第26話 師団長に、メロメロです!

 フラン・サーキュレート。

 魔王軍内での序列は第五位。女性魔族のトップに君臨する女傑である。

 魔族内でもあまり数の多くないサキュバスの純血を引いている。

 サキュバスは基本的に、睡眠中の男性に夜這いをして精液を搾り取り殺すことで有名だが、そのような野蛮なことをするようなサキュバスは近年減少傾向にある。

 フラン師団長の場合は、そのサキュバス特有の誘惑能力をよく拷問に応用するとされている。

 その美貌と、卓越したテクニックで勇者スパイを虜にしたという噂は探せばごろごろと出てくるほどだ。


 綺麗な銀髪が肩まで伸びる。端正な顔立ちと、少し恥ずかしげでピンク色に染まった頬。

 側頭部に生える両角をもじもじと触りながら、師団長は唇を尖らせた。


「や、優しくしてね?」


「いやだから話聞いてくれますかね」


 ――こんなにも数多の男を籠絡しているくせに、本人は《処女》なのだという……。


「本当に、初めてなの……。雑魚遺伝子には興味もない……でも、エリクの種ならいくらでも。ねぇ、エリク……!」


 そう言って師団長は正面から再び俺を抱きしめた。

 ふくよかなおっぱいが身体に当たっている。俺の身体に乳の感覚が伝わってくる……!

 むにゅうっと、おっぱいを押しつけるようにして師団長は俺の肩に手を回し始めた!


「ずっと待っとったんよぉ。二人でなら、いつか軍さえも掌握出来るよ。私、ずっとエリクをサポートしてあげるから、ね?」


 ぷるぷるのピンク唇が、俺のすぐ目の前に現れる。

 師団長の桃色吐息が俺の頬に掛かる度に、思わず身を強張らせてしまう……!

 どこか甘い香りが漂う桃色空間の中で、気付くと師団長は俺の首に手を回したままベッドに移動していた。

 ぺろり、舌を出して艶めかしさを演出した師団長はぽふりとベッドに背を預ける。


「好きにして、いいよ?」


 上裸のまま全てを受け入れる体制となったフラン師団長。

 ベッドの上に全てを委ねた師団長に、俺もなぜか頭がとろんと溶けるような感覚に陥った。

 いや、これはもう全部成り行きに任せてしまえば――


「……エリクちゃん、何してんの?」


 ふと、首筋に何かが宛がわれていた。


 サラサラと黒い霧が次第に姿を現していく。

 俺の首筋に宛がわれていたのは、真白い歯だ。

 すぐにでも致死量以上の血を吸ってやると言わんばかりの殺気を放った吸血鬼が、今俺の背中にいる。


「むぅ……空気読めんのんやねぇ、キャロルちゃん」


「……師団長のばーか」


 その主は、キャロルだった。

 興醒めだとでも言わんばかりにブラジャーをを身につけたフラン師団長は、小さくため息をついた。

 それを見て、キャロルも俺の首筋に突き立てていた牙をそっと外した。


 ……が、俺をジト目で見る姿はまだまだ殺気に塗れている――。


 し、死ぬかと思った……いろんな意味で……!


 頬を叩いて正気に戻った俺は、改めてフラン師団長の座る執務の椅子の方に身体を預けた。

 それに応じてキャロルも俺の隣でピシッと居住まいを正した。


「って痛い。さっきから痛よキャロル」


「……エリクちゃんもばーか」


 ――のはいいのだが、先ほどからキャロルが俺の手甲を地味に抓ってくる。痛い。相当お怒りのようだ。


「ま、そっちの方はまたいつでもええんかねぇ。ともあれエリク、あんたが来たのは大規模攻勢の話やろ?」


 師団長は手元の書類に目を通しながら呟いた。


「正直、このガルファ城は戦力が足りん……っていうか、それを指揮する隊長格の存在が不在だったんよね」


「隊長格の不在? そうしたら、ここには中隊長格が常駐していたはずじゃ……?」


「ちょっと前の前哨戦でここの付近の多くの魔物が刈り取られてなぁ。そっちの対応で手一杯なんよね。それと、どうもきな臭くってなぁ。早々に対策して貰いたかったんよ」


 苦笑いを浮かべるフラン師団長。キャロルは、俺に言う。


「今回『シャッツ』から事前情報を得てたじゃない? それの少し前に、フラン師団長は今回のガルファ城前の魔物被害に違和感があったらしいの。普段の小競り合いとは違う大規模攻勢を予見したって感じ。すぐにフラン師団長が感知して各地に中隊長格を派遣した。魔物数の追加と、援護部隊の要請をしにね。それぞれの中隊長達の現在の様子は把握してるわ」


 ……なるほど、魔物の数の減り具合から普段の勇者軍の動きではないことをあらかじめ知っていたって事か……。


「派遣した中隊長格はそれぞれネットワークを駆使してるから、あと3日後にはこっちに戻ってくる。『シャッツ』に割らせた大規模攻勢の日程もおおよそ3日後ってとこ。少しでも対応が遅かったら、この城は落とされたかも。それなのに――!」


 苦虫を噛みつぶすかのように呟くキャロル。

 不思議に思っていると、フラン師団長は「上から、通告があったの」と言う。


「勇者軍への対応としては、あくまで攻城戦及び迎撃戦のみとする。追撃戦、殲滅戦の禁止を命じられとるんよ。要するに、勇者を迎え撃って拠点防衛に終始しろってことやね」


「……はい?」


 思わず、素っ頓狂な声が出てしまう。

 いや、だってそうだろう……!

 勇者軍が本気で魔王軍を潰しに掛かっているならば、本来の対策なら魔王軍は最低でもしばらく再起不能になる程度には勇者軍を叩き潰さなきゃいけないだろう。


「ま、そういうことやね。攻める闘いよりも護る戦いの方が神経すり減らすってのに……。魔王様直々の勅命となったら、断れるわけもないんよねぇ……」


 眉間に皺を寄せたフラン師団長。

 キャロルはため息まじりに言う。


「普段後方支援だけど、今回ばかりは先陣切らなきゃいけない。それに、フラン師団長としても大規模攻勢の迎撃指揮で手一杯。そんな所に、潜入捜査で勇者軍の情報をたくさん持ってるエリクちゃんが帰ってきたんだよ。不幸中の幸いだねぇ」


 なるほど……しばらく離れている間に、魔王軍もかなり切迫してたって事なのか……。


「なら、俺に一つ案があります」


 俺は、言った。


「敵側の勇者――ガルマ・ディオールの相手は、俺がします」


 俺のその言葉に、二人は驚くようにして身を乗り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る