第2話 お姫様はとにかく攫われたい。

「というわけで市場にきてみたわ!」


ローブをまとって胸を張れば、横に並んだキールダーがやれやれとため息をついた。


「いつもの市中巡回でしょうが。さっさと行きますよ」

「ねえ、キールダー。情緒って知ってる?」

「はいはい、さっさと歩いてくださいね」


聞くだけ無駄だと思っていそうな顰め面で、彼はさっさと歩きだしてしまう。

仕方なくとことこと横をついていく。


市中巡回はルエットが勝手にやっている市場の見回りだ。主に泥棒の取り締まりと揉め事の解決である。なぜこんなことをやっているのかといえば、人買いが攫ってくれないかなという淡い期待があるからだ。どこかで自分を見染めた悪徳商人が禁止されている人身売買を行っていて、攫われた異国の美少女は高額な値がつく―――なんて妄想がさく裂した結果だ。


基本的に動くのはキールダーで、彼は自分の職務に全く関係ない仕事ではある。護衛が泥棒を捕まえるなんて業務外もいいところだ。


ぶつくさ文句を言いつつ、彼は優しいので、身長差があれど置いていかれることはない。ゆっくりと歩幅を合わせて歩いてくれる。

分かりにくいし、口も悪いが、自分をきちんと気遣ってはくれるのだ。敬ってはくれないが。


「きゃー泥棒っ、誰か捕まえて!」


市場を歩いていると女の悲鳴が上がった。


「なんで、私を攫わないのよ!」

「言ってる場合かっ、とにかく大人しくしてろよ」


怒鳴りつけるなり、キールダーは駆け出した。

ポツンと市場に取り残されて、ルエットはキョロキョロと辺りを見回した。

どこかに怖い顔をして商人はいないだろうか。

今が王女を攫う絶好の機会ですよ、と声を高らかに宣言したい。

だが、どの人もにこにこと商品を売っているだけだった。


「妖精を発見だな」


真後ろから肩を叩かれて思わず飛び上がったが、このまま何処かへ攫われるかもしれないという期待は微塵もない。知っている声だったからだ。


「ワショップお兄様!」

「こんなところで可愛い子が一人で歩くんじゃない。キールダーはどうした?」


二番目の兄だ。騎士団の団長をしているので、体格がものすごくよい。キールダーと並んでも遜色ない。なぜ昼日中の市場にいるのかといえば、彼は仕事のない時は街をうろついているからだろう。自分と同じく巡回だ。そのため、ルエットとの遭遇率は高い。


「泥棒が出たから捕まえに行きました」

「お前を置いてか? あいつ護衛騎士失格だな」

「キールダーが行かなければ私が追いかけていましたから。ある意味、彼は私を護っていますわ」

「何言ってるんだ。お前を安全なところに届けるのが先だろう!」

「無茶言わないでください。俺の体は一つしかないし、優先は泥棒を捕まえることです。姫が出たら場が混沌としますよ」


憤った兄に向かって、戻ってきたキールダーが疲れたように息を吐く。


「だからってこんな可愛い子が一人でいたら危ないだろう。攫われたらどうする……」

「あら、それは願ったり叶ったりです。本望ですわ」

「そんな不埒な輩がいるのか?! よし王国の威信にかけて全騎士団出動だ。草の根わけてでも探し出せ! 将軍を呼んでこい、キールダーっ」

「ちょ、待って待って…いつもの姫の妄想ですよ?! 殿下、落ち着いてください! 将軍は絶対呼びに行きませんからねぇぇっ」


凄い勢いで走り去っていく兄の背中にキールダーはやけくそ気味に叫ぶのだった。




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