第7話 はっぴーあんぶれら

 自販機で小銭がたりなかった。

 寒い冬の朝、自動販売機の「おしるこ」が唯一の楽しみになっている小太郎。

 キュッと10円を握りしめる。

「バイバイマネー」

 ガコンッ…ホカホカの「おしるこ」を飲みながら、雪で滑って転ぶゾンビを眺めていた小太郎。

(ゾンビは寒さとか感じないんだろうな)

 こんな世の中になって夏より冬が好きになった。

「冬は腐敗臭が和らぐ…」

 なにより、雪を被ったゾンビは、ときに妖精のようだ。

 体臭キツめの妖精。

 ゾンビも衣替えをするらしい。

 マフラーを巻いてみたり、ブーツを履こうと努力したらしい痕跡を見ると微笑ましい気持ちになる。

 人間とは、どんな環境にも慣れてしまう図々しさを持っているのかもしれない。

「その傲慢な人間の…地球への贖罪、それがゾンビという存在なのかもしれないな」

 突然、後ろからポンッと肩を叩く秋季。

 振り返らずに小太郎は肩の手を払った。

「秋季先輩…僕の心と勝手に会話しないでください、不愉快です」


 無言のまま登校する2人

「ところで秋季先輩、夏男先輩たちとは、一緒に登校しないんですね」

「今日は雪だからな、夏男はバスで登校すると言っていた」

「バス…ですか…」

「バスだ」

「大丈夫なんでしょうかね?」


 運転手はゾンビなんだろうな…

 小太郎はあえて言葉にしなかった、する必要がなかったのである。

 少し前で塀に突っ込んだバスが煙を上げていたからだ。


「酷い目に遭ったぜ」

 生徒会室に揃った4名、1名負傷。

「まぁ、後で立花先生に絆創膏を貼ってもらうとよいですわよ」

「あの先生、苦手なんだよ、俺」

「意外ですね、普通に美人だと思いますけど」

「美人だよ、だけど…どこか会話が噛み合わねぇんだよ、どっかズレてるんだよ」

(そんなんばっか…)

「大体、ゾンビが運転するバスに乗ろうとすることが間違っているぞ夏男」

(珍しく、もっともなことを言った)

「いやいや、順調だったよ暖房も効いてたしな、ゾンビが避けたんだよな、ソレでガンッてね」

「避けた?」

 小太郎が聞き返した。

「あぁ、赤い傘を差していたことは覚えてる」

「赤い傘?」

 秋季が首を傾げた。

「まぁゾンビが傘を差して歩いていたのかしら?」

「在り得なくはないと思いますけど…避けますかね?ゾンビがゾンビを」

「そうだな、ぶつかるまで互いを認識していないような連中だからな」

「唯我独尊‼」

 夏男が得意げな顔で大声を上げる。

「そういう意味じゃないんですよ…バカだなホント」

「なんだと‼ だけど見たんだよ、ほらっ‼ あんな赤い傘だったぜ」

 夏男が窓の外を指さす。


「アレ…人間ですよ‼」

 小太郎が叫ぶ。


「いやぁ探せばいるもんだな~」

 秋季が笑う。

「ウチの生徒かしら?」

「美人だといいな~」


「そういうことじゃないでしょ‼」

 小太郎が生徒会室を飛び出していった。

(まだ、この街に生き残りはいるんだ‼)

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