憶を取り戻すのを手伝ってもらっているから」


そういう事ではないのだが。

やはり羞恥心を記憶と一緒に失ってしまっているのだろうか……だとしたら、こちらが色々と気を付けてあげる必要があるな……と考えていると、


「じゃあ、寝る」


ルリはそう言うと布団を被り、数秒後には小さな寝息が聞こえてきた。寝るのはっや。


「なんつーマイペースな野郎だ……」


ルリがこの調子なので、何か色々と気をまわしている自分が少々馬鹿らしく思えて、ツバサもその日はさっさと寝た。

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