02

 病室のロビー。

 友人は、いま、検査を受けている。身体ではなく、心の検査。


「あ。抻毅しんき


「冷加」


 隣に座ってくる。


「おまえも、かい待ちか」


「うん。そろそろ、死んじゃうし」


「今度、みんなでドラマを見ようって話になった。予定空けといてくれ」


「わたしはいつでもいいわ。真季ちゃんは?」


「あの女優は、まだ撮影中だよ」


「じゃあ、真季ちゃんの主演ドラマ見ようよ」


「そうだな」


 気になっていたことが、ある。


「訊いていいか」


「なに?」


「おまえは、かいが死んだら、どうするんだ」


 恋人の死を前にして、何を思うのだろうか。


「何も」


「何も?」


「うん。何も思わないわ。かいのことは好きだし。たぶん、夬が死んで、その次の夬も。わたしは好きになる」


 冷加。思ったよりも、芯の強い女なのかもしれない。


「あなたの訊こうとしてることも、分かるわ。分かってるつもり」


 冷加は、普通の女だった。顔も普通で、生き方も普通。


かいは、死んでいなくなる。次に現れるのは、夬じゃない誰か。それでも、わたしは。好きになってみせる。振り向かせてみせる。夬のことが、好きだから」


「そうか」


「やることはやるつもりだから。心がわたしを忘れても、身体はわたしを求めるの。ロマンチックでしょ」


「こわいな」


 冷加が、笑った。何かを決意した女性の、晴れやかで澄んだ笑顔だった。


「おまえみたいに、割りきれればよかったんだけどな」


抻毅しんきには無理よ。夬がいちばん信頼して、いちばん心配してるのは、あなたなんだから」


「俺が?」


「あなたのことばかり心配してるわ、かい。だから、後を追ったりしちゃだめよ。真季がかなしむわ」


「あの女優は、俺がいてもいなくても同じさ」


 脛を蹴られる。


「わたし。先に夬のところ行くから。連絡するまで、入ってこないでね。面会謝絶の手続きもお願い」


 蹴られた脛が、なんとなく、痛む。


 死のうとしている。自分が。


 たしかに、そうかもしれない。

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