第58話 家族の晩餐会1

 アルトゥールの起こした反乱の事後処理がようやく落ち着きを見せた頃のことだった。


 もう間もなく冬が訪れる。

 外を吹く風はぴりりと冷たく容赦なく体から熱を奪っていく。


 本格的な冬の訪れの前に囚われていたユウェンはゼルスへと移送され、城内は平素の静けさを取り戻しつつある。


 少し変わったことといえばルベルムが騎士見習いとして、王立軍に所属をすることになったことだろうか。騎士見習いになると、同輩たちと共同生活が基本で、王族だろうとそれは変わらない。とはいえ、王族として一定の配慮はされおり最初のひと月ほどを過ごしたルベルムには一度帰宅が許された。


 オルティウスはルベルムの一時帰宅に合わせて家族で食事をしないかと提案をした。今まで疎遠になっていた母と弟妹と距離を縮めようと考えたオルティウスは使いを遣り、ミルテアは快諾をした。


 季節が移り替わる日の最中、エデルは晩餐用のドレスに着替えてミルテアの住まう区画へとやってきた。先導をするミルテア付きの女官がエデルのために食堂前室の扉を開けた。


 オルティウスはもう間もなく訪れるとのこと。

 首元まで詰まった濃い青色のドレスは華美ではないが、王妃の品位を損なわないつくりをしている。家族だけの食事とはいえ、王家の食卓はそれなりの支度が必要なのだ。


「お義姉様!」


 部屋にはすでにリンテとルベルムが到着をしていた。

 リンテが立ち上がって出迎えてくれる。


「今日はご一緒出来て光栄です」


 少し大人びた挨拶をするのは上着にクラヴァッドと身に付けたルベルムだ。栗色の髪の毛を横に撫でつけて、少し大人びた装いをしている。


「リンテ、ルベルム。今日は一緒できて嬉しいわ」


 エデルがふわりと微笑むとリンテはスカートの裾をちょんと持ち上げ、片足を後ろに引いた。


「わたしも妃殿下とご一緒出来ることを楽しみにしていました」


 普段は元気の良すぎるリンテも今日は少し背伸びをしている。

 愛らしい挨拶にエデルも同じように膝を曲げて挨拶を返した。


 女の子同士、笑い合っているとミルテアが入室をしてきた。

 エデルは姿勢を正して義母に挨拶をする。


 ミルテアはほんの少しだけ表情を硬くしていた。家族での食事といえばルベルムとリンテとのそれを指していたが、今日はそこにオルティウスが加わるのだ。過去の想いを互いに話したとはいえ、長年距離を置いていたこともあり気が張っているのだ。


「ねえ、お義姉様。今日の夕食は何だと思う?」


 リンテは子供特有の人懐こさでエデルの腕をとり、にこにこした顔で問いかけてきた。


「リンテは何だと思う?」

「わたしは子羊を焼いたのがいいなぁ」


「それはリンテの好みだろ」


 リンテがうっとりした声を出すとすぐ横からルベルムの茶々を入れた。

 その声にリンテがむっと眉を寄せる。


「美味しいじゃない」

「義姉上はなにがお好きですか? うさぎのシチューも美味しいですよね」


「それはルベルムの好みでしょう?」

「じゃあもしもうさぎのシチューが出てきたらリンテの分も僕が食べるよ」


「わたしだってシチューは好きだもん!」

「もちろん、義姉上の分はちゃんと取り分けて差し上げますよ」

「え、ええ」


 とつぜんに始まった双子の言い合いに、エデルの声が上擦る。基本的には仲がいい二人なのだが、気軽に何でも言い合える間柄ということもあってすぐに言い争いに発展をしてしまう。


「なによう。ルベルムったらお義姉様がきれいだからって鼻の下伸ばしちゃって!」

「なっ。そんなこと関係ないだろう」


「あなたたち。口を閉じなさい。王妃殿下の前ですよ」


 ミルテアがぴしゃりと母の声を出した。

 さすがというか、彼女が絶妙な間合いで口をはさむと、二人はぴたりと口を閉ざした。


「今日は特別な日だと何度も言いました。二人とも母の言葉を忘れたのですか?」


「……はい。母上。ごめんなさい」

「ごめんなさい」


 ルベルムとリンテがそれぞれ謝罪の言葉を口にする。

 かちゃりと扉が開いたのはそんなときだった。


「すまない。待たせたな」


 そう言って入ってきたオルティウスは、肩を落とした双子を見て、それからエデルに視線を向けた。


 ほんの少しだけ間が悪かったけれど、きっと食事が始まれば和やかになるだろう。

 エデルはそんなふうに楽観的に考えていた。



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