神楽樹の和歌〜不思議な猫と恋の和歌〜

黒瀬 カナン(旧黒瀬 元幸 改名)

上の句 不思議な出会い

私の住む街のとある小高い丘にある神社には一本の大樹がある。

いつからそこにあったのかを誰も知らないくらい昔から、その木はそこにあった。


戦争中や災害が起きた時にその木の下で難を逃れたや好きなもの同士がそこで愛の告白をすると恋が叶ったというような様々な伝説があり、大昔には女神と人間の詩人が叶わぬ恋をしたという言い伝えもあった。


だが、その話の詳細を誰も知らないまま、その木はその土地に住んでいる人々から御神木として愛されていた。


私はそんな木にまつわる昔話をおじいちゃんから聞いていたとある学生だ。。


その楽しそうに話すおじいちゃんの影響で、この木の歴史に興味を持ち古い書物を調べていた。

今日も図書館で地元の言い伝えを集めた本を借りて、その木の下で読んでいた。


その木の下の日差しは穏やかで、丘には緩やかな風が吹く日向ぼっこ日和だった。

だから私は本を読みながらうとうととしていた。


……ちりーん。


ふと、私の耳元で鈴が揺れる音が聞こえる。

その音に気がついた私はふと目を覚まし、その音が聞こえた方向に目を向ける。


するとそこには一匹の小さな猫がゆっくりと歩いてきていた。だが、普通に街で見かける猫ではない。


姿はごく普通の猫なのだが、その歩き方は4足歩行ではなく二足歩行。


しかも、なぜか赤いひらひらのスカートのような服を着ていて頭には飾りのついたカチューシャのようなものまでつけている、まるでメイド服を着たような猫だった。そして、メイド服の胸元には黄色い鈴がチリチリと音を立てている。


その姿に唖然としてその動向を目で追っている私を尻目にゆっくりと二足歩行で歩いてきて私の前にくる。そして、戸惑っている私の目を横目でチラリと見て口を開く。


「また何も知らにゃいにんげんが迷い込んできたにゃ。」

ただただ冷めた口調で独り言のように呟く赤い服を着た猫の言葉に私はびっくりして腰を抜かす。


「ば、化け猫……。」


「にゃ、化け猫とは失礼ですにゃ、ご主人様……。」

猫に驚愕している私の言葉を聞いた猫が静かに踵を返して、ゆっくりとこちらを向く。

その立ち居振る舞いは優雅で凛としている、まるでメイドのような動きだった。


「猫がしゃべった……。やっぱり化け猫じゃない!!」


「だから、化け猫じゃないにゃ。私はロッソ……この木に導かれた方々を案内するただのメイドにゃ。」

ただのメイドといいはる化け猫の言葉に呆れながら、私はロッソと名乗る化け猫に手を伸ばす。着ている服やプリムのついた頭を撫で回す。


「か、かわいい!!」

先ほどまで怖がっていたのが嘘のように何かがプツンと切れ、私はガバッと猫を拾い上げて、抱きしめる。


私に抱きしめられた化け猫は驚いたのか、毛を逆立る。

そして、鋭く尖った爪を立ててきて私の手を引っ掻く。


「……痛っ。」


「やめるのにゃ!!ロッソの高貴な毛並みが乱れるにゃ!!」

私の手からすり抜けていったロッソは地面に降りると、後ろをふかえり自分の身体をいそいそと舐め始める。


私は引っ掻かれて血が滲む手を撫でながらロッソの姿を見た。

かの猫(?)は落ち着きを取り戻したのか、スッと佇まいを整えてこちらを睨みつける。


「全く、最近の若者は……。まぁいいにゃ、いずれはロッソの食事になるのだから。」

美味しいものを見て舌なめずりをするかのような視線でこちらを見てくるロッソにたじろいでいると、その後ろから白色のメイド服のようなものを着た猫が音を立てずにロッソに近づいてくる。


「ロッソ様……、本音が漏れてますよ、本音が……。」


「はっ、いけないいけない。慎ましやかなメイドを目指しているのに!!」

私を食事扱いするロッソに小声で話しかけているメイド化け猫の方がよっぽど慎ましやかだと思いながらも、二人(?)のやりとりを伺う。


「ロッソ様、この方が来られたという事はおそらく何か昔を思い出す鍵を持っているのかもしれませんよ……?」

ロッソの後ろでやはり小声で話す白いメイド服の猫のかろうじて聞こえる声に聞き耳をと立てていると、ロッソは嫌そうな顔をする。


「えー、めんどくさいーー。どうせこいつもロッソの過去ニャンて知らにゃいわ。なら今からでも食べちゃった方がいいじゃない。」

二人の会話は不穏な空気を醸し出していて、そこはかとなく不安に駆られた私は勇気を出して声を掛ける。


「過去とか、食べるとか、何物騒なことをはなしてるの?」

すると、二人はなぜかびっくりして耳を立てて動きを止める。


「にゃ、にゃんのことかにゃー?ロッソ、わかんにゃい〜。」

ロッソは目を逸らせて、芝居がかった知らないふりをする。その後ろに白いメイド服を着た猫がロッソの後ろに隠れる。


「それに、あなたの後ろに隠れた子は何?だいぶ人見知りみたいだけど?」


「あ、ああ……この子は。」

私が白メイドの化け猫を指さすと、ロッソは私の見えるように体を動かす。


「この子はビアンカ、100年前に人間と一緒にここに迷い込んだかわいそうにゃ子にゃの」

と言いながら、ロッソはビアンカを前へと押し出す。その行動にビアンカと呼ばれた白メイドの猫は慌てて逃げようとするが、結局はロッソに負けて私の前に顔を晒す事になった。


「ビアンカって言うのね?あなたもかわいいわね!!」

私がビアンカに飛び付こうとすると、ビアンカは素早い身のこなしで耳を水平にして怒りの表現を浮かべる。


「無駄だにゃ。この子はロッソ以外には懐つかにゃいにゃ。特に人間には……。」

ビアンカの怒りの表現を見たロッソは呆れながら私からビアンカを隠す。


「この子と一緒に来た人間はロッソに名前をつけた後、精神と肉体がこの空間に耐えきれずに消えてしまったにゃ……。」


その事を聞いた私はなんだか申し訳なくなり、ビアンカに申し訳なくなって「ごめんね、驚かせて。」と謝るしかできなかった。


ビアンカは私の目を少し見たけど、すぐにふいっと目を逸らす。その姿を私は頬を掻きながらロッソの方に目を移す。


「んで何?私を食べるとか、あなたの過去がどうとか物騒な話をしてたみたいだけど……。」


「んにゃ、そこまで聞こえたのかにゃ!?人間のくせに地獄耳だにゃ!!」

私の言葉に再び顔の毛を逆撫でながら驚いたロッソに呆れてしまう。


ビアンカの声はしっかり聞き耳を立てないと聞こえないくらいの声だったけど、ロッソの声は少し離れていても聞こえるくらいの声だったに、慎ましやかなメイドを目指すと言っていたのに……。


私が鼻で笑うと、ロッソの耳がピクッと反応する。


「あー、お前!!鼻で笑ったな?」


「笑ってない、笑ってないよ!!」

私は両手を振りながら否定をするが、人の事を地獄耳扱いをしたくせにロッソも十分に地獄耳だった。


「まぁいいにゃ。ロッソは昔から、自分の過去を思い出したいのにゃ!!自分が何者で、にゃんでここにいるのかを知りたいにゃ。」

さっきまでの威勢はどこへやら、ロッソは声のトーンを落とししおらしくなる。


「あなたって……猫でしょ?しかも化け猫の方の」


「にゃ!?お前、また化け猫って言ったにゃ!!もうゆるせにゃいにゃ!!この場で食ってやるにゃ!!」

化け猫と言われたのが癇に障ったのか、ロッソは私に飛びかかろうとしてくるが、それをビアンカが止めに入ってくる。


「ロッソ様……。100年ぶりのチャンスです。この機を逃したら次はいつににゃることかわからにゃいですよ?」


「こいつ、腹立つにゃ!!ロッソを化け猫呼ばわりしたのにゃ!!」


「100年前って、やっぱり化け猫じゃない……。」

必死でロッソを抑えるビアンカには申し訳ないが、私はついつい本音が出てしまう。


「ああ、また言った!!また化け猫って言ったにゃ!!食ってやる、今すぐ食ってやるにゃ!!」


「我慢です、今は我慢です!!」

怒って飛び付こうとしてくるロッソに必死にしがみつくビアンカ。


この不思議な出会いが、私がこの町のなりたちを知るきっかけになるなんて、今の私には想像もしていなかった。

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